表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
民俗学オタク井戸つむぎの事件簿  作者: 御園しれどし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/13

13.胃袋の証言と、春の訪れ

 集会所に、異様な静寂が戻った。つむぎが突きつけたスケッチブックの文字――「これは毒です」という宣告に、村人たちの顔は一様に強張っている。


 本来なら、七草を刻む木べらの音が響くはずの場。だが今、聞こえるのは古い囲炉裏で爆ぜる薪の音と、道成の荒い鼻息だけだ。


「……」


 七草婆が、ゆっくりとつむぎの方を向いた。その目は「無言の行」を破った者への怒りではなく、何かを値踏みするような鋭さを帯びている。


 つむぎは、手に持った黒い葉を、さらに一枚むしり取った。


「(道成さん、この草の切り口……見てください。包丁ではなく、ある『道具』で均一に裁断されています。鉄を嫌う神事の裏で、最新の裁断機が使われていた。それがこの草の正体です)」


 つむぎは次々にページをめくる。そこには、お堂の床下の構造図と、ある「化学式」が記されていた。


 沈黙の掟により、誰も反論できない。それを逆手に取り、つむぎの独壇場が続く。


「この村の『神のセリ』は、実は絶滅しかけていました。それを無理やり増やそうとしたのが、芹沢蓮さん、あなたたち若手グループですね?」


 蓮の肩が、びくりと跳ねた。


「あなたたちは、お堂の床下に水耕栽培のプラントを隠し、化学肥料と発酵促進剤を大量に投入した。しかし、急激な成長は変異を生んだ。セリに似て非なる、アブサンに含まれるニガヨモギに近い成分を持つ『八番目の草』……幻覚作用のある毒草を作り出してしまったんです」


 道成が喉を鳴らす。先ほど、その毒草の一部を「セリ」だと思って食べてしまったのだ。


「(つむぎ、僕……なんだか、天井が回って見える気がする……!)」


「道成さんが食べたのは、まだ発酵が進んでいないものです。でも、本番の粥にこれを混ぜれば、村人全員が『神の啓示』という名の集団幻覚に陥る。それを利用して、村の土地を観光利権に売り渡す……それが『無言の行』という名の密室で行われようとした計画の全貌です」


 つむぎの指摘が終わると同時に、七草婆が大きな溜息をついた。 それは、何十年も守り続けてきた伝統の糸が、ぷつりと切れたような音だった。


「……もう、ええ。喋りなされ」


 婆の一言で、集会所の空気が一気に弛緩した。蓮はその場に崩れ落ち、震える声で告白を始めた。村を維持するため、金が必要だったのだと。


「伝統は、嘘の上に成り立つものではありません。春を呼ぶための粥が、人を惑わす毒であってはならないんです」


 つむぎは、お堂の隙間から回収してきた、本物の、しかしひょろひょろと頼りない一茎のセリを皆に見せた。


「これが本物の『神のセリ』です。小さくても、これがこの土地の真実です」


 翌朝。 集会所には、化学物質を含まない、本当の七草の香りが漂っていた。

 毒草はすべて破棄され、お堂の下のプラントも解体されることが決まった。


「……つむぎ、もうお腹ぺこぺこだよ」


 道成は、昨夜の幻覚からすっかり覚め(単なる食べ過ぎの腹痛だった可能性もあるが)、差し出された粥を啜った。


「(……道成さん、どうですか? 味は)」


「うん。……なんだか、すごく苦いけど、春の匂いがする」


 つむぎも、自分の分の粥を口に運んだ。 民俗学的な真実。それは時に残酷だが、それを乗り越えてこそ、人は新しい季節を迎えることができる。


「おめでとうございます、道成さん。これでようやく、私たちの『正月』が終わりましたね」


 窓の外では、夜明けとともに雪が解け、泥の中から小さな緑の芽が顔を出していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