13.胃袋の証言と、春の訪れ
集会所に、異様な静寂が戻った。つむぎが突きつけたスケッチブックの文字――「これは毒です」という宣告に、村人たちの顔は一様に強張っている。
本来なら、七草を刻む木べらの音が響くはずの場。だが今、聞こえるのは古い囲炉裏で爆ぜる薪の音と、道成の荒い鼻息だけだ。
「……」
七草婆が、ゆっくりとつむぎの方を向いた。その目は「無言の行」を破った者への怒りではなく、何かを値踏みするような鋭さを帯びている。
つむぎは、手に持った黒い葉を、さらに一枚むしり取った。
「(道成さん、この草の切り口……見てください。包丁ではなく、ある『道具』で均一に裁断されています。鉄を嫌う神事の裏で、最新の裁断機が使われていた。それがこの草の正体です)」
つむぎは次々にページをめくる。そこには、お堂の床下の構造図と、ある「化学式」が記されていた。
沈黙の掟により、誰も反論できない。それを逆手に取り、つむぎの独壇場が続く。
「この村の『神のセリ』は、実は絶滅しかけていました。それを無理やり増やそうとしたのが、芹沢蓮さん、あなたたち若手グループですね?」
蓮の肩が、びくりと跳ねた。
「あなたたちは、お堂の床下に水耕栽培のプラントを隠し、化学肥料と発酵促進剤を大量に投入した。しかし、急激な成長は変異を生んだ。セリに似て非なる、アブサンに含まれるニガヨモギに近い成分を持つ『八番目の草』……幻覚作用のある毒草を作り出してしまったんです」
道成が喉を鳴らす。先ほど、その毒草の一部を「セリ」だと思って食べてしまったのだ。
「(つむぎ、僕……なんだか、天井が回って見える気がする……!)」
「道成さんが食べたのは、まだ発酵が進んでいないものです。でも、本番の粥にこれを混ぜれば、村人全員が『神の啓示』という名の集団幻覚に陥る。それを利用して、村の土地を観光利権に売り渡す……それが『無言の行』という名の密室で行われようとした計画の全貌です」
つむぎの指摘が終わると同時に、七草婆が大きな溜息をついた。 それは、何十年も守り続けてきた伝統の糸が、ぷつりと切れたような音だった。
「……もう、ええ。喋りなされ」
婆の一言で、集会所の空気が一気に弛緩した。蓮はその場に崩れ落ち、震える声で告白を始めた。村を維持するため、金が必要だったのだと。
「伝統は、嘘の上に成り立つものではありません。春を呼ぶための粥が、人を惑わす毒であってはならないんです」
つむぎは、お堂の隙間から回収してきた、本物の、しかしひょろひょろと頼りない一茎のセリを皆に見せた。
「これが本物の『神のセリ』です。小さくても、これがこの土地の真実です」
翌朝。 集会所には、化学物質を含まない、本当の七草の香りが漂っていた。
毒草はすべて破棄され、お堂の下のプラントも解体されることが決まった。
「……つむぎ、もうお腹ぺこぺこだよ」
道成は、昨夜の幻覚からすっかり覚め(単なる食べ過ぎの腹痛だった可能性もあるが)、差し出された粥を啜った。
「(……道成さん、どうですか? 味は)」
「うん。……なんだか、すごく苦いけど、春の匂いがする」
つむぎも、自分の分の粥を口に運んだ。 民俗学的な真実。それは時に残酷だが、それを乗り越えてこそ、人は新しい季節を迎えることができる。
「おめでとうございます、道成さん。これでようやく、私たちの『正月』が終わりましたね」
窓の外では、夜明けとともに雪が解け、泥の中から小さな緑の芽が顔を出していた。




