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スライム層の管理官

 私は、スライム層の管理官だ。

 平民にはあまり知られていないが、公共スライム層の管理官には国家資格が必要とされている。

 つまり、それなりに“エリート”と呼ばれる立場だということだ。


 にもかかわらず、礼儀を知らぬ小僧から「オッサン」と呼ばれることもある。

 しかし私は、公共の場を預かる者として、そういった者に対しても平等に対応している。


 ――分かるか? 君のことだ。


 さて、スライム層の仕事に興味があってここに来たのだろう?

 私は忙しい身だが、それに答えるのも仕事だからね。質問があったら遠慮なく尋ねるように。



 スライム層とは、汚物や排水を処理するための設備だ。

 そう聞くと、「スライムにゴミを突っ込めばいいだけ」と考える者もいるだろう。

 しかし、それほど簡単な話ではない。


 たとえば、廃棄物に危険なものが混じっていないか確認するのも、我々の仕事だ。

 単体では無害な廃棄物も、他の成分と組み合わせることで有毒ガスや有害物質を発生させることもある。

 これらを一緒くたにスライム層に入れた場合、スライムが分解するより先に、毒性が現れることになる。


 また、中にはスライムに過大な負荷をかけ、処理の過程で暴走状態を引き起こす物質も存在する。

 スライム層から溢れたスライムが、人を一人二人溶かすだけなら可愛いものだが……。

 私設ならまだしも、“公共”という規模のスライム層でそんなことが起これば、最悪、街ごと巻き込む大惨事になりかねない。


 だからこそ、我々は常に注意深く、慎重に仕事をしている。


 スライム層の管理の仕事は、下水や汚物に携わるということで、敬遠されがちだ。

 しかし私は、この仕事こそが王都の平和と衛生を守っていると自負している。



 そして、その“スライム層の管理”の全体を統括するのが、我々「管理官」だ。



 管理官の仕事は多岐にわたる。

 スライムの選別と配置、安全管理と緊急対応、現場への指示出し、行政本部への報告書と予算申請。

 要するに、スライム層の機能全体を維持し、監督するのが役目だ。


 もちろん、スライム層の業務は管理官だけでは成り立たない。


 管理官の下は主に四つの係で分かれていてね。

 各係にはそれぞれ専門性がある。長年ひとつの係で腕を磨き続ける者もいるのだよ。まさに職人だ。



 まず、技術係。


 彼らは設備の保守点検を担当する。

 魔術具や施設に施された魔術陣を点検し、異常があれば調整・修繕を行うのだ。

 スライム層に関わる魔術陣については、魔術具師にも劣らぬ知識を持っているよ。


 あとは、流路管のチェックも忘れてはいけない業務だね。フィルターの汚染度の確認はこまめに行なう必要がある。


 うん? 流路管にフィルターなんてあるのか? 汚染度って何か、だと?


 各家庭から汚水を運ぶのだ。何が混ざっているか分からないだろう。

 たまに、分別して捨てるのが面倒だからと、小さな魔石を流すバカさえいる。

 一度フィルターを通して大きなゴミを取り除いているのだ。


 ただ、その過程でゴミや毒素、魔力の残留などが蓄積し、フィルターが汚染されてしまう。

 汚染されたままのフィルターを使うことで逆に危険を生んだ、などあってはならない。

 技術係の大切な仕事だよ。



 次に、衛生係。

 現場作業員といった方が分かりやすいかもしれないね。


 王都では、決められた日、決められた場所に各家庭から廃棄物が出される。

 貴族の多くは私設のスライム層を使っているため、対象は主に平民の廃棄物になる。個人宅からは、基本的には危険物は出ない。


 しかし、工房や店からの廃棄物には注意が必要だ。特に魔術具や医薬品、溶剤なんかを扱ってる店はね。

 そういった特殊な廃棄物は直接搬入されるか、依頼があれば作業員が回収に赴く。

 料金体系は行政本部の管轄だが……業務の難易度に見合った金額を、きちんと設定していてもらいたいものだよ。


 衛生係の仕事は回収だけではない。

 廃棄物搬入時のチェック、沈殿槽の掃除なども担当する。

 保護装備の着用が必要な、高リスク作業も多いのだ。

 私は、衛生係こそが、生活に最も身近で、そして最も過酷な仕事を請け負ってくれている存在だと考えている。



 そんな衛生係を間接的に支えているのが、啓発係だ。

 この係は他とは少し毛色が違い、専門知識はそこまで求められない。


 業務の内容は、住民への説明、苦情対応、廃棄ルール違反の調査と記録だ。

 違反が悪質な場合、罰金刑の適用もあるから、行政と住民の板挟みになることも多い。

 ……あの係は危険な作業とは無縁だが、意外と胃を痛めるのだよ。

 目立たないが、現場を円滑に回すために欠かせない存在だ。



 最後に、スライムの飼育係。

 ここが、君たちがイメージしてる“スライム層の仕事”に近いかもしれないね。

 スライムの繁殖と健康管理を行う係だ。


 変異の兆候がないか、病気にかかっていないかなど、極めて繊細な判断が求められる。

 個体数が増えすぎたり、異常が見られたりしたときは、対象のスライムを処分して、新しい個体に入れ替えるのだ。


 ……たまにね、スライムに心を寄せすぎる者が出るんだよ。

 世話をしているうちに情が移ったのか、「処分できない」と言い出した者がいた。可哀想だとか、彼らも命なんだとか。

 まったく、あっちは我々のことなど餌やり係くらいにしか思っていないだろうに。


 その職員をどうしたのか? 他の係へ異動させるつもりだったんだが……対応が一歩遅れてしまってね。

 処分対象のスライムを逃がそうとして、そのまま喰われてしまったよ。



 さて、話を戻そうか。

 スライム層の運営は、こうして複数の係が連携しながら支え合って成り立っている。

 その全体をまとめるのが、我々“管理官”の役目というわけだ。


 最初に述べた通り、管理官は国家資格が必要な職だ。

 では、その資格を得るには何が求められるか。


 まず、受験するには実務経験が必須だ。

 技術係、衛生係、啓発係、飼育係。

 この四つの係それぞれで、二年以上の実務経験が必要になる。つまり、資格取得までに最低でも八年はかかる計算だ。

 たとえ一つの係で十年勤めていようと、他を経験していなければ、受験資格は得られない。


 そのうえで受けるのが、座学試験と実技試験だ。


 座学試験では魔術理論からスライムの生態、薬品の相互作用、公共衛生法規に至るまで幅広く問われる。


 実技試験で測られるのは、各係で培った技能と、現場対応力だ。

 なんというか――試験官の性格が悪い年は、一人も合格者が出ないこともあるような内容だ。



 ああ、それと。


 各係に配属される前には、必ず所定の講習がある。そこで及第点を取らねば現場に出ることはできない。

 ゆえに、配属されている者は全員が、それぞれの専門知識を備えた“プロフェッショナル”だと、私は誇りを持って言える。



 ――話が長くなって、疲れたかね?

 仕方ない、休憩を挟もう。


 ちょうどこの前、うまい菓子を見つけてね。

 甘いのと、しょっぱいの、どっちが好きだ?


 ……ええい! 別に君のために用意したわけじゃない!

 たまたま買ってあっただけだ!


「オッサン、サンキュー」ではないだろう!

 もっと敬意を持て! 私はスライム層の管理官だぞ!

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

「いいな」と思っていただけたら、【☆☆☆☆☆】をぽちっとしていただけると、励みになります!


同じ世界を舞台にした長編小説『もしも、あの日に』も、よろしければ覗いてみてください。


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