どうやら風魔法の力に目覚めたらしい
「少し言いにくいんだが……どうやら風魔法の力に目覚めたらしい」
いたって真面目な顔でそういう俺に対して、目の前の幼馴染は驚きで表情をこわばらせ……ることなく、朝食のトーストを食べ続けている。パンくずをセーラー服にこぼしながら。
「ふ~ん、目覚めちゃったか~。厨二病に」
「なんだよその反応は!もっとこうスゲー!とかいう反応ないわけ!?しかも厨二病に目覚めるには二年ほど遅いだろ!」
「まぁそれは遅咲きってヤツ?あ、大器晩成とかそういうのじゃない?つまり他の人よりかなり拗らせると。まぁいいや、話だけでも聴こうじゃないの」
そういって筆記用具といつものノートを取り出した。
「えっと、名前は入福 大介(通称 大福)、16才の高校一年生男子。血液型A型の8月8日生まれ。趣味はゲームと昼寝、それに映画鑑賞。最近風属性の魔法と厨二病に目覚めた。あっと、まほうって書くつもりがあほうって書いちゃった。まぁいいか、ルビはいらないでしょ。う~ん、ありきたりすぎるキャラ設定ね、練り直しておいて」
わざわざ全文を読み上げた上で最後の文を付け足した。さらに重ねてディスられた上に設定の練り直しを命ぜられる。あまりにもひどい扱いに自分自身に哀れみを覚えるくらいだ。ちなみにこのノートは”キャラ設定ブック”と言うらしい。俺は密かに”黒歴史ブック”と呼んでいる。もちろん口に出した事はないが。
「設定練り直しって言うけど、それって最後以外は完全に俺の自己紹介文じゃないか!っていうか最後の入れてしまうともはや事故紹介文ですね!ってまぁいい、ありきたりだというのならお前の事故紹介文はさぞ立派なんだろうな?」
「もちろんよ?せっかくだから読み上げてあげるわ。名前は朝倉 美花、16才の高校一年生女子。血液型はO型の誕生日7月31日。幼い頃に両親を亡くし、まだ7才の弟を面倒見ながらアルバイトで養う。成績優秀で文武両道、歩けば全ての人が振り返る美貌と、その幸薄そうで儚げな雰囲気は誰しもが手を差し伸べずにはいられない。しかし、それに甘えるのを善しとせず、自身の力で道を切り開かんとするその姿は散りゆく桜のように美しい。趣味は漫画を読む事、そして描く事、さらにキャラ設定を考える事。そして幼馴染で厨二病の大福をからかい、奴隷にように扱う事」
「まてまてまてまて、なんだその舌を万枚単位で抜かれたにも関わらず、まだまだ嘘を嘘で塗り重ねたような嘘八百の内容は!大体両親は健在だし、弟じゃなく居るのは兄貴だけだろ!?成績優秀?文武両道!?いつも勉強みてやらないといけないくらいの中の下程度の成績だろうが!さらに何が誰もが振り向く美貌だ??普通も普通の地味顔じゃねぇか!その中で唯一合ってるのって幸薄そうな所くらいじゃねぇか!」
「失礼ね、趣味はちゃんと正直に書いてあるじゃない。だいたい文章ってのは現実をちょ~っと歪曲させた上でメガ盛MIXにするのが普通でしょ?」
もはや何も言うまい、あまりのツッコミどころの多さに俺も”ちょ~っと”頭が痛くなってきた。しかも頭痛に悩まされる俺に追撃で兄貴を「人型の何か」と貶めている。知ってはいたが、スイッチの入ったコイツの口撃は受け流してもダメージが入るようだ。
「まぁいい、とりあえずメシも食ったんだから学校行くぞ。ったく、夏休みだってのになんでわざわざ学校いかなきゃならんのだ。それじゃ母さん、行ってきま~す」
「おばさん、いつも朝ごはんありがとうございます~今日もとってもおいしかったです!それじゃ、いってきま~す!!」
そう声をかけて俺達は玄関を出て歩き出す。母さんは二階にベランダから洗濯物を干しながら「最近特に物騒だから気をつけるのよ」なんて言いながら見送ってくれる。いつもの光景だ。
「それにしても、おばさんも言ってたけどさ、ホント最近物騒だよね~。神隠し事件ってヤツ?この辺でも行方不明者出たんだってさ」
