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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ghoul

作者: 紅樹

 何故人を殺すのが罪になるのか。

 小説に偶に出てくる台詞である。

 法律でそう決まっているからというのがよくある答えだが、僕は違うと思う。

 大部分の人が人を殺すという事は罪だと思っている、だから殺人は罪となる。いや、罪という事になっているのだ。

 何かの本に「神はいないから何をしても許される」と言っている人がいたような気がするが(曖昧な記憶な為断言は出来ない)、僕は罪というものはその人自身が決めるものだと思う。

 その人の倫理観とか罪悪感とか良心とか善心とか道義心とか恒心とか情とかその他色々なものをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせてこねて固めて出来たものがその人にとっての罪というものの定義だろう。

 じゃあ殺人を罪だとはこれっぽっちも思っていない人が人殺しを行って罪にはならないのかと考えると恐らくその人にとっては罪にはならないだろうがだからと言って罰を受けなくてもいいという事にはならない。

 その人は「人」というものから離れ過ぎてしまい、「人」から「獣」に成り下がってしまった、その事に対する罰を受けなければならない。

 そしてその「人」と「獣」の境目は何だろうと考えるとその境目は常に変動しているのではないかと思う。何故ならその〝境目〟は社会を構成している大部分の人の考えに基づくものだからだ。

 だから大半の人が罪だと考える事―――それが罪という事になるのだろう。


 さて、こんなにだらだらと語って結局何が言いたいのかというと、それは言葉にするととても簡単な事で、でもなかなか言いづらい事で、まあ思い切って言ってしまうと。

 僕の目の前には僕が数分前に殺した少女の死体があった。


 別に僕は人殺しを善しとする思想を持っているわけではない。

 殺人を犯す事、それは罪であると思っている。

 では何故彼女を殺したのか。

 実は自分でもわからない。

 彼女の胸部に目をやった。

 真っ先に目に入るのはそこに突き刺さっている包丁。

 あの包丁を突き刺したのは僕だ。

 刺した感触はまだ覚えている。

「さて、と」

 とりあえずこの死体をどうしよう?


 結局死体をどこかに隠そうなどという気は起きずそこに放置したまま家に帰った。

 人目につくような場所ではないからというより人の寄り付かない場所だからすぐに見つかる事はないだろうが、時間が経てば発見されるかもしれない。

 まあ別にどうでもいい事だけれども。

 僕は殺した少女の顔を思い浮かべようとした。

 でも、――――――彼女の顔が思い出せない。

 彼女は学校のクラスメートだった。

 そんなに親しい仲ではなかった、けれども顔を覚えていない程の仲でもない。

 彼女の顔を思い出そうとしてもぼんやりとした輪郭しか浮かんでこない。

 ……………………彼女はどんな顔だっただろう。

 ……………………彼女はどんな人だっただろう。

 記憶が曖昧になっている事に気付き、少し呆然とした。

 まるで僕の記憶の中から彼女に関する事だけが消されてしまったかのようだ。

 何故彼女の事を忘れてしまったのだろう?

 僕にはわからなかった。


 翌日は平日だった。

 つまり学校に行かなければいけない日だった。

 いや、別に平日でも学校をサボる人はいるから絶対に行かないといけないという事はないのだけれども、でも特に行かない理由は思いつかないし休むと後が面倒くさくなるため行く事にした。

 教室に入ってから何となく昨日殺した彼女の席を見る。

 そこに彼女が座っていたら驚きで今すぐ死体放置場所まで全力の百二十パーセント増しで走っていく自信があったが、流石にそんな事はなく、彼女の席は空白だった。

 自分の席に荷物を置いてから適当に時間を潰していると担任が入ってきてホームルームが始まる。

 いつもならば特に中身のない連絡をして終わるのだが、今日は真っ先に昨日このクラスの女子生徒一人が行方不明になって未だに見つかっていない事を話し、何でもいいから彼女に関する情報があれば伝えてほしいと言った。(勿論この女子生徒一人とは昨日僕が殺した彼女の事だ)

 それを聞きながら僕はあの死体は何時見つかるのだろうかと考えていた。

 明日、いや、明後日だろうか。

 今日だったら少し早すぎるかもしれない。

 ぼんやりとしていると、またあの疑問が浮かんできた。

 どうして僕は彼女の事を忘れてしまったのだろう?


