喧嘩と喧嘩
クレアとエクトルがまた微妙な感じになりそうだったけど、リニの「もー、腹が減って限界!」という一言のおかげでどうにか食事にしようという雰囲気が作れた。空気を読んでわざわざ言ってくれたのか、たまたまだったのかはわからないけど、助かったよー!
食べながらの話題は、引き続きお屋敷が綺麗になった、っていうこと。すると、クレアがそうでしょう!? とキラキラした目で語り始めた。
「ミクゥはすごいんだから! 光の浄化魔法でお掃除をしちゃおうなんて発想、思いつかないもの。おかげで私たちの家はいつでも清潔だったのよ! お布団もふかふかだし、いつも助かってるの!」
胸を張って耳をピコピコさせながら自慢げに語ってくれるクレアだけど、私はただ魔法を使いながら飛び回ってただけだし、そんなにすごいことはしてないよ!? やろうと思えば光属性持ちならみんな出来ることだし……は、恥ずかしいよう。
「へー、じゃあ屋敷の掃除はミクゥちゃんの光魔法が活躍したんだ。すごいね、屋敷中ピカピカだ!」
「あうっ、えっと、その、喜んでもらえたなら、よかったよ」
クレアもだけど、エクトルも真っ直ぐ人を褒めるよね。クレアはずっと一緒にいて慣れているからまだいいけど、まだ知り合って間もない人にそう言われるのは照れちゃう。つい尻尾をキュッと握りしめる。そんな私をニヤニヤしながら見つめるクレアとエクトル。い、居心地が悪いっ! そういうとこ、この二人似てない!?
「そ、そういうえばね、お風呂場もお掃除したの! えっと、あとでお湯を張ってもいいかな?」
この居心地の悪さから早く脱したい! と思って話題を変えてみた。すると、横に座るクレアが焦ったようにバッとこっちを見てきて驚く。え? 何? ……って、あ! さっき話したことだったじゃない! お風呂に浸かるという話題はもっと慎重に出すべきだったぁぁぁ! ご、ごめん、クレア。
「もちろんいいよ。ゆっくり浸かってくるといい」
「え、いい、の……?」
内心で大慌てな私たちをよそに、エクトルからはあっさりとそんな答えが返ってきた。それに拍子抜けしたのはクレアだ。ぽかん、とした様子で聞き返している。たぶん、私も同じような顔をしてるだろうな。あまりにもあっさりと受け入れられた上に、「ゆっくり浸かって」って……それって、エクトルも湯船に入るのが普通だってこと、だよね?
「君たちが綺麗にしてくれたんだから当然でしょ? 家主だからどうのって気にしなくていいよ」
戸惑う私たちを見て遠慮していると勘違いしたのか、エクトルは笑ってそう言ってくれた。嬉しいよ? それは、嬉しいんだけど。
「それは……どうもありがとう。でも、驚いたわ」
「驚く? 何にだい?」
クレアが緊張してる。でもそれがわかるのはこの中では私くらいだけど。というのも、クレアは緊張すると、尻尾を自分の太ももに絡ませる癖があるから。
たぶん、探りを入れようとしてるんだと思う。うー、知りたい気持ちはあるけど、また喧嘩を売ったりしないでよーっ? ハラハラするっ!
「お風呂に浸かる、なんて言うとみんな変な顔をするもの。うちの村ではそれが普通だったけれど、たまに立ち寄る旅人なんかはみんな意味がわからないって反応をしたわ。でも、貴方はしなかったでしょ?」
お、おお、直球できた! しかもさり気なくうちの村では普通だったって違和感なく言ってるのがすごい。さすがだなぁ。さて、そうなるとエクトルの反応が気になるところ。
「ああ、なるほど。ごめんごめん、うちでもお風呂に浸かるのは普通だから、違和感がなかったんだよ」
動揺した素振りもなくあっさりとそう説明してくれたエクトル。そっか、エクトルたちにとっても普通なんだ……でもそれはそれですごい偶然だね? クレアは疑わしそうな目でエクトルを睨んでる。ちょ、ちょっと、あからさますぎるよ、クレア!
するとそこへ、リニがわかるわかる、と会話に入ってきた。
「俺も初めて風呂に浸かるなんて聞いた時は何言ってんだこいつ、って思ったし」
それはつまり、リニにとっては普通じゃなかったってことだよね? そうなると、誰がここでお風呂に浸かるっていう文化を取り入れたのか、が問題になってくる。クレアはパッとリニの方に顔を向けて食い気味に問いかけた。
「! でしょ? リニは誰からその話を聞いたの!?」
「誰って……マクロだよ。ドワーフの集落は火山が近くにあるから、温泉? ってのが湧きやすいんだってよ。だから、少なくとも風呂は必須だってワガママ言いやがってよ」
「えっ、マクロなの?」
思わぬ回答に私もクレアも一緒になって驚く。だって、エクトルだと思ってたから……ドワーフにそんな習慣があったんだ。
「うるさい。お前だって生肉を食う野蛮な習慣があるだろ。僕らドワーフの習慣の方が、ずっといい」
「はぁぁ!? いつも石と土に塗れてるような根暗なヤツらが変に気取ってる方がずっと気持ち悪ぃわ!」
「野蛮人は黙れ」
「うるせぇ、根暗が!」
あ、また始まっちゃった。この二人、本当にすぐ喧嘩するなぁ。
「で、クレアたちの村では、誰がその習慣を広めたんだ?」
二人のことはエクトルが止めるかな、なんて思っていたんだけど、こちらも予想外な反応が返ってきた。方肘をテーブルについて、頬杖をつきながらそう問いかけるエクトルは穏やかな微笑みを浮かべている。
「そ、そんなの、知らない内にそういう習慣になっていたからわからないわ!」
「ふぅん?」
「な、何よ、ニヤけた顔でこっち見ないで!」
「ひっでぇ!」
あ、あれ? ここの二人もなんだか雲行きが怪しいな? あっちではリニとマクロが激しい言い合い、こっちではクレアとエクトルが険悪モード。そして取り残された私。もー、どうしたらいいのー?
途方に暮れた私はふぅ、と一つため息を吐き、諦めて一人で食事を進めることにした。早いところ仲間をこの場に引き入れたいよー! 私の味方はいませんかーっ!?