尊い感情
どれほどそのままぼんやりしていただろう。コンコンコンとドアをノックする音にそのままの姿勢でどうぞ、と返事をする。
きっとクレアが食事を持ってきてくれたんだ。振り返って出迎えて、お礼を言わなきゃいけないところなのに、どうしてもそんな元気が出ない。
私の返事の後、静かにドアが開いてクレアが入ってきたのが気配でわかった。カチャ、という音が聞こえたからテーブルに食事のトレーを置いてくれたのかな。いい加減ちゃんと振り向かないと。そう思った時だった。
「ミクゥ」
「え」
私を呼ぶ声が、クレアの声じゃなかったことに驚いて肩がビクッと震えた。それどころか、この声って!
「ま、マクロ!?」
ど、どうしてマクロが!? クレアだと思っていたから余計にビックリしたよ! 驚きすぎて心臓が破裂寸前だぁ!!
「クレアが、持って行けって。片付けで手が離せないから」
「そ、そうなんだ。あ、ありがとう」
クレアの差し金だったんだ……。それはつまり、私にマクロと話せって言っているんだと思う。クレアが私にチャンスをくれたんだ。マクロと二人で話すチャンスを。
とはいえ、突然すぎて何を話したらいいのかわからない。でも、このまま黙っていたらマクロのことだもん、用は済んだからってすぐに出て行っちゃう。何か、何か話題は……!
そう思って頭の中では大パニックだったんだけど、予想に反してマクロはすぐに部屋から出て行こうとはしなかった。それどころか、何かを話そうとしているのかこちらの様子を窺っているような気さえする。
「あの」
「あの、さ」
タイミングを計り、思い切って声を出したら、その声が重なった。もしかして今、同時に話し始めた?
驚いたようにこちらを見るマクロと目が合って、たぶん私も同じ顔をしているんだろうなって思ったらなんだかおかしくなってきた。我慢出来なくて吹き出すと、マクロもつられてクスッと笑ってくれる。
「変なところで気が合っちゃったね」
「うん。ミクゥ、体調はどうなの。今は平気そうに見えるけど」
「ありがとう。この通り、今はもう平気だよ」
一度話し始めてしまえば、いつも通り言葉がスルスルと出てきた。よかった。気持ちを自覚してもこうしてちゃんと普通に話すことが出来て。
「クレアに少しだけ聞いた。ミクゥは呪いのせいで時々、胸元が痛むって」
「! うん、そうみたい」
そっか。どういう時に痛むのかってところだけ伏せて伝えてくれたんだね。クレアの気遣いに心の内で感謝した。これで時々私が苦しんだとしても、みんな呪いのせいだってわかってくれる。いちいち言い訳をしたり、お医者様を呼ぼうとしたりさせなくて済むんだ。心配はかけてしまうけど……。
私が肯定すると、マクロはほんのわずかに眉根を寄せた。何て声をかけたらいいのかと迷ってくれているのかな。だとしたら、気を遣わせて悪いな……。
だけど、マクロからは思いもよらない言葉が続けられた。
「……呪いは解けないけど、痛みを軽減させる方法は、ある」
「えっ!?」
痛みを軽減させる方法? そんなこと、出来るの? ビックリしてそれ以上の言葉が出てこない。
私が驚いている間にマクロが教えてくれた話はまとめるとこういうことだった。
マクロは精霊と契約をして魔法を使うドワーフ。だから、呪いの話を聞いて精霊に相談をしてくれたんだって。契約をしている大地の精霊が風の精霊に、そして草花の精霊にと話がすぐ伝わり、呪いにも効く痛み止めの薬を使えば効果があるんじゃないかって話に行きついたみたい。
す、すごい……。こんな短時間でそこまで調べられるなんて。
「うまくいけば、キーファがそういう魔道具を作れると思う。呪い師の協力も必要になってくると思うけど」
でもその道具が出来るまでは苦い薬を飲む羽目にはなるかも、とどことなく申し訳なさそうにマクロは言う。そんなことは気にしなくていいよ! ただ、驚きと感謝で言葉が出てこない。
「あ、あの、マクロ……私、なんて言ったらいいか」
時間をかけて出てきたのはそんな情けない言葉。ああ、もどかしい。ありがとうって言えばいいだけの話じゃない。
すると、ポンと頭に温かな手が置かれる。ドキッと胸が鳴って、身動きが取れない。
「……明日、一緒に来て。本人がいないと作りようがないから」
「い、一緒に行って、くれるの?」
頭に置かれたままの手と、距離の近さにドキドキが早まっていく。俯いたままそう聞くと、マクロの手が少しだけ動いて、私の耳に触れた。ひゃぁぁぁ……!
「詳しいことを知っているのは、僕だけだから」
「そ、そっか」
む、無意識なのかな。マクロ、貴方は今私の耳をひたすら触っていますよ……! くすぐったくて、恥ずかしくて、それでも少しだけ……ずっとそのまま触ってもらいたい気持ちがあって。なんだろう、変な気分。
でも、どうしてもプルプルと身体は震えてしまう。それに気付いたのか、マクロがハッとして慌てて手を離した。
「……ごめん。つい」
「う、ううん。いいの……」
気まずい。なんでだか、すごく気まずい。でも、嫌じゃない。
「もしかして、マクロはフワフワとかモフモフとかが、好きなの……?」
沈黙だけは居た堪れなくて、つい聞いてしまう。ほんの少しだけ目線を上げると、マクロが自分の腕で顔の下半分を隠して横を向いていた。耳が、赤い?
「ほんと、ごめん。でも、うん。実は、そう」
照れているマクロの姿を見て、胸の奥がキュゥッとなる。か、可愛い。男の子にそんなことを思うのはおかしいかもしれないけど。
そう思ったら、今度は心がとてもあったかくなった。ああ、私、マクロのことが好きだなぁ。
「いいの。マクロは痛み止めのことを教えてくれたでしょ? 私を助けてくれようとしてる。だからお礼を言いたいくらいだもの。本当にありがとう。だから気にしないで?」
「……じゃあ、黙っておいて」
「ふふっ、わかった」
今度はあっさりとありがとうが言えた。そして、二人だけの小さな秘密が出来たことが、とても尊いことのように思えた。