 放課後、特にこれといって所属しているもののない僕は即帰路につく。

 そのまま寄り道もせずに真っ直ぐに家に帰るのが普段の僕だった。

 そう、普段ならば。

「やあ、――――クンだね」

 こんな風に後ろから突然声を掛けられたりしなければ。

 振り向くと、クラスメートの二宮だった。

「偶然だね…………と言いたいところだけど君の家は確か逆方向だろう?こっちに何か用事があるのかい?」

 ちなみに彼女の家の位置など知らない。適当に言っているだけだ。

「必然だよ。君と話がしたくて私はわざわざ君を追いかけてきたのだから。大体君がさっさと教室を出てしまうから私はいらない労力をかけてしまったんだ」

「追いかけてきてまで放課後に話したい事とは何だい?休み時間や明日では駄目な理由でも?」

 つまらない用事だったら無視して帰ろう。

「周りに人がいると不都合な事があってな」

 彼女はそこで一旦言葉を切って、近くの公園を指差し次の台詞を言った。

「君が×××××を誘拐したのは確かあの公園だったろう?」

 それは昨日僕が殺した同級生の名前だった。


 話の続きは公園でしようじゃないか、と彼女は言って歩き出した。

 逃げるという選択肢もあったが、僕はついて行く事を選んだ。

 彼女に興味が湧いてきたからだ。

 普通は誘拐現場を見たら警察へ通報するだろう。

 でも彼女はそれをせずに、他でもない犯人である僕に話すことを選んだ。

 その理由が知りたい。

「君は昨日の事をどこまで知っているんだい?」

 ベンチに座ってから僕はそう訊ねた。

「君が家に帰るまで、さ。ずっと君の後をつけていたんだから。ちなみにビデオカメラで撮影しているから警察にでも提出すれば立派な証拠になるだろう」

 昨日全く気付かなかったのは迂闊と言えるだろう。

「何故そうせずに僕に言うんだい?もしかしたら僕がここで君を殺して口封じするかもしれないじゃないか」

「君はそんな事をしない

 やけに自信のある言い方だった。

「そう断言する根拠は?」

「君は口封じなんてするようなつまらない人間ではない。そんな人間に私は興味を持たない」

 その答えを僕は面白いと思った。

「お褒めいただき光栄です、とでも言えばいいのかな?」

「別にいいんじゃないか。貶すつもりで言ったわけではないし」

 少しだけ間が空いた。

「君の質問はそれだけか?ならば私が訊ねるぞ」

「僕は答えられるものにしか答えないよ」

「それはそれでいいさ」

「それで何を訊きたい?」

 その瞬間公園に一陣の風が吹いた――らとってもキマっていたのだが、現実にはそんなタイミングのいい事なんて起こらない。

 そんな事を考えていたので彼女の次の台詞を聞き流してしまった。

「ごめん。聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」

「君は今の台詞が聞こえない程耳が悪かったのか。まあいい。もう一度言ってやろう」

 彼女は何気ない風に、いや実際何気なかったのだろうけれども、こう言った。

「何故君は×××××を殺した?」

 一瞬時が止まったような気がした。

「何故そんな事を訊くんだい?」

 僕は動揺しているのだろうか。

 自分の気持ちがわからない。

 自分が何を考えているのか、自分が何を考えていたのか、わからない。

「質問に質問で返すのはいけないとよく言われるが君がその答えを聞かないと私の質問に答えないというのならば答えようか。………私が君の殺人行為の動機を尋ねる理由はね、単純なことだよ。―――知りたいからだ」

「は?」

 予想外の答えだった。

「知りたいから、それだけでは理由にはならないと言うのかい?私は知るという行為が好きなんだ。願わくは世界の全てを知りたい。勿論そんな事は不可能だ。わかっている。人の一生は短いし、そもそも知るという行為は自分と同じ速さで遠ざかっていくゴールテープを追いかけるようなものだからな。だから自分の知ることのできる最大限の事を知りたいんだよ」

「その一つが僕の殺人の動機だと?」

「そうだよ。私は君に興味があってね。昨日君をストーキングしていたのもそのためだよ。まさか殺人現場を見る事になるとは思わなかったが」

 最後の台詞は少し白々しかった。

「私の話はこれくらいでいいだろう?それで、君の答えは?」

 数秒迷ってからこう答えた。

「分からない」

「分からない?」

 初めて彼女の呆気にとられた顔を見た。

 しかし、その表情はすぐに笑いに変わる。

「分からない、分からない、ね……………ハッ…ハハハハハ……そうか、彼女の言葉はそんなに強烈だったのか………ハハッ」

「………彼女の、言葉?」

 思い当たるものはない。

 彼女とは、誰だ。

 僕はその〝彼女〟に何を言われた?

