【クレア】腹を割った対談
「エクトル。ちょっといい?」
みんなでワイワイ話しながらたくさん食べて、パーティーはとても楽しく過ごすことが出来た。私はこれを機に一人一人と時間をとってゆっくり話せたし、有意義な時間を過ごせたと思う。
ただ、あと一人。エクトルとはまだ話してなかった。色々と迷ったけれど……アイツとは腹を割って話す必要があるって思ったのよ。
気に入らないわよ? 相変わらずエクトルのことは気に入らない。でも、ミクゥがみんなと仲良くしたいって思う気持ちを無碍には出来ないし、私も、疑いながら仲間として仕事をしていくのはよくないって。そう思ったから腹を括ることにしたの。
片付いた頃には、すでに酔い潰れたリニとウェールズがソファでだらしなく爆睡していた。今この場にいるのはその二人と、まだ飲み足りないとグラスを傾けるアンジェラとマリノ。それから最後まで片づけをしてくれていたミクゥにエクトル、そして眠そうに舟を漕いでいるキャンディスだ。マクロとキーファは満足したらさっさと自室に戻っていったっけ。
今日だけでみんながどんな人物なのかがわかるってものよね。ま、大体ゲームの予備知識と同じだったけれど。
「ミクゥ、あとはやっておくから、キャンディスのこと部屋まで連れて行ってあげてくれる? ミクゥもそのまま休んでいいわよ」
「それはいいけど、クレアは?」
「私は少しお茶を飲んでから部屋に行くわ」
ちょっと一息入れたいのは本音だしね。ミクゥもそれを疑問に思うことはなく、じゃあお先に失礼するね、と微笑みながらキャンディスの元へと向かった。
それを見届けた私はお湯をわかし、ポットに茶葉を入れながら意を決してエクトルに話しかける。
「エクトル。……話があるんだけど」
カップを二つ用意し、問答無用で二人分のお茶を淹れる。その様子を見て察したのか、エクトルは肩竦めて苦笑した。
「ああ。俺も、クレアとは一度じっくり話しておきたかったんだ」
ちょっと外で涼まねぇ? といいながらエクトルがお茶の乗ったトレーを持つ。案外、紳士的じゃない。私はフン、鼻を一つ鳴らし、エクトルに続いて庭に出た。
庭には、籐で編んだような小さなテーブルと椅子が置いてある。ちょっと本を読んだりお茶を飲むのにちょうどいいスペースなのよね。今、この周囲には誰もいなくて静かで、密談にはもってこいだと思う。
それぞれが椅子に座り、まずはお茶を一口飲む。涼しい外の空気と喉を通るお茶の熱さの温度差に少しだけ身体が震えた。いや、もしかしたらこれは武者震いかもしれないけれど。
「単刀直入に言うわ。エクトル、貴方……転生者よね?」
カチャ、とカップが置かれる。エクトルに動揺した様子はない。たぶん、この質問をされることはわかっていたのでしょうね。
「……ああ。クレアもだな?」
「ええ、そうよ」
あっさりとしたものだった。お互い、ほぼ確信を持っていたことだったものね。腹の探り合いをしてばかりでちゃんと伝えたことがなかっただけで。
「何が目的なの?」
「何って。たぶん、お前と一緒だよ」
そうとわかればもう遠慮する必要なんかない。とことんまで聞いてやる。そう思っての質問だったけど、なによその返事。そんなんで、納得出来るわけないじゃない。
「私は、ただミクゥに幸せになってもらいたいだけよ。あんな不幸な結末、絶対に許せないから。ミクゥを守りたいの」
「だから、一緒だって。俺もミクゥを守りたいんだ」
「嘘! だったらなんでミクゥに近付くのよ! 恋なんてしたら終わりじゃない!」
ミクゥが誰かに恋をしたら、私はそれを全力で応援するつもりではいる。
でも、でも、出来ることなら恋なんてしてほしくない。命の危険が付きまとうんだもの、そう思うのは止められないじゃない。
「いつかは誰かに恋することもあるだろ? ここはゲームの世界と同じだけど、ゲームじゃないんだ。みんな自我を持ってちゃんと生きてる」
そんなの、言われなくてもわかってる。
「それなら、俺がいいって思うじゃん。全てを知ってる俺なら、絶対に他の人に目移りしないって言えるんだから」
なんだ、エクトルもわかってるんだ。それでいて、他の人に恋をして、相手がいつか裏切るんじゃないかって心配するくらいなら、自分にってことね。そりゃあ、自分のことだもの。絶対に裏切らないって言えるでしょうよ。
でも。
「信用なんて、出来ないわ。口でならなんとでも言えるもの。どんなシナリオ補正がかかるかもわからないのよ? それに、絶対に目移りしない、だなんて言う男ほど信じられないものはないわ!」
「お前、前世で相当嫌な目にでも遭ってんのかよ……」
グッと言葉に詰まった私を見て、エクトルはため息を吐きつつ遭ってるんだな、と呟いた。うるさいわね! 今、私のことなんてどうでもいいのよ!
