1. 聖域への片道切符
「道成さん、見てください! あの屋根の傾斜、典型的な雪国様式……いえ、それ以上にあの棟飾りの意匠! あれは間違いなく、外敵ではなく『異界のモノ』を阻むための呪術的記号ですよ!」
激しく雪が舞い散る中、井戸つむぎは声を弾ませた。彼女が握りしめているのは、大学のロゴが入った安っぽいボールペンと、すでに半分以上が怪しげな図解で埋まったフィールドノートだ。
「つむぎ、お願いだから今は学術調査のスイッチを切ってくれ……。これから行くのは僕の実家で、君にとっては『彼氏の両親への挨拶』っていう、人生最大級の緊張イベントのはずなんだから」
隣でハンドルを握る九条道成は、死ぬほど顔色が悪い。
四輪駆動の車が、今にも雪に飲み込まれそうな細い山道を慎重に進んでいく。彼らが向かっているのは、地図上では「九条村」としか記されていない、外界から隔絶された集落だ。
「わかってますよ。でも、民俗学徒として、現存する『三が日の絶対禁忌』を維持している一族にお目にかかれるなんて、緊張より興奮が勝っちゃうんです」
つむぎは窓の外を流れる雪景色を見つめながら、うっとりと呟いた。
「火を使わない、刃物を使わない、そして掃除をしない……。現代社会において、これほど徹底した『ケ』の清算と『ハレ』の維持が行われている場所が他にあるでしょうか。ああ、論文の神様ありがとうございます」
「神様に感謝する前に、うちの親父に挨拶してくれよな……」
道成が溜息をついたその時だった。
ズ、ズズ……という地響きのような音が、山全体を震わせた。
「えっ、今のは――」
つむぎが言いかけるのと、背後の道が白い波に飲み込まれるのは同時だった。凄まじい轟音とともに、彼らが今通ってきたばかりの斜面が崩れ、退路を完全に塞いだ。
「雪崩……」
道成が絶望的な声を漏らす。
「終わった。これで三が日が明けるまで、僕たちはこの村から一歩も出られなくなった」
対照的に、つむぎの目はかつてないほど爛々と輝いていた。
「素晴らしい! 完璧なクローズド・サークルです! これぞ伝統的な正月の『籠もり』の儀式ですね!」