「それすらも覚えていないのか。あれだよ。×××××の遺した―――――」

 彼女の台詞を遮るように時報が鳴る。

「おっともうこんな時間か。私は今日用事があるのでな。帰る」

 彼女はベンチから立ち上がり、そして、

「ついでに言っておこう。君の〝演技〟は下手ではないが上手くもなかったよ。だから有象無象の輩は騙せても私みたいな奴にはわかってしまうんだ。―――その点彼女の〝演技〟は完璧だったよ」

 彼女とは誰の事なのか疑問に思ったが、それを訊く前にもう既に二宮はいなくなっていた。

 彼女が去った公園には僕以外誰もいない。

 彼女は本当にここにいたのだろうか。

 もしかして僕が夢か幻でも見ていたのではないのだろうか。

 おかしな考えだと思う。

 でも、彼女にはそんな雰囲気があった。

 まるで現実に存在していないような。

 まるで舞っている羽が地上に落ちてこずにそのまま上に舞い上がっていってしまいそうな。

 別に存在感が希薄だとか儚げな感じだとかそんなわけじゃない。

 ただ、例えるならば彼女にとっての夢が僕らの現実に当たっていそうな、そんな雰囲気。

 僕にとっては現実でも彼女にとっては夢。

 だから覚めてしまえば彼女にとってこの世界はなかったも同じ。

 「はあ」

 溜息をついてくだらない思考を打ち切る。

 そろそろ僕も帰ろうか。

 ベンチから立ち上がり、公園を後にする。

 二宮の最後の台詞を思い出す。

 ×××××が僕に残した……………………………………………言葉?

 僕の昨日の記憶は曖昧だ。

 でも、そんなに重要なものを忘れるはずはないと思うのだけれども…………………


 二宮琴音。

 僕は彼女の事になど興味はなかったから詳しいことを知っているわけではない。

 だが、噂程度の事なら知っている。

 彼女は天才―――らしい。

 試験は常に満点。

 実技の成績も常に学年トップ。

 そういえば体力測定の時に一人凄まじい記録を出した女子がいたような気がする。

 容姿も悪くない。

 寧ろ綺麗という文字がよく似合うくらいに整っている。

 これであと社交性さえあれば言う事無しなのだろうが、残念な事にそれがない。

 クラスでは無視されているというわけでも無視しているというわけでもないのだが、孤立していないと言えば嘘になる。

 まあ、今日話した印象からすると彼女はそんな事を気にするような人ではないだろう。

 今日話したことを思い出す。

 今日は久々に面白いという感情を抱いた。

 また明日も会いたいと思う自分に気付き、そんな事を思う自分に驚く。

 何かを待ち望む感情、それは久しぶりの感覚だった。


 夢を見た。

 二宮の声で、二宮でない何かが問いかける。

「何故君は×××××を殺した?」

「分からない」

「何故君は×××××を殺した?」

「分からない」

「何故君は×××××を殺した?」

「分からない」

「何故貴方は×××××を殺したの?」

「え?」

 二宮の声ではなく別の、どこか聞き覚えのある声だった。

「ねえ、何故貴方は×××××を殺したの?」

 僕はそこから逃げ出そうとする。

 でも、彼女は追ってくる。

 僕の後ろにぴったりとついてくる。

 もしかして彼女は―――――――――

「何故私を殺したの?」


 最悪の目覚めという言葉はこういう時に使うのだろうと起きてから思った。

 気分が悪い。

 とりあえず学校に行く支度をしなければ。

 立ち上がりながら思う。

 何故あんな夢を見たのだろう?


 学校が終わり教室を後にする。

 まだ彼女の死体は見つかっていないらしい。

 いつもならば真っ直ぐに家に帰るところだが、今日は寄り道をする。

「やあ」

昨日の公園に行くと、二宮が既に昨日と同じベンチに座っていた。

 僕は終礼が終わって直ぐに教室を出た筈なのに何故彼女の方が早く来ているのだろう?

「そろそろ来る頃だと思っていたよ」

「僕は君がまだ来ていないと思っていたけどね」

「私は君がそう言う事を期待して少し早めに来たんだ」

 僕も彼女の隣に腰掛ける。

「ときに君は天国とかそういうものを信じるか?」

「それはどういう意味?」

「別に天国だろうが地獄だろうがあの世だろうが何でもいいんだが、死後にもこの〝自分〟という意識は残っていると思うかい?」

「そんなものはないと思うよ。多分死後の世界っていうのは死ぬっていう事の恐怖から逃れるために作りだした妄想なんじゃないのかな。死後にも世界があるんだったら別に今の世界で生きることに必死にならなくてもいいわけだし。……………君はどう思っているんだい?」