「物騒なのは今に始まった事じゃないだろ?早ければあと1~2年で世界が終わるって言われてヤケになったヤツの仕業か、もしくは地球最後の時を自由にいきるんだ~とか言って出て行ったとか、そういうのじゃないか?」
この世界がもうすぐ終わる、それは数年前に突然発覚した。朝の日差しに照らされた、快晴の夏空の中でさえ見えるほどの大きな月。それが早ければ来年にでもこの星に落ちてくるそうだ。とは言っても俺にとってはどこか他人事のような、もしくは無意識に考えないように諦めているのか。それとも誰かが助けてくれる事でも期待しているのだろうか。ともかく俺自身がどうこうなるという認識がないのだ。それはこの幼馴染や、それ以外の人々も同じようで、もしくは同調圧力によって奇しくもこの社会は大きな混乱を回避できている。
「でもさ~終わりが見えてるならヤケになったりするのもなんとなく分かるな~って時ない?私なんかは観てた深夜アニメが後2回で終わるってだけでうわ~~!!ってなるもん」
「……なんて平和な脳内なんだ。お前には絶望してる人間の気持ちなんて欠片も理解できないであろう事しか俺は理解できなかった」
何を~!!と言いながら突っかかってくるのをひょいと避けると、朝倉は電柱にタックルした。
「おい、大丈夫か?例のノート落としたぞ?俺の黒歴史確定の事故紹介が載ってるんだから、ちゃんと管理してくれよ?っていうか絶対に他人に見せないでくれよ??」
「黒歴史……だと!?貴様これがどのような物か分かっておらぬな!?これは磨けば光る宝石の原石、いわばダイヤモンドになる前の黒炭であるのだぞ!?」
「いや、意味わかんないです。特にその口調とか。それに黒炭は磨いてもダイヤモンドにはならんぞ?」
「あっ、まっ、まぁあれなんだよ。少なくとも黒歴史とは呼ばないで欲しいなって。だってさ、世界にある漫画やアニメ、小説なんかは元々ただの作者個人の妄想だったわけじゃん?それが形を得て現れて、みんなに受け入れられたんだから。このノートから広がっていく世界も、きっと黒歴史なんてものじゃないって信じたいなって」
そう少し顔を赤らめながら語るのは、漫画家志望の少女に宿る、どこにもよりどころの無いプライドなんだろう。ただ、その後に続いた「売れた黒歴史を名作と呼ぶのだよ!」という発言には、苦笑いを浮かべる他なかったわけだが。そんな話をしながらも、まだ本気を出し切れていない午前の夏の日差しの中、学校への道を歩んでいった。
「それじゃ、先に図書室に行ってるから先輩にはよろしく言っておいてね。」
そう言って朝倉は一人図書室へと駆けて行った。俺達が夏休みなのにわざわざ登校した理由、それは漫画研究会、漫研の活動をするためだ。そして先輩というのは漫研部長の関屋先輩の事で、「ちゃんと活動してますよ」という報告をするよう仰せつかったのである。
「おはようございます、先輩方」
そう声をかけ部室へ入ると、黒髪ショートカットの一人の女子生徒が俺の方へとやってきた。彼女が漫研の部長、関屋先輩だ。
「おはよう大福君。今日もお嬢様の御付きをしているのね。それにしてもわざわざ学校まで来なくていいのに。ウチの部はユルいから、文化祭の展示作品さえ出してもらえれば一切顔を出さなくてもいいのは知ってるのよね?」
「ははは、まぁそうなんですが朝倉は家だと捗らないらしいんですよね。俺も高校受験の時は家じゃゲームしちゃって勉強全然できなかったタイプですし、その気持ちはなんとなくわかりますよ」
「そう、それならいいんだけど。私達も今日は夕方までは部室に居るつもりだから。何かあったら声かけてね。できれば進行具合を見せてもらえると部長としては安心できるのだけど」
「朝倉にはそう伝えておきますね。まだ恥ずかしいとか言ってなかなか見せたがりませんけどね」
「ふふふ、なんだか懐かしいわね。初作品が恥ずかしいのは私も通った道よ。いえ、漫研なら誰もが通った道かもね?」
