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第9話 アンコール

「なにやら騒がしくないか?」


楽器を片付ける手を止め、ベースのジェイが、メンバーに問う。


「そうか? んーまぁ。そうかもな。オレ、みてくるよ!」


そう言って、ボーカルのカイがスピーカーケーブルのグルグルを余計グルグルしながら、ドラムのレイナにそれを押し付けた。


「ちょっと!!!解けないからって押し付けないでよ!」


レイナの声を無視し、カイが扉を開ける。「いや。だから!友達が襲われてるんです!!ちょっと注意引くだけですから!」「襲われてるって言われてもね…そんなよくわからない理由で立ち入らせる訳ないだろ?それにこっちもちゃんと警備はしてる」「車に乗せられそうなんです!人数は目に見えるだけで5人。俺じゃぁ太刀打ちできないんです!じゃぁスピーカーは諦めるので救出するの手伝ってください!」「そうは言ってもね…私にも仕事があるし…」


「わぉ。少年と係員が口論してる!それに何やら内容が物騒だぞ!!」


カイがまだスピーカーに繋がっているマイクで実況し出した。

メンバーたちは…って言うか、主にレイナがうるさっ!って小言を漏らしつつも扉の方を見る。


少年が扉を開けたカイに気づいた。

頭を下げて精一杯お願いしてきた。「お願いです。スピーカー使わせてください。友達を救出するために注意を引きたいんです!」と


少年の言っていることは意味わからなかったが、すごく本気であることは伝わった。何故なら、とても切羽詰まっていたからだ。


係員が、そんな少年を横目に「気にしないでください。変な子紛れさせてしまってすみません」と頭を下げる。「ほら、行くよ」と少年を引きずろうとする。


一部始終を見ていたリーダーがギターをアンプに繋ぎ直しながら、こう答える。


「いいじゃん。ラストアンコールと行こうか、ほらカイ。その扉開けっぱなしにして定位置戻ってこいよ。少年1分後に曲を始める。精一杯鳴り響かせるからちゃんと救えよヒーロー」


少年は、一瞬止まった。きっと理解が追いつかなかったのだろう。

でも、すぐに「ありがとうございます!」って大声で俺たちに向かって礼を言ってから駆け出して行った。俺の意図をちゃんと汲んだのか、扉を全て全開放しながら掛けて行った。


「やっぱあの曲いっちゃう?」


ドンドンとバスドラムを鳴らしながら椅子の位置を調整したレイナが問いかける。本当俺のメンバーノリが良くて大好きだ。俺たちは頷く。


「いくよ。ワン・ツー…」


スティックの合図とともに俺たちは……昔の俺たちのように、音で誰かの命が救われる事を願いながらバンド名の由来になった曲「空虚に響け1日」を演奏した。


_______________


物陰に隠れた時に、丁度曲が始まった。

ダダンとドラムの音が鳴り響き、ダラララと焦るような何かが迫ってくるかのような重厚感のあるドラムロールが響き渡る。その重い響きとは真逆にギターとベースが軽やかな爽やかな夏を想像させるような音を紡ぐ。


男たちがいきなり始まった爆音に戸惑い周囲を見渡す。ミラはこの状況なのにこの曲のドラムロール部分が聞こえた瞬間から少し笑顔だ。おいおい自重しろ!


俺はすぐさま影から飛び出しミラを掴んでいた男にタックルした。走れ!と表通りの方を指差しミラを逃す。ミラは一瞬戸惑ったが頷いて俺の指した方向へ駆け抜ける。もう1人の小柄な男の膝に蹴りを入れた後、俺もすぐミラの後を追った。

丁度その時、メロディーが始まったようだ。デスボイスが響き渡る…マジかよ。あんな夏を思い起こさせるような爽やかな伴奏だったのに初手デスボからかよw


うー、わ”あ”あぁぁぁぁぁ! というデスボイスと男たちからの追撃から逃れるようにめいいっぱい俺たちは走った。ミラのブーツ高さがあるためか、何度か転びそうになる。転ばないよう握ってた手をほどき肩に回し、ミラを支えながら全力で走った。まさか街中で二人三脚のように走るとは思わなかった。俺の「次の交差点は右だ!」とかの指示以外、こんなに近い距離なのに言葉は交わさなかった。ただ、ひたすら走り続けた。


_______________


「ちょっと…もう、無理。。。走れない…エイデン君、ストップ」


ぜーぜーと息を切らしながらミラが呟く。俺は後ろを振り向く。追っ手は来てない様だ。ファミレスから漏れる明かりの下に入って俺たちは立ち止まる。

肩で息を切らしているミラほどではないが、俺も言葉を紡ぐより酸素を肺に入れたかった。俺も息を整える。


10分ぐらい経ったのだろうか…やけに長く感じたが、息を整え終わったミラに向かって俺は声をかける。「大丈夫か…?」と。

一応、襲われてた訳だし、俺も手を握ったり肩掴んだりしてしまった訳だし?色々言いたいことはあるけれど、まず大丈夫だったかどうか聞かないと。


「だ、大丈夫…。嘘。めちゃくちゃ怖かった……その、ありがと…」


ぽつりぽつりとミラが言葉を紡ぐ


「あのね。言い訳に聞こえるかもしれないけど、その…物販コーナーから出て、入口の方に戻ろうとしたら迷っちゃって、それで、裏口からの方が外近いですよって言われて、その案内してくれた男について行ったら、外出た瞬間にガッと口元塞がれて…」