「私?そうだな………あったらいいなと思う」

 そこだけ台詞を抜き出すと某猫型ロボットを連想させた。

「だって死後にも世界があったら知りたい事を知らないまま後悔して死ぬなんていう事がなくなるじゃないか。………だからと言って絶対にあるとは思わないが」

 僕は無い方がいいけれど。

「ところでそんな話題を振ってくる理由は?」

「ある一人の少女の話をしようと思ってね」

「もしかして君の事かい?」

「いいや」

 では誰の事だろう。

「彼女は死ぬ事をとても恐れていた。正確に言えばこの〝自分〟という意識がなくなる事を、だがね。彼女は考えた。体は別になくなっても意識さえ残っていれば構わない。記憶はなくなってしまえばそれはその記憶の分の〝自分〟が消えてしまう。また、他人という存在がいなければ〝自分〟というものは曖昧なものになってしまう。――――――単純に死んだ後にも世界はあると信じる事が出来れば楽だっただろうにね。そこだけは彼女と君の意見は一致しているよ。死後の世界なんて有り得ない。昔の人の作った都合のいい思い込みだ、と。だから彼女は必死に願ったのさ。体などなくなってもいいからこの意識だけは永遠のものにしてほしい、そう死ぬ間際に願ったんだ」

「もしかしてその〝彼女〟の名前って、」

「そうだよ。×××××だ」

 ふっと耳に蘇る声があった。

「貴方が私を殺さないという選択肢を持っていないのはわかったから命乞いはしないわ。その代わりに貴方に呪いの言葉を遺しましょう。死んでいく、最後の瞬間まで貴方を呪ってあげる」

 それは、夢で聞いた声。

 それは、×××××の声。

「何だかぼーっとしているようだが大丈夫か?」

 その声で意識を現実に戻す。

「ちょっと意識を十万光年くらい彼方に飛ばしていただけだから大丈夫。―――――――それで、何故君がそんな話を知っていて、しかも僕に話すんだい?」

「君に話したのは話した方が面白そうだと思ったからだ。あと、この話は彼女の家においてあった彼女の手記というか……そうだな、誰か宛てのメッセージと言うのが適切かな。二重底の引き出しの中に暗号化したメッセージが入っていたんだ。誰に宛てて書いたのか、何故彼女がそんなものを書いたのかはわからないが。その中に書いてあった。自分は死ぬのが怖い、と」

