察し
スー。ハー……。これで何度目の深呼吸だろう。さっきからマクロの部屋の前で深呼吸ばかりを繰り返している私は完全に不審者だ。うぅ、だって勇気が出ないんだもん。
バカバカ、私のバカ! ちゃんと謝るって決めたじゃない。よぉし。今度こそノックするんだから。
息をもう一度吸って、意を決してドアをノックする。……はずだった。
内側から突然ドアが開き、中から気まずそうな顔のマクロが出てきたものだから、たぶん心臓が一瞬止まったと思う。
「まっ、マママ、マク、ロ……!」
「……ごめん。でも、ずっとそこにいたから。気になって」
「き、気付いて……!?」
私が部屋の前で不審者のように佇んでいたことに気付かれてた! 恥ずかしすぎて顔が真っ赤になる。耳も尻尾も毛が逆立って、ボワッと膨らんでしまった。あ、あわわわわわ!!
「と、とりあえず……入る?」
「ハ、ハイ……」
尻尾を抱いて固まってしまった私を見越してか、マクロがそう言って部屋の中に招いてくれた。うぅ、私は本当にダメダメだ!
でも! ここで何も出来ないなんてもっとダメになる。ちゃんと、謝るんだから。
先に部屋に通されて、マクロが部屋のドアを閉める音が聞こえた。よ、よぉし。
私は勢いよくその場で振り返ると、マクロに向かって頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
「!? え、えっと」
頭上から戸惑うようなマクロの声が聞こえてくる。そのまままた勢いよく頭を上げたので、マクロが少し驚いた様子なのが見てとれた。やや引き気味だ。でも! が、頑張れ私!
「や、約束していたのに、私、一人で先に街に行っちゃって。あの、だから……うぅ、本当にごめんなさい。さっきララから、マクロが慌てていたって聞いたから」
戸惑ったまま硬直しているマクロに向かって、私は一気に謝りたいことを伝えていく。こうして謝ってみると、本当に最低なことをしちゃったな。大反省だ。
しばらく無言が続き、マクロがフッと力を抜くのがわかった。そしてようやく口を開いてくれる。
「……心配、した」
「……はい」
本当に、すみません……。でも怒るわけでもなく心配してくれるなんて、やっぱりすごく優しいな。
好きだなぁっていう気持ちが広がって、胸がギューっとなる。痛くは、ない。
黙ってマクロの言葉を待っていると、続けて質問をされた。
「一人で、行ったの?」
「えっと、すぐにエクトルが追いかけて来てくれて、それで」
「……エクトル、と?」
そこはちゃんと安心してもらえるように、と思って答えたんだけど……一瞬、間が空いた。それから何か悩むように、軽く握った手を口元にあてて再び黙り込むマクロ。
あれ? 今の話の流れで気になるところがあったのかな?
「そっか。良かった、ね」
そうして長めの沈黙の後、マクロは私から目を逸らしながらそう言った。
良かったって言う割に、どことなく不機嫌そうというか、納得していないような、そんな表情。何か気になることがあるのかなぁ。
「えっと、どうかした……?」
気のせいかもしれないけど、マクロからはピリピリとした雰囲気が漂っていたから、聞く時も恐る恐るになってしまう。なんでもないならいいんだけど、何かまだ怒らせるようなことがあったなら謝りたいもの。
だけど、チラッと視線だけでこちらを見ながら告げられたマクロの言葉は想像もしていないもので……。
「別に。だってミクゥの好きな人って……エクトル、でしょ? だから、良かったねって」
「ええええっ!?」
な、なんでぇ!? どうしてそんな風に思われていたんだろう! ビックリしすぎてまた耳と尻尾が逆立っちゃったよ!
突然、大きな声を出した私に、マクロの方も予想外だったのかまた目を丸くしている。さっきからマクロは驚いてばかりだね。って、そうじゃなくてっ!
「ち、ちがい、ます」
「え」
ここは、ちゃんと否定しないと。誤解されたままなのは、なんだか嫌だもん。だって、私の好きな人は……マクロ、なんだから。
「じゃあ、まさかリニ……?」
「ち、ちちち違いますぅ!」
続けて嫌そうに顔を歪めて言われた言葉にも、すぐ否定の言葉を返す。それを聞くとマクロはあからさまにホッとしたように肩の力を抜いた。ど、どれだけリニと仲が悪いの……?
「え、でも、じゃあ、キーファ? 違うの? ラナキラの仲間ってことは、ウェールズ、でもない……そうしたらあとは」
マクロは混乱したように顎に手を当ててあれこれ考え始めた。あ、れ? ちょっと待って。このままの流れでいったら……。
「……え? いや、でも。え……?」
突如、マクロが動きを止めて戸惑う声だけを発し始めた。呆然としたようにこちらを見るマクロと目が合って、私は顔に熱が集まるのを感じる。わ、わわわわわ……!
黙ったまま見つめ合って数秒、かな。わかんない。もっと長い時間だったかもしれないし、一瞬だったかもしれない。
でも、みるみる内にマクロも顔が真っ赤になっていて……。わ、わぁぁぁぁっ!?
「……み、ミクゥ」
「あっ、あの! えっと、ごめんなさいって! 謝りたかったの! そ、それだけ、だから! そのっ! じゃあ私、行くね!!」
マクロが声をかけようとしてきたけれど、もう限界だった。た、耐えられないっ! 無理! むーりーぃぃぃ!
慌てすぎて何を言ったのかもわからなかったけど、とにかくこの場から早く立ち去りたかった私はクルッと後ろを向いて部屋から出て行こうとした。
「待って」
「っ!?」
後ろを向いた瞬間、手首を掴まれ引き止められる。心臓が耳の中にあるんじゃないかってくらいうるさい。そのまま動けなくて、振り向くことも出来ない。
「……教えて」
「な、にを……」
かろうじて声は出せたみたい。けど、とても顔を見ることは出来ないよ……!
そのまま、また長い時間が流れた気がする。わ、わかんないよ? ほんの数秒かも。でも、とてつもなく長く感じた。
先に口を開いたのは、マクロだった。
「……な、なんでも、ない。その、ごめん」
「う、うん」
そう言ってマクロは私の手首を離す。ホッとしたのが半分、寂しいと思ったのが半分。私はまたね、とだけ小さい声で言って今度こそ部屋を出た。
ドアを閉めて、両手で顔を覆いヘナヘナとその場に座り込む。
「……好き、だよ。マクロ……」
思いは胸の中で行き場を失い、耐え切れず言葉になって出てきた。でも小さすぎるその声は、そのまま廊下の絨毯に吸い込まれていった。






