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 これは一体……?


 慌ただしく教室の扉を開けた桑原加奈は、飛び込んできた光景にピシリと硬直した。はずんでいた息も眼前のありさまに一時停止する。

 えーっと、今は三時間目と四時間目の間の休み時間でー。美紀と次の移動教室へと向かう途中にノートを間違えた事に気づいて、時間も残り少ないから慌てて一人引き返してきたんだけど……。

 教室に残っていたのはクラスメイトの男子生徒二人。


「あー……」


 立ち尽くす加奈を見て、気まずげに顔を引きつらせる松本君と……気のせいでなければ加奈の席に座り、加奈の机にしがみついているもう一人。


「……」


 うん。窓際後ろから二番目。そこは紛れもなく私の席、だよね?

 こちらに後頭部を向けているその人物の頭はなぜか、上下に激しく揺れていて。よくよく見やれば頬を机に擦りつけて……擦り、付け


「荒川、荒川」


 絶句する加奈に背を向けて、誰かさんの肩を揺する松本君……って荒川君!?


「……なんだ、邪魔するな」


 顔も上げず不機嫌そうに答える……うん、荒川君の声ですね。というか邪魔ってなんですか。


「いやいや、ほら、見られちゃったから」

「だから邪魔す……なに?」


 のっそりと松本君を見上げた荒川君の視線が動き、扉の前で往生したままの加奈とぶつかる。

 切れ長の一重の目を常よりも僅かに見開き、こちらを凝視する荒川君。その両手は未だ加奈の机の両端をしかと握りしめたままで。心なしか片頬が赤く見えるのは擦り過……いや、目の錯覚だよね。

 てか、ほんとに何してるのさ荒川君。人の席で。


「「「……」」」


 三人の間に、とてつもなく重い空気が流れる。

 と、その静寂を破り松本君が口を開いた。


「あー桑原さん、どしたの?」

「……それはこっちの台詞なんだけど」

「……だよねーあはは、はは」


 松本君のわざとらしい笑いが響く中、荒川君はこちらをじっと見つめたまま動かない。 露骨なまでのその視線になんだか加奈の方が気まずくて、ぐるぐると忙しなく視線を巡らせる。


「あ、やばいー次始まっちゃうよー」


 唐突に気まずすぎる空気を払拭するよう、松本君が白々しさも全開の口調で言うと、荒川君の腕を掴み、へばり付いている机から力ずくで立ち上がらせた。ガタタと椅子が派手に動く。

 そのままぐいぐいと荒川君を伴って歩きだす。加奈の横をそそくさと通り過ぎ


「桑原さんも急いで急いでー、遅れるよ」


 大きな身体をズルズルと引きずるようにして出て行っていまった。その間も荒川君の視線は加奈から外れないままで。


「……なんだったの」


 どっと疲れを感じながら、ノートを取り出すために机に向かう。

 一応、我が机に何かされてないかもチェックするためにも。









 結局、次の授業へは少し遅れてしまった。いや、だってほら、異常がないか念入りに調べてたら……ねぇ。すみませんと頭を下げた時も足早に席に向かう時も、とある方向から重い視線を感じるような……気のせいよね。

 教室での席がそのまま反映されているので、窓際後ろから二番目の席へと腰を下ろす。


「あーそれじゃあ教科書23ページの……」


 教師の言うままにページを開くも、正直内容なんてちっとも頭に入ってこない。思い浮かぶのは先程の出来事ばかりで。

 結局あの二人、というか荒川君は私の机で何をしてたんだろう。何やら机に頬擦りでもしてたように見えたけど……いやいや、そんな馬鹿な。


 先ほどの二人の姿を脳裏に思い浮かべる。

 松本啓介君。ふわふわの茶色い癖っ毛に、垂れ目が甘い顔立ちのモテ男。飄々とした性格で、男女問わず広く浅く人付き合いしてる感じ。私も二年になって同じクラスになる前から知ってたし。

 何気ない一言がすごく巧いんだよね、この人。なんでもない感じで自分の望むペースに場を持ってくし……絶対腹黒いと内心思ってたんだけど、さっきはなんか苦労人ぽかったなぁ。日頃纏ってる余裕オーラもなんか消えかけてたし……実はあんなんだったのか?