 僕にはわからない感情だった。

 別に僕は死にたいと思っているわけではないけれど、

 生きたいとも思っていないから。

「死ぬという事に過剰な恐怖を抱いていた少女を殺した君はその事をどう思う?」

「どうとも思わないさ」

「本当かな」

「本当さ」

「ではそういう事にしておこう」

 しばしの静寂。

 それを破ったのは僕の方だった。

「×××××の遺した言葉って一体何だい?」

 昨日からずっと気になっていた事だった。

「君はその耳でちゃんと聞いた筈だよ。覚えていないわけがない。ただ、忘れようとして、忘れた振りをしているだけだ」

 そう言って彼女は立ち去ろうとした。

 が、思い出したように言った。

「そういえば君は明日の夕方警察に捕まるよ。だからこうして話せるのはできて明日までだね」

「………………何故そんな事がわかる?」

「私の数少ない知り合いに百発百中の勘を持つ子がいてね、その子がそう言っていた。私はその子の勘を信じるよ、今までどんなものでも一度も外したことが無い」

 全く予想していなかった答えだった。

「そんな事が勘で当たる訳が無いだろう」

「それが当たるんだ。彼女はそういう事を確実に百発以上は当ててきたんだから。もうあれは勘ではなくて別の能力だよ。――――ではまた明日」

 そして彼女はいなくなり、僕はまた公園に一人になる。

 二宮の最後の台詞は本当だろうか。知り合いの子云々はともかく僕が明日捕まる事には確信を持っているようだった。

 まあ明日捕まろうが捕まらなかろうが僕にとってはそう変わりない。

 ただ、二宮と話せなくなる事だけは残念だと思った。


 また、夢。

 光など一切ない空間。

×××××が僕の向かい側にいる。

目には見えないけどそう感じた。

「何故貴方は私を殺したの?」

「分からない」

「じゃああの日の事を思い出させてあげましょう」

 さっと場面が切り替わり、僕が立っているのはあの公園の前の道路だった。

「貴方はここで私を見た。人気の無いここを一人で通っている私。それを見て貴方はこう思ったわ。ここで彼女を攫っても、殺しても、誰も何も気づかないんじゃないかって」

「そう思った僕はいつも持ち歩いていたスタンガンを使って」

「私を気絶させた。その後」

「僕は公園の中の人目に付きにくそうな所に君を一旦置いて家に戻ってから大き目のバッグと包丁を持ってきた」

「その間に私が目覚めて逃げ出したらどうするつもりだったのかしら。それに偶々公園にくる人もいたかもしれない」

「それはそれでよかったんだよ。どっちにしても僕にとっては変わりない」

「だから貴方の事は嫌いなのよ。いえ、嫌いとは少し違うわ。考え方が全く違うから、嫌いと言う感情すら抱けない」

「同じ事を僕も思ったけどね」

「……貴方はバッグに私を無理やり詰め込み」

「もっと人目に付かない所、人が寄り付かない所に持って行った」

「そして私を取り出して殺そうとした瞬間」

「君が目を醒ましたんだ」

 彼女は戸惑うことも悲鳴を上げることも抵抗もせず、(恐らく抵抗しなかったのはそんな事が出来るほど体が回復していなかっただけだろう。僕はかなり彼女の体を粗雑に扱っていたから)ただ僕を見てこう言った。

「貴方が私を殺さないという選択肢を持っていないのはわかったから命乞いはしないわ。その代わりに貴方に呪いの言葉を遺しましょう。死んでいく、最後の瞬間まで貴方を呪ってあげる」

何故僕が彼女を殺そうとしていることを彼女が知っているのかは不思議と疑問に思わなかった。ただ僕はそれを聞いて、恐ろしいことが起こるような、そんな予感がした。

 彼女は、恐らく口を動かすのもやっとの状態だっただろうに、それを微塵も感じさせないような口調でこう言った。

「貴方は一生興味を持つものになど出会わない。仮に会ったとしてもすぐに興味をもたなくなるかそうでなければ貴方がそれに一度しか出会わなかった場合だけよ。貴方がずっと興味を持てるものなど此処には存在しないわ。だって此処は人間に合わせて人間が創った世界よ。貴方みたいな飢えた獣を満足させるものなんて此処にはないの。だから一生をこの世に存在するものに飽いたまま、そしてこの世に存在しないものに飢えたまま過ごして早死にすればいいのよ」

 それは、僕以外の人間にとったら別に何ということもない言葉だろう。

 僕以外の人間にとっては。

 でも、僕にとっては。

 それは〝僕〟を崩壊させるのに十分だった。

 叫び声などは発さなかった。

 そんな余裕などなかった。

 ただ、

 彼女の

 声を

 止めたくて。

 僕は彼女の喉を包丁で抉った。

 彼女の声は止められた?

 でも彼女は笑ってる。

 じゃあその笑いも消してしまえ。

 顔面を滅茶苦茶に切り裂く。

 目は両目とも穿り出して、鼻も耳もそぎ落とし、口の中に刃先を突っ込んで、

 次は腹を切る。

 内臓を取り出してぐっちゃぐっちゃにかき回して、

 ああ、それでも僕の耳には彼女の声が残っていて、

 彼女の指も切り落とす。

 彼女の全身を滅多刺しにする。

 皮も剥いでみようか。

 それでも彼女の声は止まらない。

 僕は耳の中に残っている彼女の声が消え去るまで彼女の体を刺し続けた。

 そして、最後に、胸の部分、正確には、胸だった部分に包丁を突き刺して、

 僕は漸くその行為を止めた。


 また元の真っ黒い、何も見えない空間に戻っていた。

「思い出した?」

「ああ、思い出したよ」

「それで、何故私を殺そうとしたの?」

 暫く沈黙した。

 数十秒?数分?数時間?数日?

 この空間では時間など意味がない。

「どっちでもよかったんだよ。君を殺しても殺さなくても。殺せても殺せなくても。僕にとってはどっちでもよかった。だから僕は君を殺す方を選んだ。何の理由もないよ。例えるならアイスクリームはチョコをバニラどちらがいいかを決めるようなものだ。どちらを選んでもよかったから偶々こっちを選んだんだよ」