そういって先輩は身を翻し、その短くカットされた黒髪をゆらしながら自身の作業スペースへと戻っていった。そのシャンプーの香りに少しドキッとしたが、ここは何事もなかったように振舞うのが紳士というものだろう。ちなみに関屋先輩は男子生徒から人気がある。性格はクールでリーダーシップもあり、姉御肌という感じなのだが粗暴な感じではない。何より噂では校内胸囲ランキングでは上位5位内に入るのではないかと言われている。しかし、そんなランキングを裏で作っている組織って何者なんだという疑問は残る。ただ、校内脅威ランキングも上位だろうから敵に回すと怖ろしい事になりそうだ。
「あっ、八木先生おはようございます」
「あら、おはよう入福君。今日は部活?」
部室棟から図書館へと向かう途中、見慣れた先生を見かけ挨拶をした。その先生というのが、男子生徒から絶大な人気を誇る理科の先生、八木 明日香先生だ。天文部の設立時から顧問もしており、爺ちゃん先生たちからは「若いのにやる気に満ちたいい子だ」と孫のように可愛がられているらしい。
「えぇ、図書室で朝倉が漫画描かせてもらってるんで、今から向かうところです。先生は何かこっちに用事があるんですか?」
「私も図書室に行こうと思っていたところなの。ほら、例の……月の件の資料を探しにね」
少し声を潜める理由は言わずもがな、やはりあまり月の事は触れてはいけないという空気があるのだ。八木先生は理科の先生だし、天文部の顧問なのだから天文学の逃せないビックイベントは気になる所なのだろう。もちろん逃せないのではなく、逃れられないのだが。このままこの話を続けていいのか迷っているうちに図書室へとたどり着いた。そして短い別れの言葉を交わして俺は校内胸囲ランキング一位のそのふくらみを見送ったのだ。
「見てるの気付いてるからね?私が」
「はっ!?なななな、何の話かな???」
油断していた、朝倉が”その事”について誰よりも気にしていて、さらにその視線に目ざとく反応できる事を。まぁ仕方ないとは思う。ランキングの下位どころか”少しふくよか”な男子生徒よりも小さいという噂なのだから。まぁそれは昔の様子しか知らない俺の発言のせいでそうなった、というのは否定できないのだが。
「ま、まぁともかく、早く描き進めていこう。関屋先輩もできた所まででいいから見せて欲しいって言ってぞ。期待されてるみたでよかったな」
「期待されてもねぇ、まだ何もできてないというかなんというか」
「前に何か描いてたんじゃなかったか?その作業進めればいいじゃないか」
「前描いてたのは練習用にイラスト描いてただけで、漫画のストーリーが浮かばないんだよ」
あぁ、確かに前に見た絵はコマ割とかされてなかったなぁ。それでいつも図書館の本を読んでストーリーのヒントを探してたんだっけ?ということは今回も面白そうな本を探す作業からになりそうだ。
「で、どういうのを描きたいんだ?ほら、SFとか恋愛モノとか色んなジャンルあるだろ?」
「う~ん、悩んでるんだけど、私が描くのが好きなのは人とか建物とかだから、心理描写の背景とか考えないといけない恋愛モノはパスかな~、というか少女漫画特有のあの背景ってさ、描く以前に見るのも苦手だったりするし。あとSFモノはストーリーが浮かばん。宇宙人みたいなのも描ける気がしないし。まぁ他のジャンルでもストーリー考えるのは苦手なんだけどね~」
非常に注文が多い。というかいつもの事ではあるが、朝倉は俺には何を言ってもいいと思っている節がある。他の人には「寡黙な文学少女(ただし読んでいるのは漫画)」というイメージらしいが、俺にとってはただの暴君だ。
