誘拐
それからは特に変な雰囲気になることもなく、いつも通り仕事をこなすことが出来た。魔法を使ったお掃除だから、実はそんなに時間はかからないんだよね。だから、午前中で二、三件くらい依頼を受けられるんだ!
「よし! 今日はこれでおしまい! マクロ、付き添いありがとう」
「まだ。家に帰るまで気を抜いちゃダメ。ミクゥはただでさえ絡まれやすい。仕事終わりが一番、危険」
「は、はいっ!」
最後の仕事が終わってラナキラに戻る道すがら、うーんと両腕を伸ばしていたらマクロにはビシッと言われちゃった。なんだかお母さんみたい。ふふっ。
「でも、最近本当によくやってる。非戦闘職でここまで稼げるの、すごいと思う」
「え」
でも、続く褒め言葉に思わず停止。え、え、だって! マクロがそうやって人を褒めるのってあんまり聞いたことがないから! そもそも口数が少ないからっていうのもあるかもしれないけど……。
「何」
「え、あ、えっと。マクロが褒めるのって珍しく感じて……」
停止してしまった私を不審に思ったのだろう。マクロが振り向いて聞いてきたから思わず正直に話しちゃった。私ったら、もっと他にいい言い訳が思いつかないのかなぁ!? でもマクロは気分を害した様子もなく、少し考えるように首を傾げただけだった。
「褒めたつもりはないんだけど。思ったことを、言っただけ」
あ、本人に自覚はなかったんだ。よくも悪くも、マクロは自分の気持ちに正直なんだね。
「でも、私は褒められたように思えて嬉しかったよ。ありがとう、マクロ」
だからこそ、誤解をされやすいんだとは思う。けど、一緒に過ごすうちになんとなくわかってきた。基本的に悪意はないんだよね。そして、優しい。
あー、でも。リニとの言い合いの時は悪意があるかもしれないけど……。あ、あれはお互い様だしっ!
「……褒められると嬉しい? ミクゥ、褒められたいの?」
「えっ? そりゃあ褒められたらうれしいよ。怒られるよりずっと。みんなそうじゃないかなぁ?」
頑張りや、自分そのものを認めてもらえた気持ちになるからね。そう思って答えたら、また少し何かを考える素振りを見せたマクロ。どうしたんだろ? 不思議に思いながら歩いていたら、唐突に思わぬことを言われてしまった。
「ミクゥは、可愛い」
「ひぇっ!?」
全身の毛が逆立つのを感じた。耳も尻尾も思わずピンと立ってしまう。え、今、可愛いって言った!? 顔に熱が集まっていくのを感じる。返せる言葉が咄嗟に出て来なくて、口をパクパクさせながらマクロを見ていると、マクロもほんのりと頬を赤く染めて小声で言った。
「褒めたつもり、なんだけど」
そこまで恥ずかしがられるとこっちまで照れる、とマクロは言う。そのまま少し早歩きで前を歩き始めてしまった。
そ、そっか。あえて褒め言葉を考えてくれたんだね。なんで私が真っ赤になったのかがよくわかってないって感じだった。なんか、ごめん。でも、突然男の子から可愛いって言われたら照れるよ!
「あの、あの、ありが……え、きゃっ!」
ちゃんとお礼を言わなきゃ、と思って一歩踏み出したところで、突然目の前に大きな壁が現れて後ろに下がる。と思ったら後ろにも壁があってそれ以上進めない? 何ごと? と思って見上げてみたら、それは壁なんかじゃなくて大柄な男の人たちだった。
「お前がラナキラの掃除屋だな? 可愛いお嬢ちゃんじゃないか」
背後から私の両肩を掴んだ男の人が、私を見下ろしながらそう言った。なんだかよくない感じがする。あまり好意的ではない目っていうか……。
「何してる。ミクゥから離れて」
混乱する中、聞きなれたマクロの声が聞こえてホッとする。だけどそれも束の間、フワッと感じる浮遊感と腹部への圧迫感でウッと小さく声が漏れた。
さっきまで背後にいた人が私を小脇に抱えたんだって気付いたのは、その人が私を抱えたまま走り出してからだった。何!? 人さらい!? 嘘でしょー! こんな街中でっ!?
「ミクゥ!」
「こーんな小さい野郎がたった一人で護衛だなんて笑えるな! 守ってみせてみろよ、なぁ!?」
さっきまでいた場所では、もう一人がマクロの進路を阻んでいる。揺れ動くきつい体勢で、どうにかマクロの方に目を向けると、さらに三人ほど仲間と思われる人たちがマクロを囲んでいた。
こ、これ! 計画的犯罪ってやつなんじゃ……! 一対三なんて卑怯だよっ!
このままじゃまずい。そう思った私はどうにかこの腕から逃れようと暴れ始めた。でも、ビクともしない……! 身体も大きいし、どれだけ力が強いのこの人!
「暴れても無駄だぜ嬢ちゃん。でも疲れるからよぉ、あんまり暴れるなら痛い目みてもらう必要があるな?」
低い唸るような声が聞こえて、ヒッと声にならない音が出る。身体が硬直して、それ以上動けなくなってしまった。こ、怖い……!
私、無力だ。こんな時に、自分がどう動けばいいのかわからないんだもの。
でも、よく考えて。今はどうにも出来なくても、チャンスは訪れるはず。
クレアだってよく魔物との戦闘の時に言っていたじゃない。ミクゥは攻撃手段がないから、危険な時に逃げる技術を上げようって。そのための修行もしてきた。だから、この人の手が離れた一瞬がチャンスだ。
よ、よし。大丈夫。ちょっと冷静になれてきたかも! そ、それにしてもこの人、どこまで行くの? 抱えて走られたせいでちょっと気持ち悪くなってきたよぉ! それに目が回るぅ。
どれほどそうして移動されたのか、今度は突然身体を放り投げられた。あまりの力と何かに打ち付けられた衝撃で、一瞬息が止まった私は次の瞬間、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。