「そんな理由で貴方は私を殺したのね」

「うん」

また、沈黙。

 今度は彼女が先に口を開いた。

「私は貴方の事が大嫌いよ。今すぐ死んでほしいくらいに。でも、―――――」

 彼女は何かを言いかけたが、よく聞こえない。世界が回る、廻る、ぐるぐるになってぐちゃぐちゃになって、


 そして僕は目を覚まし、

 あれが夢だったのだと気付く。

「やっと思い出した……………」

 何故×××××の事を忘れていたのか。

 彼女の事を全て忘れてしまいたいと思い、忘れた振りをしている内に思い出さなくなっただけだ。

 本当は覚えていたのだ。

 と、その時電話が鳴った。

 それは同級生からの緊急連絡網。

 今日は学校が休み。

 何故なら×××××の死体が見つかったから。

 まだ犯人は捕まっていないからできるだけ外出は控えるように。

 そういう内容の電話だった。

 僕は受話器を置いてから朝食の支度をした。

「君は明日の夕方に捕まるよ」

 思い浮かぶのは昨日の二宮の言葉。

 朝食を食べ終えたら出かける支度をしよう。

 公園に行けば二宮が待っている筈だ。


「やあ」

 昨日と全く同じ光景だった。

「何時来たんだい?」

 そして僕も同じように彼女の隣に座る。

「今さっきだよ」

「本当かい?」

「嘘だ。そんなにタイミング良く来られる筈がないじゃないか」

 そう事も無げに言った彼女の横顔を僕は綺麗だと思った。

 それで、つい口が滑ってしまったのだろう。

「僕は君の事が好きなのかもしれない」

 初めて二宮のぎょっとした顔を見た。

 慌てて言い繕う。

「いや、別に恋愛感情を抱いているとかそういう事ではなく、純粋に僕は今まで他人に対して無関心か嫌悪感しか抱いたことが無かったから初めて人間に対して好意を抱けたなっていう意味であって、僕が君に恋したんだなんて言う変態に見えるかい?」

「そうじゃないと信じたいけど………まあ、一応君の台詞を信じておこう」

「そうしてくれ」

 何故僕はあんな事を言ってしまったんだ、と数秒前の自分に言いたかった。

 暖かな日差しが公園を照らし、空では雲がのんびりと、流れているのもわからないような速さで、それでも少しずつ流れていっているのだろう。

 さて、

「それで、一昨日の私の問いには答えられるようになったかい?」

「ああ、やっと思い出せたよ」

 夢の中で。

 ×××××が。

 僕に思い出させた。

「じゃあもう一度訊ねよう。――――何故君は×××××の台詞を訊いてあんなに発狂したように、――いや、実際に発狂したのかな――彼女をずたずたに切りまくったんだ?」

「僕がどうして彼女を攫ったのかは聞かないのかい?」

「どうせ思いついたから実行しただけなのだろう?」

 彼女の言う通りだった。

「それよりも彼女の台詞で君が何故あんなに狂ったのか、そっちの方が知りたいんだ」

「ん………………」

 どうやって話そうか少し考える。

「貴方は一生興味を持つものになど出会わない。仮に会ったとしてもすぐに興味をもたなくなるかそうでなければ貴方がそれに一度しか出会わなかった場合だけよ。貴方がずっと興味を持てるものなど此処には存在しないわ。だって此処は人間に合わせて人間が創った世界よ。貴方みたいな飢えた獣を満足させるものなんて此処にはないの。だから一生をこの世に存在するものに飽いたまま、そしてこの世に存在しないものに飢えたまま過ごして早死にすればいいのよ」

 ×××××の台詞。

「僕はさ、ずっと、物心ついてからかどうかは知らないけど、でも幼い頃から〝面白いと思えるもの〟を探していたんだ。興味を引けるものがなかったんだ。いや、一時期はあった事もあるけどすぐに興味を無くしてしまう。僕は多分何に対しても無関心だった、無関心でしかいられなかった。そんな状態でいたいなんて一秒たりとも思わない。でも関心なんて何にも持てなかったんだ。だから探していたんだよ。あるって信じていたんだよ。僕が生きる事を選んでいる唯一の理由がそれだけなんだよ。それを否定されてたまるか。それを否定されたら――――」

 〝僕〟が。

 消えてしまう。

 なくなってしまう。

「なあ、僕って人間じゃないのかな」

 答えは、まるで僕がそう訊くの予想していたかのように、間髪入れずに返ってきた。

「そもそも人間って何だい?生物学的に言えば君は人間だろうさ。間違いなくね。でも君はそんな事を訊きたいのではないのだろう?人間かそうでないか。そんなもの曖昧だよ。基準なんて常に変動しているんだから。そんなもの決められないさ。だから君が自分を人間だと思えば君は人間だし人間じゃないと思えば人間じゃないのだろう。それだけだよ」