「うん」


相槌だけして、俺はただ、黙って聞いた。


「声出せないし、他の男も集まってくるし、精一杯抵抗してもびくともしないし、車も来たし……めちゃくちゃ怖かったの。本当。怖かったの…」


「うん」


「だから、エイデン君が助けに来てくれて嬉しかった。それに、「空虚に響け1日」の伴奏付き…めちゃくちゃ嬉しかった!」


「……うん?」


「あれ、ルカ様のギターでしょ?それに、The Hollow Echo《ホロウ・エコー》の初めての曲だもん!知らない訳ないわ!!カイ君のデスボイスも響き渡ったし…本当に最高!……あの音、本当にすごかった。ずっと耳に残ってる」


「あのなぁ!!!今回たまたま間に合ったし、協力してくれる大人が居たから良かったけど、そのまま攫われてたらどうするんだよ!!!」


「わかってる!わかってるわよ。私が不注意だったことぐらい!!!エイデン君を危険な目に合わせてしまったこともわかってる!……すごい怖かったし、本当に不安だったんだから!」


やっぱり涙目になりがならミラはもう一言続ける。


「エイデン君……本当、ごめんね」


俺は、呆れながら返す。


「自業自得だ馬鹿野郎……そんな目につく格好でふらふらするからだ」


「ライブ終わるのまだ早い時間だし、エイデン君もいるから大丈夫だと思ったんだよ…それに、何より誰よりも目立ってちゃんと可愛い格好でルカ様に会いたかったし…」


「何度も言うけど、お前が大丈夫でも、世の中はそうじゃねぇんだよ」


「本当。ごめんね…私、ライブに浮かれすぎてたみたい」


側から見てわかるぐらいショボくれてるって言うか、落ち込んでいる。いつものミラがあんなんだから、ここまで萎んだミラを見るのは初めてだった。


「別にいいよ。俺もお前も怪我すらなかった訳だし……」


せっかくの……あれほど楽しみにしていたライブを落ち込んだまま、嫌な気持ちにさせたまま終わらせるのには気が引けた。だから、フォローになるかわからないけれど、俺は言葉を紡ぐ。


「それに、お前が夢中になるのもわかるよ。ギターの人、俺が係員と口論になってる状況を素早く飲み込んで、ミラを助け出す為に1曲弾いてやろうぜ!ってメンバーに問いかけてくれたんだぜ。ちゃんと救って来いって言葉だけじゃなく、行動…ってか音で背中を押してさ。。。だから、お前がすごいって言うのもわかるよ」


「……ふふ、意外。エイデン君って意外と優しいんだ。終始キレ散らかしてる奴かと思ってた」


「心外だな!もう俺、お前のフォローしない」


「ふふ、やだ。ありがとう。……ねぇ。エイデン君、その話もっと聞かせてよ」


「もっとも何もねぇよ。前髪上げてあるツンツン頭の茶髪が扉バンって開けて、俺はスピーカー貸してくださいってそいつに頭下げたら、後ろからギター持った人が扉開けたまま戻って来い1分後に演奏始めるって言ったから俺は感謝を述べて全力で走ったんだよ。スゲェ色々急だったんだよ」


「ふふっ。」


ミラに笑顔が宿る。俺は少し嬉しくなった。


「……いい人達だったな」


「当たり前じゃない!最高の推し様なんだから!!!」


ちょっとずつだけれど、ミラの調子も戻ってきたみたいだ。……もう少しで本調子に戻りそうだな。

俺はこのままミラを家まで送って行った。いつもならレディの家を聞くなんて!とか言って来そうなのに、本当に怖い思いをしたからか、ミラは何も言わなかった。ミラがマンションのロビーに消えるまでついて行った俺を咎めなかった。ミラのお父さんはそこそこ有名な企業に勤めているらしいこともあって、なかなか高層なビル?のマンションに住んでいた。俺は高すぎてエレベーターとか止まったらどうするんだろうな…っていうよくわからない感想しか出てこなかった。


ミラと俺は別れるまでずっと、The Hollow Echo《ホロウ・エコー》の話をしていた。話をしていたって言っても、俺は全く知識がないからミラの話を聞いてただけだけどw


今日のライブのこととか、ミラを助けた時の曲…空虚に響け1日?の曲についてとか、ミラはさっきの襲われた事を忘れたかの様に終始ニッコニコで「推し?」っていうよくわからない言葉を沢山ほざいていた。

