蛙は閉じた空を見る
対話相手の感情が読める。
男は一般的な、いわゆる普通の高校生だが、
その一点のみにおいては特異であった。
彼は平凡に玄関で靴を入れ替えて、階段を上る。
「やあ女さん、おはよう。今日もいい天気だね。」
彼は教室のドアを開けて、
目の前にいたクラスメイトに声をかけた。
「そうね。でも少し暑いくらいかしら。」
刹那。
苦笑いで女が答えるのと同時に、イメージがよぎる。
男の脳裏に、女の顔だけ。
あきれたような、哀しそうな顔をしている。
またこの顔か。
これが男の能力だ。
相手の考えていることがわかる。
詳細に言葉として分かるわけではなく、
今のように表情として脳裏に投影される。
が、十分だ。
こいつは俺を憐れんでいるな。
あるいは気味悪がっている。
そのくらいは容易に想像がつく。
クラスメイトからは大体こんな反応が来る。
あきれているか、憐れんでいるかだ。
理由には心当たりがあった。
今年の春、入学初日のことだ。
男は最初の自己紹介で自分の能力について、
クラスメイト全員の前で打ち明けたのだ。
別に信じてほしかったわけではない。
あくまで軽いジョークのつもりだった。
あわよくば同じ能力を持つ者がいれば、
この秘密を共有できる人間がいればと、
そう思っていた程度だ。
当然、男はクラスで浮くことになった。
別に気にしない。奴らは凡人で、俺は違う。
傲慢な言い方だが仕方ない。実際そうなのだ。
自分は特別だから。
心の底からそう思えるから、
孤独が誇らしくもあった。
大丈夫、大丈夫だ。
この能力があれば自分は勝ち組になれる。
こんな奴らがどう思っていようと関係ない。
せいぜい頑張れよ、凡人どもめ。
俺はこの力で、世界を取るぞ。
湧き出るいびつな笑みをこらえる。
女との会話を適当に終えて、
男は窓際の席へ向かった。
その背中を眺めて、女は小さく呟く。
「かわいそう」
私は知っている。
入学式で彼の話したことが本当だと。
私だけではない。みんな知っている。
男は相手の心が読める。
でもそれは特別なことじゃない。
私もそうだ。みんなそうだ。
この世界の人間はみな、同じくその能力を持つ。
きっと彼は、それを知らない。
だから可哀想。とても可哀想。
いままで誰も教えてくれなかったのだろう。
親からも何も、聞かされなかったのだろう。
彼はいつか気づくだろうか。
彼と話す相手がいつもあきれているのは、
能力について信じていないからではなく、
彼の思い上がりに対するものだと。
なお傲慢でいる彼への哀れみからくるものだと。
そんなこと言ったって彼は彼。
私には関係ないけどね。
視線を逸らして、女は廊下側の席に着いた。
男は今日も傲慢に生きていく。
井の中の蛙大海を知らず、されど井戸の深さを知る。
しかし蛙は、海が井戸よりも深いことを知らない。
なろう用に若干の改変を加えたものです。
少し前のものなのでタイトルは変わっています。
というかタイトル忘れてしまいました。
こっちの方が良いんじゃないかな、なんて思ったり。