「クレアの気持ちはわかった。でも俺だって譲れない。このままじゃ埒が明かないな」
カッと顔を赤くした私を見て、エクトルはすぐに「悪かった、もう言わないよ」と謝った。人との距離の取り方は絶妙よね。
私も逆立った毛並みを落ち着かせるように、自分の淡いピンクのしっぽをひと撫でする。……この姿にも、だいぶ慣れたわよね、私も。
「でも、ミクゥを救いたい気持ちは本当だ。だから、情報を共有しないか?」
「今更、共有も何もないじゃない……」
真剣だった。エクトルは、軽い調子で語ってはいたけど、ずっと真剣だったんだ。思えば、私を馬鹿にするような言動はしていなかったものね。冷静になれば、わかることだったんだわ。
でも、それとこれとは別。いくら今その気持ちが本物だったとしても、人は心変わりするものだもの。どうしたって、信じ切ることなんて、出来ない。
「だってお前が知ってるゲームって、乙女ゲーだけだろ? あれ、ギャルゲーも出てたの、知ってるか?」
「!? なにそれ!」
気分が落ち込みそうなところへ、エクトルのもたらした思わぬ情報に意識を持って行かれる。ちょ、ちょっと、それは聞き捨てならないわ!
続くエクトルの説明を聞いて、私は蒼褪めた。何よ、そんなの知らない。それじゃあ、村が助かったのはギャルゲーのシナリオ通りだった、ってことなの? 未来が少しでも変わったって、安心したのは間違いだった……?
「もしかして、キャンディスがあんたに惚れたのも……」
「あー、俺がギャルゲーでは主人公だからな。そっちのシナリオに沿った可能性はある」
うわぁ! 全然、阻止出来てないじゃない! あ、でも待って。私はエクトルに惚れてないわ。それどころか、誰にも。ミクゥだってまだ誰にも恋していないもの。そう伝えると、エクトルはそうだな、と頷いた。
「二つのシナリオが混ざり合っている可能性は高い。それに、俺たちというイレギュラーもいる。だから、今後は本当に、何がどう傾くのかわからないと思ってる」
「……そうね。気が抜けないわ。何よりまだ重要人物が揃っていないもの」
私が言うと、エクトルも力強くこちらを見つめてくる。
そう、乙女ゲームの主人公で、ギャルゲーでもメインヒロインだったキャラクター。
「「天真爛漫、小悪魔系ヒロイン、ララ!」」
彼女はきっと、いつかここに来る。その子の行動次第で、私たちの運命は大きく変わるのは間違いない。
チラッとエクトルを見ると、彼もまた私を見つめていた。……そう、そうよね。方向性は違くても、ミクゥを救いたいのは一緒。味方は少しでも多い方がいいし、使えるものはなんでも使った方がいい。
「絶対にエクトルのことは認めないけど、協力しましょ」
「ああ。俺も絶対に諦めないけど、協力しようぜ」
ライバルであり、同志。静かな夜の庭に、私たちが手を打ち鳴らす渇いた音が響いた。