 そして問題の、荒川祐也君。この人も話題に事欠さない人だよね、女子が三、四人集まればかなりの確率で話題に挙がるし。

 癖のない黒髪に切長の瞳の冷徹美形なモテモテ男。常に無表情なその顔は凄まじく整っていて、一切の隙がない感じ。何に対しても無関心な印象があるし、実際そうなんだと思う。いつもダルそうにしてるし口数も少ないし……美形だから許されてる所も多々あると思う。幼馴染だっていう松本君以外と関わってる所もあんまり見たことないし。あ、ちょっと男子と話すくらいか。


 だから間違ってもあんな、へ、変態行為をするタイプじゃない。

 今しがたの光景を思い浮かべ、知らず知らず教科書の一部分を睨みつける。

 校内一のモテ男だよ?いや他高の娘も荒川君見たさに押しかけてくるんだから、それはそれはモテる男なんだよ。そんな人がなんだってあんな事を……。

 三秒目が合ったら惚れさせるなんて噂さえあるんだから、女には不自由してないだろうし。まぁ告白してきた女の子は全員ばっさり断ってるらしいけど……っってイタいイタいイタい。何だか痛い。体の右側が凄まじく痛い。


 ちなみに

 私、窓際後ろから二番目。

 荒川君、廊下側の一番後ろ。

 おまけで松本君、私と同じ窓際の一番前。

 まさかと思いつつ、チラリと右斜め後ろを向く……っっっ!


 しゅばばっと黒板に向き直る。だけどその焦点なんて合ってない。め、目、目が合った。一番奥の人と(……荒川君なんだけど)目が合っちゃったよ!!


「……」


 恐る恐る確認してみる。嫌がる首を無理やり回して……えぇぇぇっ。

 私、何かしましたでしょうか。










「であるからしてだな、質量をここに」


 あと10分、あと10分。チクチク刺さる視線に耐えること30分。心なしかお腹も痛くなってきた。要らぬ刺激を与えてしまいそうで、身じろぐ事すらままならない。静かな教室に響く先生の声も全て頭を素通りしていくだけだ。あまりに進みの遅い時計にお門違いな怒りすら湧いてくる。


「あ~次、問2と問3を」


 うぅ、早く終わっ


「荒川、桑原。前に出て解いてみろ」


 はいいぃぃ!?一気に顔が引きつるのが分かる。


「お前ら、ちーっとも集中してないからな」


 化学担当の山下先生が、半笑いで言ってくるけど……目がマジです。どうやらお怒りのご様子です。


「ほらほら、早く前に出ろー」


 ううっ、ツイてない。泣く泣くノートを片手に立ち上がる。ガタッともう一人も立ち上がる音が聞こえる。こうなったら、さっさと終わらせて席に戻ろう。幸いなことに答えは分かっているし、予習しといてよかった。

 周りを見ないように足早に黒板へと向かう、松本君の傍を通る時はちょびっと息をつめてしまったけど平常心平常心。えーと、チョークチョーク…………え?


 ピシッと教室の空気が固まったような気がする。というのも全て、私のすぐ横にいらっしゃる方のせいなのですが。


 ~回想~


 えーと、チョークチョーク。あ、あった……え?

 私がチョークを掴んで3秒後、私の手に一回り大きな手が重なりまして。横を見やれば荒川君。あ、なるほど。荒川君もチョークを探してたんですね。にしては3秒のズレがあったような気もしますが。では、コレは譲りますよ。私は他のを、他のを……


  ~回想終了~




 あの、手を放してください。











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