第一章 希望の少年(1)
丘の上にひっそりと佇むリアン喫茶店。木製の扉を押し開くと、ふわりと広がるコーヒーの香りが店内を満たす。
静かで落ち着いた空間には、ゆったりとした時間が流れていた。昼下がりの柔らかな光が窓から差し込み、木製のカウンターや棚に穏やかな影を落としている。店の奥には、温かな木の椅子がいくつか並び、窓際の席には古びた本が積まれていた。その場所へ、一人の少年がふらりと足を踏み入れる。ユウ——かすかな影を落としたその瞳には、迷いと戸惑いが入り混じっていた。
彼は親からの虐待に苦しみ、心に重い影を抱えていた。学校を休んだ今日も、家へは戻れず、裏山や近所の通りをあてもなく歩いていた。そんなとき、視界の端にこの喫茶店が映り込んだのだった。どこか懐かしさを感じさせる木の扉。見たことがないはずなのに、不思議と足を止めずにはいられなかった。
ユウは静かに扉を押し開き、店内へ足を踏み入れる。コーヒーの香りが微かに鼻をくすぐり、足元の木の床が落ち着いた感触を伝えてくる。いつもの喫茶店とは違う——いや、そもそも喫茶店に入ることすらなかった。なのに、この場所には確かに「安心感」があった。
ユウは言葉も交わさず、窓際の席へと向かい、静かに腰を下ろす。メニューを手に取ることもなく、ただ窓の外をじっと見つめる。薄曇りの空に細く光が差し込み、街並みが淡い色合いで広がっていた。ここでは何も考えなくてもいい。ただ、目の前の景色と空気を感じるだけでいい。それは、彼にとって初めての感覚だった。
ノアはユウの様子に気づき、何も言わずに彼の前に温かいココアを置いた。
ユウは驚いたように顔を上げ、ノアの目を見つめた。その瞳には深い知恵が宿っていた。言葉は交わさなかったが、ノアの優しさとココアの温もりがユウの心に少しずつ染み込んでいくのを感じた。
それから、ユウはリアン喫茶店に通うようになった。喫茶店では多くを話さない。話すことは少なくても、この場所だけは落ち着けると感じた。彼はノアに心を開くことができずにいたが、少しずつ彼の存在が心の支えになっていった。ノアは、ユウが話すことを待ち、彼の心の声を聞こうとした。
ユウにとってリアン喫茶店の日々の空気が、心に静かに染み込んでいった。ココアを飲むたびに、ほんのわずかだが気持ちが落ち着くのを感じた。ノアはいつも多くを語らなかったが、その沈黙がユウにとって心地よかった。喫茶店の木の温もりと静かな音楽が、ユウの心の奥にある重たさを、ほんの少しずつほどいていくようだった。
それでも、言葉にするにはまだ勇気が足りなかった。
しかし、喫茶店の穏やかな時間が、ユウの中で少しずつ何かを変えていった。