エクトルと二人
その日は、アンジェラも宿を取っているということでギルドから去って行くことになった。料金は支払っているし、宿の人にも迷惑になるから、だそう。ずっと同じ宿の同じ部屋に泊まっていたからしっかり挨拶を済ませてからこちらに来る、と約束してくれた。
その代わり、今から帰るの面倒くさい、とダラけるキーファとキャンディスの二人が泊まっていくことに。キャンディスはキーファを置いていくわけにもいかないでしょ! と文句を言っていたけど、エクトルと一緒にいられる時間が増えて嬉しい、と喜んでもいた。ふふ、可愛いな。
「後の片付けは俺らがやっとくからさ、先に風呂使ってきなよ」
食器をキッチンに運び終わったところで、エクトルがそんなことを言ってきた。でも、今日はかなり洗い物がたくさんある。全部お任せするのは気が引けた。
「でも、大変でしょ?」
「だーいじょうぶだって。クレアとミクゥちゃんは準備を頑張ってくれたんだから、お風呂でゆっくりしてきてよ。ね?」
エクトルの優しい声と微笑みに、キャンディスがうっとりとしてる。うん、確かにすごくかっこいいよね。クレアはなぜか自分の腕をさすってるけど。うーん、優しさに甘えてもいいのかなぁ。結局、私たちは居候で、出来ることなんて今のところ家事くらいだからなんだか申し訳ない気持ちになっちゃう。
「そーそー。オレらもゆっくりするしー」
「リニ、てめぇは手伝え。マクロもだっ!」
「……チッ」
一方で、隙あらばサボろうとするリニとマクロの様子にちょっと肩の力が抜けた気がする。でも、二人は嫌がってるのにやらせるのはやっぱり悪い気がするな。
「エクトル。赤頭にはやらせない方がいい。食器を割って余計に手間がかかる。役立たずだから」
「はぁぁ!? このくらい出来るし! 馬鹿にすんなこのチビ!」
「うるさい、前科持ち」
「ぐっ……!」
戸惑っていると、またいつもの喧嘩が始まってしまった。あーあ、もうこうなっちゃったらダメだよね。私は苦笑しながらクレアに告げた。
「クレア、先に入って来て? キャンディスにも教えてあげてよ。私は片付けてから後で入るから」
「んもう……。わかったわ。ミクゥならそう言い出すと思ったもの」
さすがはクレア。私の気持ちをわかってくれたみたい。ただし! とクレアは私の耳元で囁くように付け加えた。
「エクトルと二人になるのが心配だわ。なんかされそうになったら叫ぶのよ?」
な、なんかってなんだろう? こんなに優しいんだから心配なんていらないのに。本当にクレアは心配症だな。でも、ここで私が首を傾げてたら、クレアは納得しないからね。わかったよ、と答えておいた。なのに、心配だわ……ってため息を吐かれちゃった。なんでぇ?
こうしてクレアとキャンディスをお風呂に送り出し、早速片付けちゃおうとキッチンに立つと、エクトルが本当に申し訳なさそうに眉尻を下げてきた。
「なんか、結局やってもらうことになってごめんな?」
「そんなに気にしなくていいのに。料理を頑張ったのはクレアだから、私は本当に大したことしてないの。だから片付けくらい手伝わせてもらえると嬉しい」
きっと、気にしないでって言っただけじゃエクトルは納得しないと思ったから、そうさせてほしいって気持ちを伝えてみた。それは正解だったみたい。エクトルはそれ以上は何も言えず、ほんのりと頬を赤くして黙り込んだから。
「あのね、エクトル。気を遣ってくれるのはすごく嬉しいの。だけど、私はもっとみんなの役に立ちたいって思ってる。だって、その……仲間、だから」
こうしてエクトルと落ち着いて話すのはなんだか久しぶりな気がしたから、この際に日頃思ってることを伝えてみることにした。エクトルは、なんていうか……私にだけ特に気を遣っているような気がしたから。クレアはあんな態度だからか、エクトルも素の顔を見せてる気がするんだ。口喧嘩が多いから心配ではあるけど、ちょっぴり羨ましいなって思ったりして。
リニやマクロはずっと一緒にいる仲間だから当たり前として、キャンディスやキーファ、今日会ったアンジェラに対してもエクトルの態度はすごく気さく。きっと、明日以降に仲間に誘う人たちとも、気兼ねなく接することが出来るんだろうなって想像が出来た。そりゃあそうだよね。仲間にしたいって人たちは、すでにエクトルたちの知り合いなんだから。
だから、私だけ。私だけそうして特別気を遣われてしまうのは……なんだか、寂しいなって。そう思うんだ。優しくしてもらえるのが嫌ってわけじゃなくて! 他人行儀だから壁があるように感じちゃうだけなのだ。
そんなこと、本人には言えないけど。でも、ついつい垂れ下がってしまった尻尾やペタンとしてしまう耳だけはどうしようもない。それを見て察してしまったのか、エクトルは気まずそうに眉尻を下げてしまう。
「そっか。そう、だよな。うん、ごめん。俺、ちょっと迷ってたんだ」
「迷ってた?」
そう思ったばかりなのにまた気を遣わせちゃったかな、と反省していたんだけど、エクトルからは思ってもみなかった言葉が飛び出してきたから思わず聞き返す。
「そう。クレアとミクゥちゃんは、まだ出会って間もないだろ? なんか結構強引に仲間に誘っちゃったかなって思ったところもあったから。村から離れることになったし、心のどこかで悪いなって気持ちがあったんだよ」
そう言って語るエクトルの瞳は確かに迷っているみたいに揺れているように思える。だから、私は黙って話の続きを待つことにした。