 僕は溜息をついた。

「今日僕は警察に捕まえられるんだったっけ?」

「そう彼女は言っていた」

「だったらもう君と話すのも今日が最後か」

「当分はね」

「君と話すのは楽しかったよ」

「私もさ」

「じゃあこれでさようなら」

 そう言って立ち去ろうとした僕を二宮が引き止める。

「今日は君に見せたいものがあるんだ」

「何だい?」

「君の見た事ないもの」

 そう言って彼女は。

 どこからか取り出したナイフを。

 思いっきり腕に。

突き刺した。

「え?」

 突き刺して、

引き抜いた。

血が吹き出―――ない。

 彼女の腕は何事もなかったかのように、ナイフを突き刺した過去など存在しないかのっように傷一つなく存在している。

「体質でね、私は不老不死というのかな、いや、不死かどうかはわからないけど、とにかく体が一切変化しないんだ。体重も、身長も、体の傷だって変わる事がない」

「それは本当の話なんだね」

 彼女は嘘をついていない。そう感じた。

「気付いたのは一年位前かな。気付いたらこうなっていた。世の中は理不尽だね。死なない事を願った×××××は殺されて、そんな事全く願っていない私が仮初めだけど不老不死になったんだから」

 彼女は続けてこう言った。

「この世には不思議な力というものが確かに存在するのだよ。例えば百発百中の勘。例えば不老不死。例えば視界に入った全ての人の記憶、感情が全て視えてしまう力」

 最後の一つは、

「×××××がそういう体質だったんだよ」

 だから彼女はあんなに僕の事を評価できたのだ。

 僕が彼女の事を殺そうとしている事も、

 僕が興味を持てるものを探し続けていることも、

 全て彼女には〝視え〟ていたのだ。

「それ、どこで知ったんだい?」

「昨日言ったろう?彼女が書き残していたものを読んだって。その中に書いていたんだよ」

 全く、と彼女は呟いた。

「全く、×××××は本当に完璧な〝演技〟をしていたよ。私でもわからないくらいに完璧な」

 恐らく僕の〝演技〟は二宮に見破られてしまうほど拙かったのだろう。

「あともう一つ。ビデオカメラで君を撮影していたというのは嘘だよ」

 そうだったのか。

「なんでわざわざそんな事を言ったんだ?」

「何となく」

 そう答えると思った。

「じゃあこれで」

「ああ」

 そうして僕は二宮と別れた。


 夕方。

 部屋で寝ていたのをやめて起き上がる。

 窓の外を眺めると住宅地が見えた。

「私は貴方の事が大嫌いよ。今すぐ死んでほしいくらいに」

 突然×××××の声が聞こえても僕は驚かなかった。

「でも、貴方が私の事を認識したから私はまだこうして存在できる。〝私〟という意識は仮初めの永遠性を獲得した。だから、貴方への呪いは撤回するわ」

「そりゃどうも」

「私もう行くわ。そうそう、二宮琴音の言ったように貴方の所に今日警察が来るわよ。―――それじゃあね、お嬢さん」

 どこに行くのか気になったが、そして同級生なのにお嬢さん呼ばわりをすることに文句を言いたかったが、既に彼女の声は聞こえなくなっていた。

 もう一度窓の外を眺める。

 景色は何ら変わりなかった。

 いや、あそこに見えるのはパトカー。

 常々思うがあの赤いサイレンは目に悪い。

「はあ」

 僕は一つ溜息をついて。

 玄関へ向かった。



 誰もいない昼下がりの公園。

 いや、一人いた。

 二宮琴音。

 ベンチの端に座っていた彼女は虚空に向かって話しかける。

「それで、君は彼女の事を許したのか?」

「いいえ、彼女の事を許すなんてできないししたくもないわ」

 二宮が言葉を発した瞬間「彼女」は同じベンチに座っていた。

 ×××××。

「何故私の事を殺した彼女を許せるというのよ。私は自殺志願者じゃないわ。貴方も知っているのでしょう?」

「まあな」

「私はただ前言撤回をしただけよ。私は一応結果として殺されたことによって永遠に生き続ける可能性を手に入れたわ。そのことに対する感謝――とは少し違うけれども一番近い言葉はそれだから感謝と言うのだけれど、それと相殺したのよ。ただそれだけ。それ以上の事は出来ないししたくない」

「君はそんな認識しようとしないと認識できない、そして認識されないと存在できない不安定な体になった事に感謝すると言うのかい?」

「訂正するけど一応認識されていなくても私という意識は存在しているわ。確かにこの世界に関わる事は出来ないけど…………それを貴方に言ったのはあの子ね。どうしてそんなに口が軽いのかしら」

「単純だからだよ。あの子ほど単純なものだけで世界を構成している子を私は他に知らない。でもいい子だろう?それに居候している身で偉そうな事は言えまい」

「単純だからあんな能力を持ったのかしら、それともあんな能力を持ったから単純になったのかしら」

「さあな。私が知りたいくらいだ。あの百発百中の勘は興味深い」

「そうそう、貴方に質問されていたわね。その答えだけど、当たり前じゃない。私は死ぬ可能性が百パーセントより少しでも低い事を望むわ。一番いいのは零パーセントね。…………まあ貴方には分からない気持ちでしょうけど」

