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希望の少年(3)

 それからもユウはリアン喫茶店に通い続けた。

ノアとの静かな時間を過ごしながら、少しずつ心の奥に溜め込んでいた気持ちを言葉にできるようになった。

最初は短い返事や単調な会話だったが、ノアはそれでもユウの言葉の一つ一つを大切に受け止め、決して急かすことなく、彼の心のペースに寄り添い続けた。

 ユウの心の傷は簡単には癒えなかった。

それでも、ノアの穏やかさや、彼が何も言わなくてもそばにいてくれる時間が、ユウにとって少しずつ「光」になっていた。

 リアン喫茶店は、単なる喫茶店ではなかった。彼にとって「安心できる場所」「逃げ込める場所」——いや、「心の拠り所」となりつつあった。


 ノアはユウに寄り添いながら、ときどき本を貸し出したり、小学校の宿題を教えたりした。本を読むことはユウにとって特別な習慣ではなかったが、ノアが貸してくれる本はどれも面白く、少しずつ「読むこと」に対する抵抗が薄れていった。


 また、店の常連客とも自然に交流が生まれた。いつも店の隅で本を読んでいる穏やかな年配の「ミナトさん」、そして大学生の「サキさん」。ユウは彼らに勉強や言葉の意味などを尋ねるようになった。

サキはリアン喫茶店で本を読みながら飲み物を楽しむのが日課だった。

 ユウが質問すると、彼女はいつも笑顔で答えた。

「それはね、こういう意味だよ」

「こう考えると面白いかもね」

 サキの返答はただ知識を与えるだけではなく、ユウの興味を引き出すようなものだった。

ミナトも、落ち着いた口調で助けてくれた。

「君の考え方は面白い」

「本を読むっていうのは、世界を広げることだからな」

 こうしたやり取りを通じて、ユウは少しずつ「外の世界」への興味を持ち始めた。

今まで自分には関係ないと思っていた知識や話題が、リアン喫茶店を通して少しずつ身近になっていった。


 ある日、ミナトがユウにそっと本を差し出した。

「これは、俺が昔読んだ本だ。君も読んでみるといい。」

 表紙はすこし擦れた跡があり、長く読まれてきたことがうかがえた。

ユウはためらいながらも本を受け取り、ゆっくりとページをめくる。最初は分からない言葉ばかりだった。

でも、それをそのままにせず、サキに尋ねたり、辞書を引いたりしながら、少しずつ読んでいった。

言葉の意味を知るたびに、物語の世界が開けていく。


 ユウの手の中にある本のタイトルは「風が語る夜」だった。

物語の舞台は、小さな港町。主人公の少年ルイは、幼い頃に嵐で父親を亡くし、以来、海を恐れるようになっていた。彼は港のそばに住みながらも、決して波打ち際には近づこうとしなかった。

しかし、ある夜、町に語り継がれる「風の声」が彼の前に現れる。

それは、夜ごとに海を漂い、迷える人々にささやきを届けるといわれる不思議な存在だった。誰もその正体を知らず、ただ「風が答えを持っている」と語られていた。

 ルイは偶然にもその風の声を聞き、心に刻まれた恐れを振り払うことができるのかを問い始める。

やがて、彼は港町の古びた灯台へと足を運ぶ。そこには、かつて海を旅していた老人エドワードが住んでいた。彼はルイにこう告げる。

「恐れることは悪いことじゃない。だが、風の声はいつだって、新しい道を教えてくれる。」

ルイはエドワードと話しながら、少しずつ過去と向き合い始める。そして迎えたある夜——彼は自らの足で海岸へと向かう決意をする。

波打ち際で静かに耳を澄ませると、風がまるで何かを語りかけるように吹き抜けた。

それは、過去の傷を乗り越えるための、新しい始まりだった――

それがこの本のあらすじだった。

 この本の影響で、ユウの心の中に少しずつ変化が生まれ始めた。

最初はただ文字を追うだけだったが、物語の展開を知るにつれ、ルイの葛藤が自分の気持ちと重なることに気づいた。

恐れを抱きながらも、風の声を聞いて前に進もうとするルイの姿——それは、ユウ自身が感じていた迷いや不安と似ていた。

「恐れることは悪いことじゃない。でも、風の声はいつも新しい道を教えてくれる。」

その一言が、ユウの心に深く響いた。


 リアン喫茶店の静かな空気の中で、本のページをめくるたびに、自分の考えがゆっくりと整理されていくような気がした。

ミナトが何気なく差し出した本が、ユウにとってただの読書ではなく、新しい視点を与えてくれるものとなった。

 サキに尋ねながら、一つ一つ言葉の意味を理解していくうちに、ユウは本の世界に引き込まれ、知らなかった「物語の力」を感じるようになる。そして、本を読むという行為が、ただ知識を得るだけではなく、「世界を広げること」なのだと気づき始めていた。

リアン喫茶店という空間が、ユウにとってただの「居場所」ではなく、「新しい一歩を踏み出す場所」へと変わりつつあった。

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