第三 『笑顔』
肩を落としながら明かした言葉は空気をどん底まで重くした。先程までぴったりと付いて来ていた彼女は一歩引いた所で静かに作業を見守るようになってしまった。何を考えているのか、その瞳はどこか遠くを見つめている瞬間があり、見られていることに気づくとまた顔を背けられる。
彼女の傷はまだ癒えていないのだろう。言葉から察するに彼女についていたあの血は人間のものではない。彼女の大切な人のものに違いない。大切な人を無くす悲しみを知っているはずだというのに、軽率な発言をしてしまったと深く反省をする。
彼女は魔族であり人間ではない。もし彼女が人間ならば『ここに居て良いよ』と、言えたかもしれない。彼女はまだ困っている。手を差し伸べるべきだが、これ以上はやり方が分からない。相手は魔族、人間ではない。
その後の仕事中にも彼女は何度か私に声をかけようとしているが、途中でやめてしまう。聞き返しても彼女は決まって『なんでもない』言うばかり。静かな空気に掃除の音が響くだけ。
室内の仕事も終わり久しぶりに芝を刈ろうかと扉を開ける。昨日の雨の影響もあってかじめじめとした熱気が教会内へ侵入し、肌にまとわりつく。一歩踏み出すと太陽の日差しが全身を焼き付け、思わず躊躇ってしまうほどだ。サボり気味だった草刈はこの絶好の季節を迎え、育ちざかり雑草達がひと段高く生い茂り始めている。
「暑いし大変ですね……」
思わずこぼれた言葉に反応し少女が口を開く。ずっと待っていたかのように満面の笑みで近寄ってくる。
「余に任せておけ! この暑さと雑草を諸共消してやろう!」
草木をかき分けながら雑草の中に突っ込んでいき中心らへんで立ち止まる。大きく手を開き構え一切の躊躇なく魔力を練り始める。彼女を中心に魔力が集まり出し、黒や赤、紫など暗い色が混ざり合い混沌とした不気味さが増す。その不気味な魔力の渦に所々に光りが見える。魔力と魔力を圧力で融合させる時に起こる現象。この現象を起こすのに人間は総出で詠唱しなければならない。それを軽々と一人でこなしている彼女はただの魔族ではない事を実感する。
凝縮された魔力が肥大していき、段々と闇を超えて光が激しくなっていく。まるで太陽のように光が最高潮に達し、辺りを大きく照らす。
「サンブレイク・グライトパニッシュ──!!」
轟音と共に放たれ、舞った土埃に咳き込む。ゆっくりと目を開けて現状を確認する。衝撃波が辺りに大きな被害を与え、彼女の周りの雑草は吹き飛び、芝も全てが剥げている。やり切った感を出し額の汗を拭きながら振り返る。
「太陽は届かなかったが、草は綺麗になったぞ! どうだ!?」
飛んできた土を払い頭に付いた雑草を取る。そして静かに彼女を見つめる。汚れた服を見て彼女も気付いたのだろう。自信満々の顔は段々苦笑いへと変わっていく。
「――すまん。余は役に立たないみたいだな……助けてくれてありがとう人間。余は帰るぞ」
彼女が言いかけていた事がやっと分かった。なぜ後を付いて来るのかやっと分かった。彼女は救いを求めていた。ここに居る理由を求めていた。そしてやっと救い方が分かった。
「せっかく手伝ってくれて雑草も消え土が見えたのですから、花でも買いに行きましょうか。手伝ってくれますか?」
その言葉を聞くと分かりやすく表情を変えこちらに近寄る。その時彼女の隠さない笑顔を初めて見た。とても明るく元気で可愛らしい表情は時に魔族と言う概念を忘れさせてしまう程だ。
「余に任せておけ!」