しかし、今言われたことから考えると、キャラ設定を妄想するのは好きなクセにストーリー展開が弱いのか。となると多少無茶しても「フィクションだから!」で押し通しやすいファンタジー系の方がいいのかな?まぁ魔法の言葉すぎてどのジャンルでもそれで通せばいいのだけど。でも異形物を描くのが苦手ならハイファンタジーは厳しいか。つまりローファンタジーが狙い目と。とりあえず探す本はファンタジー系を中心にみてみよう。
今日の図書委員が本に詳しいとありがたいんだけどこればっかりは運だな。そうだ、八木先生も居るんだから何かオススメを聞いてみて、何冊か読み比べてみようかな。
「ってことで、とりあえずファンタジー物を持ってきたぞ。この辺の設定とか魔法なんかをこねくり回してストーリー作るのがいいんじゃないかな」
「あっ!これすごい懐かしい!映画の魔法学校行くヤツじゃん!テレビでやってたの観た事ある!」
「定番中の定番だよな。映画のイメージもあるし、魔法の描写に使えるかと思ってもってきたんだ」
そういう俺を無視し、すでに朝倉は小説の中に引きこまれていった。単純というかなんというか。どうやら今日も本を読むだけで一日が終わりそうだ。俺も適当に見繕ってきた本を読んで過ごすとしよう。なぁに、締め切り間近になって苦しむのは朝倉なんだし、俺はどっしりと構えていればいい。なにせ二次創作を嫌がってオリジナルストーリーで勝負するって決めたのは本人なのだから。
法で裁けぬ罪人を自身の超能力で滅多切りしていくダークヒーローと、それを追う刑事のダブル主人公の小説を登場人物の即退場っぷりに「この作家さん思い切り良すぎる」と参考になるのか、ならないのかわからない感想をいだきながら読んでいると、腹のチャイムが昼を知らせた。ふと時計を見るともう午後1時をすぎている。書き方がうまいのか、展開がうまいのか、集中力のなさに定評のある俺をここまで引きこむとはさすがである。とりあえず朝倉の様子はどうなのかと伺えば、いまだに魔法学校に行ってしまっているようだ。こうなってしまうと朝倉は並大抵の事ではこちらの世界に帰ってこない。昔、熱中して読んでいる雑誌を取り上げるとその角で殴られたほどだ。週刊誌だったのでまだマシだったが、月刊誌ほどの厚さならさっき読んでいた小説の悪党共と同じ末路に至っていたかもしれない。とりあえず朝倉は放置して、昼飯を食べることにしよう。帰りに飲み物くらいは持ってきてやるか。
しかし暑い。さすがに真昼間だといくら月の影になる時間があるとは言えこの世界は暑すぎる。月が落ちてこなくても暑さでこの世界は終わっていそうだ、などと考えつつ昼食も食べ終え、早急に冷房の効いた場所に避難すべきだと少し急ぎ気味で図書室の扉の前まで戻ってきた。道中の自販機でイチゴオレを姫様のために調達するのも忘れない。朝からの例の事故紹介で「奴隷のように扱う」なんてあったが、俺自身が”奴隷のように”行動してるのだから、将来は立派な社畜とよばれる存在になれそうだ。将来があれば、の話であるが。
ただここでひとつ問題がある。扉の前まで戻っては来たものの、なにやら中が騒がしいのである。男女の言い合い……というよりは一方的に男が何か言い寄っている風であり、これは扉の向こうは修羅場というやつなのではないか、と想像するとこの扉を開けるのが憚られているわけだ。結露で汗をかくイチゴオレにこれ以上手の不快指数を上げられたくないと思いながらも悩んでいると、なにやらガタガタと中がさらに騒がしくなってきた。もしかして喧嘩でもはじめたのか?いや、いままでも口喧嘩という意味では喧嘩だったのかもしれないが。しかし女子生徒に手を上げるような事をするんだろうか?という疑問もあるが、とりあえず何も知らないフリをして扉をあけ、喧嘩しているようなら止める、もしくは人を呼びに行く。これが俺にできる精一杯だと判断し、引き戸の取っ手をつかんだのだった。
その先の光景、それは馬乗りになって女生徒を殴る男子生徒……であればまだ幾分マシだったかもしれない。いや、普通に考えれば全然マシではないのだが、目前の光景よりは”普通”であるのでマシだという意味だ。
