旅立ち
「くれぐれも気をつけるんだぞ。皆さんに迷惑をかけないように」
「たまには連絡を寄越すのよ? お祭りの時には帰ってらっしゃい」
現在、私はクレアと一緒に両親とお別れの挨拶をしているところです。気持ち的にはしんみり、といったところなんだけど……隣で頰を膨らましっぱなしのクレアが気になって正直、それどころじゃないっ!
「僕たちに任せてください。大切なお嬢さん方でしょうから、きちんとお預かりします」
その原因は、今こうして爽やかな笑顔で私たちの両親に告げたエクトル。クレアが言うには、このエクトルが私たちをシナリオの通りに動かせようと仕組んだことだって。せっかく村が助かって、シナリオから逸れたはずなのに、やっぱり絶対何かを企んでるって。
んー、でも本当にそうなのかな? 話だけ聞くとかなりの好条件だから。普通、辺境の村から大きな都市に行くにはそれ相応の実力と運がなきゃ無理だって言われてる。資金面でしっかり稼げないとすぐに露頭に迷うし、戦う力がないとすぐに魔物にやられちゃうから。私たちの場合は戦う力はあるけど、資金がない。都市に行くメリットもそんなにないからね。そこまでの貧乏じゃないもん。
だけど、都市に行くと確かに今より稼げるし、何より色んな経験が出来る。これらの心配事さえクリアすれば、行ってみたい気持ちは確かにあった。えっと、私は、なんだけど。この意見を昨日、うっかりクレアに話ちゃったの。
「み、ミクゥは行ってみたいのね……? っくぅぅ……わかったわ。大丈夫。シナリオとは展開が少し違うもの。うん、きっと。私が付いてるし……エクトルめぇっ……!」
とまぁ、こんな感じでずっと嫌がってたクレアが行くことを決めちゃったから罪悪感もあるんだ……!
「大丈夫だよ、クレア。私、ちゃんと自分で考えるから! 恋はしません! ね?」
だからせめて少しでも安心してもらおうと思ってそう言ったんだけど、
「ミクゥはポヤポヤしてるから……優しいし……絆されちゃうんじゃないかって思うのよね」
信用ないなぁもう! 鈍臭いのは事実だけどっ!
そんなことを思い出しながらチラッと横目でエクトルを盗み見たら、なんと、目が合ってしまった。見てたことがバレた! ニコッと笑いかけてくるエクトルは整った顔立ちだからつい顔に熱が集まってしまう。だって本当に綺麗なんだもん! すると、目の前にピンク色の髪の毛がフワリと舞った。クレアの長くてフワフワの髪だ。
「さ、挨拶も済んだし、早く行きましょ?」
「……そうだね。行こうか」
やっぱりなぜか二人の間に飛び交うバチバチとした火花! もー、お世話になるんだからあんまり失礼な態度はダメだよ? でも、クレアはクレアなりに私を守ろうとしてくれてるんだもんね。それがわかるだけに強くは言えないんだけど。
「えっと、じゃあ行ってくるね。お父さん、お母さん」
なんとなく締まらない旅立ちになったけど、しばらくお別れなんだから挨拶くらいはしないとね。私がそういうと、両親は優しげに微笑んで見送ってくれた。……ちょっとだけ寂しいな。
都市までは獣車で向かうのだとマクロが教えてくれた。獣車かぁ、乗ったことがないからドキドキしちゃう。
村から出て東に向かって歩いていると、少し開けた草原に出た。そこに立つ大きめな木の下には獣車の人が乗る客車だけが置いてあった。これをひく獣は? と思って首を傾げていたら、エクトルがおもむろに指笛を鳴らす。
「もうすぐ来るから」
柔らかく微笑んだエクトルの言った通り、数十秒後に草原の向こうの方から真っ白なライノスが駆けてきた。身体の大きさは客車と同じくらい大きくて、鼻の上に立派な一本の角が生えてる。とても強そうな外見とは裏腹に、優しい目をしているのが印象的だった。
「サイだ……」
「え?」
「あ、ううん。なんでもない。こんなに近くで初めて見たなって思っただけよ」
その立派な姿に呆気に取られたのは私だけじゃなかったみたい。クレアも思わず見惚れていた。
「この子はポポ。僕たちの所有している獣車用のライノスなんだ。元は野生動物だったんだけどね。あまりにも美しいから友達になったんだよ」
「エクトルは動物に好かれやすいからなー」
エクトルが嬉しそうにライノスのポポを撫でている。リニが言うように動物に好かれそうな容姿だよね、とは思うけど、たぶんエクトルが動物好きなのもあると思うな。好意を動物も感じ取ってるんだと思う。
エクトルはポポによろしくね、と声をかけながら客車を取り付けていく。ポポは素直に従って大人しくしているのが可愛らしく見えた。
「さ、二人とも乗ってよ。リニとマクロは申し訳ないんだけど……」
「わーかってるよ。ったく、その喋り方ほんと調子狂うな……あー、わかったわかった。黙ってるって」
私たちが客車に乗り込んだところで、エクトルが後の二人に声をかけた。あれ? もしかしてこの客車、これ以上は乗れないのかな?
「ポポならもっと重くても運べるんだけど、箱が小さいからね。リニはウォルグの亜人で体も大きいから、マクロも乗っていけるし」
「距離もそこまで遠くもないから気にすんな! それともお嬢ちゃんたちが俺に乗るか?」
やっぱりそうなんだ! リニはなんてことないように笑うからたぶん本当に大丈夫なんだろうけど、なんだか申し訳ないなぁ。マクロにも。けど……。
「うっ、私、騎乗技術ないから無理です……!」
運動神経がちょっと悪いんだよね、私。フォックルの亜人なのに……!
「私はたぶん乗れるとは思うけど、ミクゥを一人にさせられないわ!」
「……僕がいるんだけどね?」
余計にダメだって言うのよ、とクレアがボソッと呟いたけど、たぶん隣にいた私にしか聞こえてないと思う。
「冗談だって! よし、さっさと行こうぜ! マクロ、すぐ乗れよ!」
「はぁ、獣臭くなるけど仕方ないね」
「んだとてめぇ!?」
「あーもう、二人とも喧嘩はやめてくれよ!?」
なんだかわちゃわちゃと賑やかになったなぁ。これから、この三人と仲間として頑張っていくんだよね。ちょっぴり不安もあるけど……クレアもいるから大丈夫。私は隣にいるクレアの手をギュッと握りしめて、頑張ろうと決意を固めた。
これにて今章はおしまいです。
次章は少し間を開けてから更新いたします。
お読みくださりありがとうございます!