001 少年時代
僕が生まれたふるさとは、山や水、谷間や森の広がる緑と青と白い世界がひろがっていた。
幼き日々は、同じ年頃の子供たちと家畜の世話や水汲みをし、夜は母たちと靴や服、身の回りの小物づくりをした。
遠くの牧草地までいかない羊や山羊、鶏への餌やりは、小さい子供たちの仕事。
仔馬に乗れるようになった大きい子供たちは、大人と一緒に牧草地まで連れて行って、餌をたべさせたり、追いかけまわして運動させたりする。
空を飛び去る鳥や牧草地から顔を出す兎を見つけると、弓で狩りをする。
獲物は早い者勝ちで、射止めた子供が貰えるので、夜の肉が増えたり、お小遣いをもらえたり。
子供たちがまごつき獲物が逃げ去ろうとすると、大人たちの出番で強弓で遠くの獲物を捕らえていた。
今思うと、子供たちの経験を積むために、そういう約束になっていたのだ。
馬に乗れるようになると、遠くの水場まで馬と山羊で水汲みにいくのも、大きな子供たちの仕事だった。
夏の間は、山に近い広い場所で暮らし、冬になると、風の少なく水辺に近い谷あいに移り住んだ。
また、初夏になると大人たちの何人かは連れだって東の方の集会に出かけて行った。
僕たちの住むところは、集会の場所からは遠く、何月もかかるらしい。
僕の父も毎年夏になると集会に向かい、夏の終わりごろに戻って来る。
でも、父が返ってくるころには、周辺に住む父の仲間たちが大勢家の近所にやってくる。
何百人もあつまる宴会が始まる。
この夏の終わりの宴会が、1年で一番楽しい時間だ。
父を慕って集まる大人たちは大きな子供たちを連れてくる。
いつもと違う友達と会えるのも、この時期だ。
半月の宴会の間に、馬の競争や、相撲、だれが一番弓がうまいか、なんて催しもある。
僕は子供たちの中では、年上の方だったので、いつも兄と最後まで優勝争いをしていた。
10歳になるころには、他の15歳までの子供たちの中でも、兄以外に負けることはなくなった。
そして11歳の夏、父は兄と一緒に僕を遠くの集会に連れて行ってくれたのだ。
半月もかかってついた集会は、とんでもなく大きなものだった。
毎年父の家でやる宴会とは比べ物にならない、人と物が集まっていた。
それこそ見える草原のすべてに天幕が広がり、見たこともない料理や品物が並べられていた。
そして、はるか遠くに見える、語り部の話でみんなが憧れる霊山。
いつもの馬競争や相撲、弓くらべも、人数も技も信じられないぐらい多彩だった。
父や父の仲間に促され参加した子供の部では、兄と共に上位まで勝ち上がったが、結局優勝はできなかった。
世界は広い。
それでも、初めて会った祖父から敢闘賞として、兄と一緒に小刀を貰った。
また半月かけて家までもどると、こんどは父と仲間たちの宴会が始まる。
いつもの宴会で安心すると、留守番だった子供たちに、大集会の様子を話して聞かせるのだ。
宴会の7日間が終わると、いつもの日常に戻った。
けれども、来年こそは優勝すべく、大人たちにお願いして、訓練を厳しいものにした。
ところが、雪解けが近づくころ大人たちがいつもと違う雰囲気をだしていた。
いつもと違う時期に集まり、厳しい顔つきで「準備の確認」をしている。
やがて父が一つの天幕に母たちや子供たちを集めた。
そこで兄が腕を怪我していることに気づいた。あとで知ったが、兄も日々の訓練を厳しくて、そこで落馬して腕を折ったのだ。
父がいう。
「西へ行く。おそらく何年か戻らない」
「全集団から選抜された軍団となる」
「後続の軍団は、この一帯を通過することになる。物資を求められたらかまわず与えよ」
「足りなくなったものは、隣の集団に求めよ」
などなど。母たちはすでに知っていたようで、使用人や子供たちにも知っておいてもらいたかったようだ。
けれども、その時は気付かなかった、別の思いもあったのだと、あとで知ることになる。
最後に、父が僕の方を見つめて言った。
「お前は行けるか?」
「もちろん。準備はできています、今すぐでも」
僕は即答した。
兄は悔しそうな顔を浮かべていたが、それでも、
「武運を祈る。俺の分も手柄をたててくれ」
と言ってくれた。
翌朝、武具と食料、わずかな身の回り品と替え馬を選び、父たちと共に家を後にした。