そこには宙を舞う蔵書の数々と、それに混じって筆記用具や図書室の備品などが四方八方に飛び回っていた。
「えーっと、いったいどういう状況です?」
あまりに不可解な事があると人間は驚き焦るのを忘れて呆然とするものなのかもしれない。「そういや朝倉が読んでいた魔法学校の映画もこういうシーンあったなぁ」なんて考えてしまうあたり、ファンタジー小説に毒されている感は否めない。
そういやこの状況で朝倉は大丈夫なのだろうかと座っていた席に目にやると、いまだに本を離さずその世界に浸っていた。あいつには世界最後の日にも一週間ほどかかる超大作小説を読ませる事にしよう。最期を物語の中で迎える、その方が本人にとって幸せかもしれない。
「ちょっと!なんなのよ!こんな子供だましの手品で私が折れると思ってんの!?」
「知らねーよ!俺だって何でこんな事になってんのかわかんねーよ!」
思考が現実逃避をしている俺をよそに口論していたであろう男女は俺に構わず舌戦を再開したようだ。これが手品なら飛び交う本には糸が付いているのであろうが、その動きを見るにどこに糸を張れるだろうか。本同士がぶつかって落ちたり、ページがバラバラになって飛び交ったりしている。各ページに糸を仕込むのはさぞ大変だったろう。そういう訳でこれは手品などではなく、いわゆる超能力、その中でもサイコキネシスと呼ばれるものか、もしくはポルターガイストと呼ばれる超常現象だろうと判断できる。
「とりあえず二人とも落ち着いて!危ないので机の下に避難しましょう!」
いまだに言い合っている二人をとりあえず机の下への避難を促す。二人は言われてはっとしたのか、仲良く受付の机の下へ潜り込んだ。そういえばあの女生徒は受付していた図書委員だった気がする。あまりの事態に今まで忘れていた訳だが。そして俺は避難した二人を確認し、ひとつ大事な事を思い出す。あれ!?朝倉って避難もせず本読んでるんじゃなかったっけ!?その考えが浮かんだ瞬間に俺は踵を返し、朝倉のいる図書室の奥へと駆け出した。そんな俺を本たちは獲物を見つけた烏のように襲い掛かる。
「痛ってぇ!けど朝倉の週刊誌アタックよりはマシだ!!」
完全に強がりである。ハードカバー本が角ではないとは言え、結構な速度でいくつも飛んでくるのだ。それを腕で叩き落としながら進む。しかし、散らばった本や備品の上を走るのは難しく、何度もつまずきながらやっとの思いで朝倉の元までやってきたのだ。
「おい!朝倉!読むの止めてとりあえず机の下へ隠れろ!!」
そう叫ぶ俺に対して朝倉は完全に無反応であり、整然と行列を作る文字たちを眼球でなぞる動きしかする様子はなかった。その様子は軽い恐怖を覚えるほどの緻密で規則的な動きで、これをこちらに引き戻すのは無理だと判断するには十分だった。
「仕方ない、こいつらが当たらないよう打ち落とすしかないか」
幸いな事に本たちの動きは、図書委員たちの周りは激しいがそれなりの距離のあるこちらでは比較的大人しい。これならば撃ち落すのも容易だ。撃ち落す……?そう考え俺は迫り来る本に向かって……
「バンッ!」
手を銃の形にして撃ち落すそぶりをやってみた。そうすると本は弾き飛び、壁へと激突した。
「おぉ!やったぜ!初めて風魔法を使いこなせた!」
やってみれば拍子抜けするほど簡単だった。俺が風魔法に目覚めた時には部屋全体に団扇で扇ぐくらいのそよ風が起こる程度だったが、方向性と威力をイメージしやすくすればこんなに簡単に魔法は操れたのだ。これならイメージ法さえ確立すれば女生徒に向けて”事故”を起こし、男子生徒達に「幸運のそよ風」という異名をもって賞賛される存在になれるかもしれない!え?なんの事故かって?そりゃちょっとした風で起こる誰も損しない、いや女子生徒は少し恥ずかしいだけで周囲の男子達を幸せにする”ちょっとした事故”ですよ?