「私だって生きたいと思っていないわけじゃないさ」

「でも希薄でしょう?そんな感情。貴方は常に暇潰しをしているんだわ。貴方が執着している知識の吸収だって暇潰しの一つなのでしょう?」

「そうだな」

「そうして貴方は永遠に暇を潰し続けるんだわ。そしてそれすら出来なくなった時に死にたいと望むのでしょう」

「そうだな」

「私には理解出来ないわ。何故死んでもいいと思えるの?何故生きたいと思わないの?何故不安にならないの?私は生きている時毎晩眠っている内に死んでしまったらどうしようって不安になったわ。毎朝寝ている内に死ななかったことに安堵して、それでも着実に死に向かっている事に恐怖したわ。死ぬとどうなるのかって考えて、自分の意識が無くなっても、それでも世界は廻り続けるんだって思って、その時を想像すると怖くて怖くて仕方がなかった。ねえ、何故私以外の人は死ぬ事に対して怯えていないの?何故いつか死んでしまうというのに笑っていられるの?確かに今すぐには死なないかもしれないわ。でも何日後、何か月後、何十年後には必ず死んでしまうというのに何故平気でいられるの?ねえ、何故?」

「別に意識など無くなっても構わないからだよ」

「私には理解できないわ」

「そうだろうな」

「貴方と彼女は似ているわ。生に執着していない所だけではなく他にも」

「似ているという事は違うという事だ。違っていない時には同じという言葉を使うから」

「そうね、彼女は生きたいとも思っていなかったけれど、死にたいとも思っていなかったわ。でも、貴方はやりたい事が無くなったら死にたいと思うのでしょう」

「そうだな」

「だから貴方は不死の能力を持ったんだわ」

「君は生きるという事に執着して絶対に死を回避しようとする、だから不死の能力なんて要らなかったんだ」

「もしも神様というものがいるのならば、何故私達の願いをそのまま叶えてくれないのかしら。何故こんな能力だけ与えたのかしら」

「人が大好きなんだろうさ。願いをそのまま全て叶えてしまえば人は生きようとしなくなる。その先にあるのは虚無かな。滅亡と言うよりも消滅に近いだろうね。だからこんな風に願いとズレた能力を与えたのさ。人が少しでも生きる、いや、活きるように。……………私の答えなど分かっていてその上で訊いているのだろう?」

「そうね。………ねえ、貴方にとっての神様の定義って何?」

「訊くまでもなく〝視え〟ているのだろう?」

「そうね」

「そういえば君の能力は一度死んでも変わりないのか?」

「制御が自分でできるようになったわ。前は無制限に見えた人の全てが〝視え〟ていたから」

「それだけの情報を扱いながら普通に生活できる君の事を私は純粋に凄いと思う」

「まあ生まれつきだし目を閉じれば何も見えないわ」

「今の体は君のイメージであって本体ではない筈だが」

「だから制御が効くようになったんじゃないかしら」

「ああそうか」

「じゃあ私そろそろ帰るわ。あの子が待っているから」

「苛めるなよ」

「貴方にそれを言う権利はないと思うわ」

 その台詞が終わった瞬間×××××の姿は消えていた。

 二宮はもう用はないとばかりに立ち上がって去っていった。

 誰もいない昼下がりの公園だけが残っていた。



百パーセント趣味で書きました。

面白いと少しでも思っていただければ幸いです。

あと、タイトルはグールと読みます。食人鬼とも言われますね。

誰の事を指しているのかはすぐにわかると思います。

あ、一応「僕」は少女の設定です。

本当はあの「僕」と×××××が話をしている所でその事を書こうかなと思っていたのですが何故か後日談でいきなり彼女という三人称を使われる事になってしまいました。


(訂正前のものを読んでいた方へ)

夜中に書いていたせいか未回収の伏線が少しありました。

すみません。

特に「僕」の性別は紅樹の中では何時の間にかもう書いていた事になっていたので、読み直して気付きました。

まだ変な所があれば指摘していただけると有り難いです。

紅樹は結構そういう所を読み飛ばしてしまうので。


最後に。

ghoulを読んでくださって有難うございました。

書いた本人が言うのも何ですが、結構読みづらい所、というか私ならば読み飛ばしてしまうような所があると思うので。

初めにも書きましたが、少しでも面白いと思っていただけたのならば本当に嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続き読ませていただきました。 なんか最後すっとする終わり方だったね! てか殺しちゃった×××××は意識だけだけど仮初の永遠性を手に入れたから殺人にはならないのか……? いや、なりますよね。 …
2012/03/19 20:21 退会済み
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