声が聞きたくて
「ご、ごめんね、マクロ! 待たせちゃった?」
どうにかこうにか心臓を落ち着かせて一階に下りると、すでにマクロは朝食を済ませて食後のお茶を飲んでいるところだった。あわわわ、のんびりしすぎたぁ!
「別に。待ってない」
いや、そうは言うけどマクロって朝が弱いじゃない? それなのに今日、私との約束があるから早起きしてくれたんでしょう? それを思ったらこれ以上のんびりなんてしていられない!
「もう準備も出来たから、早速行こう!」
「いや、それは」
「あっ、それともキーファや呪い師さんがまだかな? あんまり早く行きすぎると迷惑になっちゃう?」
「……違う」
ひたすら慌てている私。自分でも落ち着きがないなって思うよ。でも、でも、心の準備に時間をかけすぎたのは私だし、早くしなきゃって気が急いてしまう。
そんな私を見て呆れたようにため息を吐いたマクロは立ち上がると、私の肩を後ろから掴み、グイグイと押して椅子に座らせた。あ、あれ?
「座って。朝食、まだでしょ」
「え、でも」
「食べないとダメ。力が出ない。食事は大事だから。疎かにするのはよくない」
「……ハイ」
いつもは私がクレアに言うこともあるセリフだ。そんなことを言われたら素直に言うことを聞くしかないよね。よし、こうなったら急いで食べよう。そうしよう。
「それと、慌てて食べないで。いつも通りにして」
「うっ、わ、わかった」
だけど、先手を打たれてしまった。な、なんでわかったんだろう? 先を見透かされているようなその言葉に身体が縮こまる。
まるで私、落ち着きのない子どもみたいだ。は、恥ずかしい……!
マクロはそう言うとわざわざキッチンから食事を運んで来てくれた。なんだか至れり尽くせりで居た堪れない。
縮こまったままありがとう、と言うと、軽く頷くだけで返事をしたマクロは先ほどまで座っていた自分の席に戻って再びお茶を飲み始めた。
ここで慌てたら余計に呆れられちゃうかも。言われた通り、私はいつも通りのペースを心掛けて食べ始めた。
キッチンから出てきたクレアが私と目が合うとウィンクしてくる。エールを送られた気分……! この朝食もクレアが作ってくれたものだ。二つの意味で感謝を込めて微笑み返すと、クレアはそのままひらひら手を振って黙って立ち去っていく。二人きりにしてくれたんだ、っていうのがわかった。
い、意識しすぎたら緊張して余計に時間がかかっちゃう。落ち着かせるためにも温かなスープを口に運ぶ。コーンのスープはクリーミーで、甘さが口の中で優しく広がった。おかげで心も癒される。クレア、本当にありがとうーっ!
チラッと斜め前に座るマクロに目を向けると、彼は本を読み始めていた。背もたれにゆったりと寄りかかり、足を組んで本を読むマクロがものすごくかっこよく見える。おかしいなぁ、よく見かける姿なのに。
マクロは本を読んでいるし、他には誰もいない。だから私が食事をしている間は沈黙と食器の音だけが響いていたんだけど……それが心地良い空間だと感じる。これといった会話がなくても、苦じゃないっていうか。とても穏やかな時間が流れているっていうか?
なんだかすごくいいな、そう思った。
焦らず、いつものペースで食事を終えた私は、再びマクロに声をかける。食後のお茶はいらないの? と聞かれたけれど、さすがにこれ以上はのんびり出来ない。もうお腹いっぱいだから、とやんわり断ると、マクロもそれ以上は勧めてこなかった。
「じゃあ、行こう」
「う、うん!」
ラナキラを出発した私たちは、並んで街を歩く。よく仕事の護衛でついてきてもらったけど、こんな距離感だったっけ? 近いような、離れているような、なんとも言えない距離を保って歩いている。私が意識しすぎなのはわかってる。でも、止められないんだもん……。
「まず、呪い師の下に向かう」
「あ、うん。この街に住んでいるんだよね? どんな人?」
「……掴みどころのないおばあさん」
掴みどころのない? ちょっと不思議な人ってことだろうか。マクロは基本的に多くを語らないから、それ以上の情報はわからない。会ってみればわかるだろうけど……。
食事中はずっと沈黙が流れていたし、せっかく話題が出来たのだから、もう少しお話したいなぁ。
「マクロは、会ったことがあるんだよね? 仲がいいの?」
「良くも悪くもない。頻繁に依頼するわけでもないし、会っても呪い師と客でしかないから」
そ、そっか。
でもまぁそんなもんだよね。うーんと、他には何を聞こうかな。そうだ!
「薬を魔道具にって言っていたけど、以前にもそういう魔道具をキーファは作ったことがあるの?」
「……実物は見てないけど、話には聞いたことがある」
そ、そっか。
他にもいくつか質問しては「そっか……」と返すのを繰り返す。だって、マクロの話って簡潔でわかりやすいっていうか、それだけで完結しちゃうんだもの。何かを聞き返すことはあまりないし、必要以上のことは言わないから。
私としても、過去の依頼のことを詳しく聞くわけにはいかないし、聞いたところでマクロだって簡単に話すわけにもいかないだろうし。
でも。
……話したい。もう少し貴方の声が聞きたい。
「あ、あのっ」
「……ねぇ」
なんとか話題をと思って再び話しかけると、そこでマクロに遮られる。マクロからの話題!? と思って驚き、パッと顔を上げると、彼はこちらに顔を向けていた。これまでは前を向いたままだったから、突然目が合ってしまって、心臓が跳ねる。
そしてマクロは僅かに首を傾げ、不思議そうにこう訊ねてきた。
「もしかして、僕と話したいの?」
「あっ、えっとぉ……」
直球の言葉すぎて、私の目はかなり泳いでいたと思う。けど、ここで誤魔化すのはなんだか怪しいよね。私は素直にうん、と答える。
マクロが小さくクスッと笑う気配がした。