「おっと、危ねぇ。今は考え事よりもこいつらをなんとかしないとな」
襲い掛かる本を避けつつ俺は再び本の撃ち落しのために集中する。
「バンッ!バンッ!!」
魔法の詠唱とは程遠い擬音語での銃の発射。よく考えればこれは必要なんだろうか?冷静になればすごく恥ずかしい光景に思えてきた。そのまま撃つイメージだけで魔法は出ないものか……と、また思考が脱線している事に気付く。これってもしかして魔力を消費してるってことだろうか?集中できなくなって魔法が使えなくなる、そういうシステム?直感的に沸いたこの仮説自体が、魔法を酷使させられている無意識の俺自身の発する警告かもしれない。つまり防戦一方ではいずれ魔力切れで負け確定って事か。しかし俺にはこれ以外に魔法を意識的に発動する事はできない。ならば魔力尽きるまで撃ち落していく他ないだろう。
「あれこれ考えたって仕方ねぇ!全部撃ち落してやる!!バッ……(ドンッ!!)」
胸を打つ轟音、それと共に飛んでいた本が全て床へと堕ちる。俺の風魔法が覚醒した?いや、それなら本は壁に打ち付けられるはずだ。そしてその轟音は、さっきまで俺が居た方向、図書室の出入口から聞こえた。振り向いてはいけない、俺の無意識、もしくは本能というものが警鐘を鳴らす。けれど何があったのか、どういう状況なのか、それを確認せずにはいられず俺は嫌な汗をかきながら振り向いた。
そこには一人の男と、倒れているさっきの男子生徒。そしてその男の手に握られた先ほどの爆音の発生源と思われる拳銃。いや、本物の銃なんて見たことがないわけで、それがモデルガンである可能性は否定できないが、それならば先ほどの身体をも震わせるあの音はどこから発せられたのかという事になる。
「タイミングを合わせたのだが、気付かれてしまったか」
一言。低く、響く声で男はそう言った。タイミングを合わせた?それはさっきの俺の風魔法に合わせたという事か?それよりも問題はその男は誰なのかという事である。落ち着いて姿をみれば、某国民的ミステリー漫画に登場する黒ずくめの男のように、この真夏には似つかわしくない黒いコートとツバの大きな帽子。年齢は40代ほどだろうか、暗めの茶髪である。そしてそんな異様な人間がこの学校の関係者であろうはずがない。むしろこの異常とも言える人物が俺の記憶に留まらないのであれば、俺の脳の交換を検討した方がいい。
「心配いらないわ。私達はあなたの敵じゃないから。少なくとも今はね」
急に後ろから声をかけられる。振り向けばまた校内では見かけた事のない女性が立っていた。男と同じく40代くらいだろうか、ただ男と同じくその格好は奇抜、というよりも仮装のようで、皆がイメージする魔女、ローブを着て杖を持った姿だった。ただ、その顔は日本的な丸顔で、鼻も高くない可愛げがあると表現した方がいい顔立ちだった。
「どちらさまでしょうか」
ひねり出した言葉は混沌を極めた俺の脳内を表さない冷静なものだった。いや、それ以外の言葉を考えられなかったのだろう。
「意外とこんな状況なのに落ち着いてるのね。まぁいいわ、私達はこういう特殊な事件の処理役ね。といってもなんの事だかわからないだろうし、今回の事件の説明も必要よね。」
「簡単に言えば、ある男子生徒が超能力に目覚めたのだけど、それが暴走してしまってこの図書室を破壊してしまった。そしてそれに巻き込まれた女子生徒が死亡したため危険と判断し私達はその男子生徒を処分した。理解できたかしら?」
「処分……?それはつまり……」
「まぁお察しの通りよ。けれど大丈夫、この世界で死亡しても異世界へ転送されるの。そしてそちらで条件を満たせばこちらで無事復活できる、っていうものだから。」
「それじゃ、作業に移るから近寄らないでね」というと魔女の姿をしたその人は、男が運んだ寝かされた二人の側に立ち、なにやら詠唱のような事を始めた。本物の魔女なのだろうか?いや、俺自身が魔法を使っていたのだから、そういう存在がいても不思議ではない。しかしどうしても常識にすがりたがる俺の理性というものは理解を拒否しているようだ。
その詠唱が進むと共に床には魔方陣が広がり二人の体が淡い光を放ったと思うと、空間の裂け目としか表現のしようがない空中のゆがみのような何かに吸い込まれていった。
