シナリオの確認
「はー、お風呂はやっぱり気持ちいいわね!」
「そうだね、クレア。湯船も広いし、二人で入っても余裕があるね」
お風呂が沸いたところで、エクトルに勧められるがまま、私とクレアは先にお風呂をいただくことになった。居候の身分で先にもらっていいのかな? とも思ったけど、女の子たちに後に使わせるわけにはいかないって言われちゃったんだよね。気にしなくていいのに。でもせっかくの厚意を無碍には出来ないのでお言葉に甘えることにしたんだ。
「ミクゥ、私ちょっと考えてたんだけど……えっと、ゲームについて」
「あ、うん」
ちゃぽんとお湯の音を立てながらクレアが切り出した。なんでも、今のこの状態はまだゲームがスタートしてない状態なんだそうな。あれ、でも村が襲われるイベントがあったよね? でもまだ始まってないっていうのはどういうことだろ?
「あー、村の事件については過去話に出てきただけなのよ。ミクゥとエクトルの出会いの場面もね! 私とミクゥの人物紹介でチラッと出てくるの。二人の誕生日に村が魔物に襲われて、二人以外の一族みんなを喪うっていうシーンが流れてさぁ、酷いでしょー? かわいそうすぎる! ってユーザーからの批判が殺到したのよ。そのくらい人気のあるキャラだったからね、私たちって」
えーっと、よくはわからないけど、つまりまだクレアの言うゲームのスタート地点にさえ立てていないっていうのはわかったよ。ユーザーってなんだろ?
「でもね、確実にゲーム通りの基盤が出来始めてる。ゲームスタートは役者がみんなこのギルドに揃うところから始まるのよ」
まずは攻略キャラの三人、とクレアは指を三本立てた。えっと、それはエクトル、リニ、マクロだよね。何度も聞いていたからよくわかる。
「それぞれにライバルキャラがいるの。エクトルはミクゥ、リニが私。そしてマクロの相手にはキャンディスっていう年下の女の子がね」
うんうん、それも聞いたことがある。あとはモブキャラとして女剣士である年上のお姉さんがいたり、鍛治職人のおじさんがいたり、魔道具を作るお兄さんがいたり、情報屋がいたりするって。
「上級ギルドになるのに、仲間を集めるって言っていたでしょ? まず間違いなくこのメンバーだと思うのよ。人数もピッタリだし」
もう一人のライバルキャラのキャンディスとモブキャラと呼ばれる四人で合わせて五人、か。確かに人数的には合ってる。なるほど、クレアは仲間になる人たちのこともある程度、知ってるんだね。それはなんだか心強いな。みんなと仲良くなるためにどんな人か聞いておけるもん。
「でもね、肝心な役者がまだ揃ってないのよ」
「肝心な……?」
あれ? 人数的には揃ってるんじゃ、と思って首を傾げると、クレアはピクピクッと耳を動かしながらそうよ! と拳を握った。
「ヒロインよ! このゲームの主人公であるヒロインのララ! この子が仲間になるってギルドにやってきた日がゲームスタートになるの! でも! その日がいつなのかがわからないぃぃぃ」
なるほど、クレアの悩みはゲームスタートの時期がいつなのか、ってところなんだね。うーん、それは私にもわからない。というか、他の仲間のことさえわからないんだもん、力になれないの、辛いな。
「ここまで舞台が整ってると、もうゲームのシナリオをぶっ壊す! だなんて言ってられない。ラナキラの一員になってしまった段階で諦めたわ。ま、仲間入りする経緯が違ったから、それが何かに影響するかもしれないけど……わからないからね」
「確か、村が壊滅したことで彼らに保護してもらうっていうシナリオだったんだよね?」
それが回避出来て本当によかったな。そうじゃなかったら今頃、こんな風に呑気にお風呂になんか入っていられなかった。家族や村のみんなが死んでしまうなんて耐えられないもん。エクトルたちがいて本当によかったって思う。
「そう。あとは、私もミクゥもまだ誰にも恋をしてない! ミクゥが一目惚れを回避したのは大きかったわ。たぶんヒロインが来るのは一、二年後、とかだと思うのよね。その時はすでに私がリニに恋心を抱いてるって設定だし、仲を深める期間がないのはおかしいもの」
村にいたままならこんなことで頭を悩ませなくてすんだのにー! とクレアは尻尾でお風呂のお湯をバシャバシャさせている。ちょっ、クレアーっ、顔にかかるよー!
「クレアは、リニに恋する可能性はないの?」
「ないわよ。そもそも私、タイプで言うならエクトルだったもの。た、だ、し! あいつは違う! 前世の記憶持ちだから、私の知るエクトルとは性格がぜーんぜん違うから!」
あ、それは初耳。クレアの好みのタイプなんて、初めて聞いたかも。そう言うとクレアは違う違うと手を振った。ゲーム内と現実の恋は別物よって。えー? そういうものなの?
「そもそも、私だってゲーム内のクレアとは全くの別人だもの。ちょっと似てる部分はあるだろうけど、私は私。ゲーム内のキャラに本気で恋をするタイプでもないわっ」
そっかぁ。でも、それなら余計に今後どうなるかなんてわからないと思うんだけどな。まぁ、今のところクレアは誰かと恋をする気が全くないんだってことはわかったよ。
「ね、クレア。やっぱり焦りは禁物だよ。掃除の時にも話したけど、今は生活に慣れることから少しずつやってこう? 私、みんなと仲良くしたいよ」
「ミクゥ……やっぱり貴女は天使ねっ!」
「わっ、きゃあっ!」
私の言葉の何かに感動したのか、クレアが感極まって私に抱きついてきた。突然のことだったから支えきれず、そのまま二人でザバーンと湯船に沈んでしまった。一緒にお湯から顔を出してプルプルと水を飛ばす。そうして目を合わせた私たちは、明るく笑い合った。
うん、こういうささやかな幸せが、これからも続くといいな。