でもまぁ、「一瞬、世界が止まったみたいだった」って「本当助けられた時、曲が聞こえた時に世界が止まったの。ライブももちろん凄かったけれど…あの爆音、私の心にすごく響いた」って。この言葉だけは俺も共感できた。それ以外終始何を言っているのかわからなかったけどさ。


_______________


ミラと別れてから俺は、1つ気になったことがあった。

その事を……俺は考えてはみたものの、結論は出なかった。だからかどうかわからないけれど、家につき、シャワーを浴びて、自室に戻り、寝る前。ふと目についたマスケット銃に向かって質問してしまった。「自由ってなんだろう」って。


そいつ…ザミエルは悪魔なのにさ。俺ってなんてバカなのだろうか……


悪魔は、最初俺の質問が契約と代償…銃手放すか否かについて質問していると思ったのか妙に感潜って来た。俺は弁解する様に、まだまとまってない思考を整理する為にも、ボツボツと銃に向かって話しかける。


「今日さ、友達の推し?活に付き合ったんだ……そいつ、肩も空いててスカートも短くて…露出もすごいし、めちゃくちゃ派手な格好だったんだ。それで、攫われそうになったんだけど、自業自得だと思ったんだ。友達はあんなに自由に振る舞うから事件に巻き込まれたのだと納得していた自分が居たんだ…ヤバいだろ?自由って良いものだと思ってたから、俺は……もうよくわからなくてさ」


「ほぅ。タイムリミットまであと5日なのにデートとは、随分と余裕なんだな小僧」


「友達だって言っただろ!変に茶化すなよこの悪魔!!!」


黙って聞いてた悪魔が口を開いたと思ったら茶化して来やがった。ほんとムカつく野郎だぜこの悪魔!

ザミエルは少し考えてから、何かを懐かしむ様に口を開いた。


「自由、か……人はそれを“他者からの解放”だと信じたがる。

だが実際は、“誰かが負った制約の上に自分の選択が成り立っている”ということに気づいていないだけだろう」


「それって…どういう?」


「さぁな。お前は今日、何をして来たんだ?」


悪魔が逆に俺に問いかける。俺は、今日ミラの推し活の為の護衛をした。

自由っていうのは、“守ってくれる誰かがいる”前提でしか成立しない……のか?

俺が居たから、ミラは自由に振る舞えた?

だから俺は、ライブが始まる前、ミラが襲われるより前の方が、怖かった…ってか不安だったのか?それとも…


「自由って代償がいるモノなのか?」


「さぁな。その代償が犠牲なのか傲慢な善意なのかでも話は変わってくる。それに何でもありは全て無意味なのだ。ただ感じられる自由は誰かが決めた選択の上に成り立ってるだけに過ぎない」


悪魔の言ってることはマジでよくわからなかった。まあ、俺人間だし?悪魔と意思疎通できるとなんて思ってないし??それに俺、今日。確かに古着屋とか化粧品売り場で不安になったけど、それはあまり行かない店に行っただけだからだろうし??…うん。それだけで不安だったんだ。きっと。


俺は、もうなんかどうでも良くなって布団に潜ることにした。

でも、潜った後も寝れない。さっきまで寝る気満々だったのに……。


ミラは自由に見える。じゃあ彼女は何を犠牲にしたんだ?それに、どんな選択をしたんだ?

ノアは自由じゃない。奨学金を断ち切られたのは、何かを差し出せなかったから?それとも何かを捨てれなかったから?

俺も…自由じゃない。それは……どうしてなんだ?


ベットの上で俺は、少し考えてしまった。

でも、結局答えは出なかった。けど、何かに触れた気がした。


悪魔の癖に……悪魔が俺に差し出して来た回答が、心の奥でずっと引っかかってた“自由”って言葉の正体に触れてしまった気がした。


混乱している俺に悪魔は追い打ちをかける。

「明日で4日目…そろそろ半分切ったぞ」と。そのくらいわかってるさ馬鹿野郎!

少なくとも、ノアの自由の正体は明後日、ミラが情報くれるだろうし放課後ノアん家集まる約束しているし、そこで明白になるだろ?


もう疲れた俺は気にせず寝る……いや、絶対ぇ寝てやる。見てみやがれ!!おやすみ!

次回更新:2025年5月6日(火) 19時頃


「お前が大丈夫でも、世の中はそうじゃねぇんだよ」このセリフ実にエイデンらしくてちょっと個人的にお気に入りなのでまた言わせてしまいました。お嬢様は好きなセリフとかありますか?


知ってるお嬢様も居るかと思いますが……

主人公:エイデン・カーターの造形できたので近況ノートの方にイラスト投稿しました。もしよければそちらもどうぞ! 読んで頂きいつもありがとうございます。

それではまた、お会いしましょう!

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― 新着の感想 ―
タイトルの「アンコール」が救出に向けてのもう一度の演奏と、エイデン自身の思考のもう一度の問い直しが重なってて非常にセンスが良すぎると思いました…!!! 二人三脚で、物理的な距離の近さ→心の距離が縮まる…
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