森の奥へ
陽が落ちてきて、森の中は薄暗くなってきていた。
あれ? 私はなんでここにいるんだっけ。確か、一人で森に行かなきゃいけなくて、それで急いでここまで飛んできたんだったよね。
でも、なぜ? 森に用なんてないはずなのに。ああ、わからない。頭がぼーっとする。
と、とにかく、先に進もう。そうしたら何かわかるかもしれない。森の中は木も多いから飛んで移動するのはちょっと難しい。だからここからは歩いて行こう。
そう決めて、私は光の羽をしまって地面に降り立ち、森の中を歩き始めた。
歩き続けていると、ますます森は暗くなっていった。今日はここで夜を明かさなきゃいけないんだよね。ちょっと怖いな。暗いし、一人は心細い。
本当に何の用があったんだっけ。頭の中にモヤがかかっている感じがして、なんだか気持ち悪い。もう少しで何かが思い出せそうなのに……!
随分と奥の方まで来た時、ピリピリとした嫌な予感がして立ち止まる。これ以上はいけない。危ない。えっと、何が危ないんだっけ。
「痛……」
頭痛がして、額を押さえる。戻った方がいいのかな? 森から出なければいいよね?
この先は危険だって本能が察知してる。だから引き返そうと後ろを振り返ったその瞬間、ものすごい殺気を感じて慌てて横に跳んだ。
「あ……い、いや」
ガサッという草を揺らす音の後に何かが切り裂かれるような轟音が森に響く。驚いて地面に尻餅をついて見たのは、大きな魔物がその爪を木の幹に突き立てている光景だった。
こんなに大きな魔物は、村を襲った魔物の群れ以来だ。でも、ここまで近くで遭遇したのは生まれて初めてで、足が竦んでしまう。
けど、クレアとの幼い頃からの訓練のおかげで、どうにか最初の一撃を躱せたのは大きい。努力はしておくものだね、って、そうじゃない!
「今ので頭のモヤが晴れた……! 私、操られていたんだ」
でも、誰に? ……そんなのわかる。ララだ。だって、あの時にララの羽から舞い出ていた鱗粉を吸い込んでからだもん。ぼんやりし始めたのは。
ララ、なんのためにそんなことをしたの? 森の中は魔物が現れることくらい、幼い子だって知ってる。特に夜はさらに危険なんだよ。それなのに、どうして私を操って一人で森に向かわせたの?
私、ララに嫌われているのかな……? 恋のライバルだから?
最初に感じたのは、悲しいっていう気持ち。やっぱり裏切られていたのかなぁ?
ううん、ダメ。ちゃんとララの口から真実を聞くまでは、絶対に信じていよう。だって、そう決めたんだもん。
私だけは、最後までララを信じたいから!
自分の足を思い切り叩いて、恐怖をどうにか紛らわせる。まずはこの状況をどうにかしないと。怖がって立ち止まっていたら、魔物にやられちゃう!
ララにちゃんと確かめないと。それに……!
「マクロに、ハッキリと気持ちを伝えたい……!」
曖昧なまま逃げて、それで終わりだなんて死んでも死にきれないよ! どうせ死ぬのなら、恋焦がれて死にたい。呪いに侵されてもいい。
そうだよ、こんな危険はいつだって私たちの側にある。いつ誰がどんな風に命を落としたっておかしくないんだから。
それなら、後悔の残らない方を私は選びたい。
低い唸り声を鳴らしながら、魔物がこちらを向いた。私がモタモタしている間に、木の幹に引っかかっていた爪は外れてしまったみたい。
もう、こういうところが鈍臭いんだよね、私。けど、絶対に諦めたりしないんだから!
きっとクレアはすぐに気付く。だって、マクロに説明したらすぐにダイニングに戻るって言っていたもの。きっと外に探しに出てくれる。
それなら、私の居場所を伝えればいい。そう、誘拐されたあの時みたいに!
「ギャウッ!?」
私は、今出せる最大の光を放った。暗い森の中でこれだけの光が輝けば誰かが気付いてくれるから。それに、魔物への目くらましにもなる。
予想通り魔物が一瞬だけ怯んだところですぐに走り出す。よし、大丈夫。ちゃんと足は動く!
とにかくここから離れなきゃ。でも、あんまり街の方には近寄れない。光を放ったままの私は、逆に遠くにいる魔物を引き寄せてしまうから。
怖い。すぐ後ろからさっきの魔物が追いかけてきているのがわかる。本当は空高く飛んで逃げたかったけれど、ここまで木々が生い茂っていると枝葉が邪魔で羽に引っかかってしまう。
下手したらそのまま落下して終わり。せめて開けたところまで逃げて、そこから空へ逃げなきゃ。
周囲には誰もいない。助けはそんなにすぐにはやってこない。信じているけど、どこまで自分が耐えられるかはわからなかった。
今すぐにでも泣き叫びたかった。
────ミクゥ!
そんな時、ふと誰かが私を呼ぶ声が聞こえた気がした。ピクリと耳を動かしながら慌てて当たりを見回したけれど、人の姿はない。でも、確かに今……。
「……ミクゥ!!」
今度はハッキリと耳に届く。ピクピクと耳を動かして声の主を探した。間違いない。さっきの声も、今の声も……!
「マクロ!!」
聞き間違えるはず、ない。絶対にマクロの声だ。目から涙がポロッと落ちる。助けに来てくれたんだ……。
今、一番聞きたかった声が耳に飛び込んできた私は、油断した。それは、決してしてはいけないことだった。
戦いの最中、その一瞬は命取りになる。そんなこと、わかっていたのに。
私は、一瞬で目の前にやってきた魔物の一撃を正面から思い切り食らってしまった。






