ミッションA オークとの戦い3
作戦会議終了後、将軍の執務室でマリーは紅茶を飲んでいた。いらいらしているのか、髪の毛をしきりにいじっている。マリーは長引いた不愉快な会議をなかったことにしたいようだった。
同じ部屋でソファーに座り、バジル中尉が資料を眺めながら、ナツメグ偵察部隊隊長と打ち合わせしていた。ナツメグ隊長はそこはかとなく渋い感じのする眼鏡をかけた陰の薄い人物である。
「あ~ ムカつくわね。あのオヤジ。その場で張り倒してやろうかと思ったわ」
マリーは怒りにまかせて紅茶を一気に飲み干す。どうやらペッパー中佐はマリーにとって天敵のようだ。マリーはペッパーの名前を聞くだけで、ムッとした顔になる。
「紅茶のおかわり淹れましょうか?」
バジル中尉が気を利かせて空になったカップに新しく紅茶を入れようと提案した。マリーの機嫌を多少でも良くするためのささやかな気遣いである。
「いいわよ、紅茶くらい自分で淹れるわ」
マリーは席から立ち上がり、ティーポットの置いてあるワゴンに向かい、お茶を淹れ始めた。ティーポットから湯気が立ち上り、カップは熱い紅茶で満たされる。淹れ終わるとマリーは紅茶の入ったカップに自分の鼻を近づけて、匂いを確かめた。
「こだわりがあるのでありますか?」
ナツメグ隊長が気になって、つい口を挟んだ。ナツメグ隊長は意外にも紅茶について詳しい。
「別にそういうわけじゃないけど、習性って奴かしら。私なんて出自も大したことない、ただの小娘に過ぎないから」
寂しげな顔しながらマリーは紅茶に口をつけた。あまり、自分の過去に触れて欲しくないことを臭わせる言い方だった。
「先ほどの続きなんですが、今回の作戦うまく行きますかね。不確定要素も多いですし」
気まずくなったのか、バジル中尉は話題を変えた。場の空気の変化を感じ取るのがうまい人物だ。
「今回はいいわよ。ばっちり決まりそうな感じ」
マリーは少し明るい表情なり、自信ありげに声を出した。
「会議のときも言ったけど、古狸のペッパー中佐が後ろから手を回して勝手に作戦を変更する虞があるから、もう一度良く注意してね。ナツメグ隊長は会議に参加していなかったから、今ここで、もう一度作戦のあらましのおさらいをしようかしら」
「そうしてもらえると、有難いであります」
ナツメグ隊長は立ち上がって敬礼した。まったく律儀な軍人である。
「闇夜に乗じて、黄の洞窟の前にオークが信仰している邪神像を置いて来ることになっているの。結構、大きいけど、ちゃんと洞窟の中に入るように寸法を測って設計してあるから大丈夫なはずよ」
「講和に見せかけるための細工でありますか」
ナツメグ隊長はアゴヒゲをさすりながら尋ねてきた。
「まっ、そんなところですよね。像の中には小麦粉を詰めて、下の台には火がつくほど度数の高い『酒』というか工業用アルコールを仕込んで置くんでしたね」
バジル中尉は作戦資料をナツメグ隊長に渡しながら、答えた。
「そうよ、邪神像には無数の小さな穴が開いていて、動かす度に小麦粉がちょっとずつバラ撒かれるの。同じように下の台も車輪が動くと台の下にある栓が抜ける仕組みになっていて、動き始めると少しずつ『酒』が滴り落ちるの」
「小麦粉を少しずつ空気中に拡散させ粉塵爆発を引き起こそうというのでありますか? 炭鉱事故における炭塵爆発並みの被害を敵に与えられるでありましょうか?」
「普通の小麦粉じゃないわよ。爆発力が上がるように特殊な火薬を混ぜておくの。ただし、オーク達が食べても、単なる小麦粉だと思うように配合しているわ。それに可燃性及び揮発性の高い特殊な『酒』を使うから、洞窟内の豚が全部丸焼きになるってわけよ」
「豚は鼻が利くので、臭いの少ない『酒』を選びました。逆に『酒』の容器になる台の材料の木材は匂いの強いものを選びました」
バジル中尉は作戦の要となる『酒』の詳細について解説した。
「着火はどうなるのでありましょうか? 偶然に任せるのでありますか?」
ナツメグ隊長は作戦に不安を感じたので思わず、疑問を口にした。
「消音型の自動発火装置を使うわ。任意の時間になったら洞窟内は大爆発よ。ワクワクするわね! あっ、でも洞窟以外にもオークたちの活動拠点があるんだったわ…」
「はい、敵の防衛施設は本拠地の洞窟の他に、出城のような見張り台が2箇所であります」
「洞窟内で大爆発が起こったら、そこも一気に攻め落とすわよ。敵も動揺しているから難しくはないはずよ」
「そうそう、洞窟の出入り口は正面以外に何箇所あるかしら。逃げられたら厄介だわ」
「確認できる限りで4箇所であります。まだ、隠し通路もあるかもしれません」
ナツメグ隊長は偵察部隊を率いて黄の洞窟の周囲を丹念に調べ上げていた。ナツメグ隊長の返答には、さりげなく自信がこもっていた。
「そこにも、兵を伏せておいて」
「了解しました。兵員については、こちらで準備します」
バジル中尉は落ち着いて答えた。すでに予期して対応できるようにしていたようだ。
「準備は整ったわ。後は実行あるのみ。連中をローストポークにしてやるわ。待ってなさい!」
マリーは立ち上がり、胸(あまり大きくない)を張って腰に手を当て宣言した。自信に溢れる目でオーク討伐の意志を改めて表したのだ。