「彼らの旅に幸多からん事を」
送り出した魔女はそう一言祈りを捧げると、俺に向かって微笑みかけてきた。ここで考えられるパターンは2つ。目撃者を消すために処分される、もしくは能力者として組織に招かれる。どちらであっても平凡な高校生でいられないだろう。
「そうね、今回は目撃者も能力に目覚めているし、記憶の改竄は二人の行動だけにしておきましょう」
そう指示された男は「かしこまりました」とだけ言うとその場から文字通り消え失せた。彼もまた超能力者だったのだろう。そして魔女は俺へと近づくと、やさしく頭を撫でた。
「あなたは良い能力者のようね、だから今回は見逃してあげるわ。だけどその力を悪用したら私達が処分することになるから、それはよ~く覚えておいてね」
つまり俺の”幸運のそよかぜ計画”はこの時点で破綻したのだ。その事に気付くよりも、その時はただ友好的な態度をとりつつ行われる脅迫行為に恐怖するしかなかった。
「あっつ~~~~~い!!なんでこんなに暑いのよっ!!」
その言葉と共に朝倉は魔法学校より帰ってきた。
「おかえり、暑さに文句を言う前にこうやって団扇で扇いでやってる俺にいう事あるだろ?」
朝倉が俺の苦労を知らず文句を言うのはいつもの事だ。けれど今回ほどの事があったとは知るよしもないだろう。さっきの事件のせいで図書室は甚大な被害を被ったのだが、おかげで冷房も故障し俺たちは蒸し風呂状態の部屋に置いてけぼりにされている。しかしそれ以外はいつも通りの図書室に戻っている。見かけ上は。
「こんな所にいてられるか!私は部屋に帰らせてもらう!」
「それは死亡フラグだ、やめとけ。とりあえずぬるくなっちまってるけどイチゴオレ飲むか?」
「おぉ!気がきくじゃん!それにさすが風魔法の使い手、そよ風が良い心地だ。余は満足じゃぞ!」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様」
そんな会話に、先ほどまでの事が夢だったのではないかと感じる。あれは現実だったのか、もしかするといつの間にか俺は昼寝でもしてしまっていたのではないか、もちろんそれを確かめる術はないのだけど。
「それじゃ帰ろうか。本の続きは借りれば家でも読めるんだし」
俺はそう提案し、図書委員に貸し出し手続きを頼んだ。
「そういえば、朝から居た図書委員さんは帰ったんですか?」
「あーあの子ね、彼氏が迎えに来て帰ったわ。ホントこの暑い日に熱いの見せられてウンザリよ」
「あーあついあつい」と続けながら気だるそうに貸し出し処理をする姿を見て、もしかして俺たちもそういう風に見えているからこういう対応なのかと勘ぐってしまう。しかしそれはいつもの対応のようで、「まだ早いけど他に人居ないし、冷房も壊れてるんだから今日はこれで閉館!帰る!!」と仕事を投げ出した彼女はかなりの自由人のようだった。
「そういや結局漫画のシナリオ書けてないんだよな?」
家に帰った後アイスを齧る朝倉にそういうと、母親に「宿題はちゃんとやったの!?」と聞かれた子供のように膨れっ面になった。
「よかったらさ、俺の書いたシナリオ使ってみるか?気に入るかはわからないけど」
「え?そんなの書いてたの?」
俺がノートを手渡すと朝倉はすぐにその世界に入り込んでいった。そして数十分こちらの世界に帰ってこなかった。その内容というのは、今日の図書室での事件なのだが。
「そうね、登場人物像が甘い、バトル描写も適当、図書室が直っていた理由が書かれていない。まぁその辺を調整すればそこそこの出来になるんじゃないかしら?」
「それはお前でやってくれ、あ、ただ図書室修復は”記憶の改竄で直ったように見せかけていた”っていう事にすればいいと思うぞ」
俺が手伝うのはここまで。今日の事件が本当にあったことなのか、それともただの夢なのか、それは分からないが朝倉の初作品のネタになるなら俺はそれで十分だ。そして俺は図書室で借りてきた途中まで読んでいた小説の続きを読みはじめた。あ、せっかくだからこの小説の設定を借りて”風魔法をムチのように振るう”なんてのもよかったなと今更考えたのだ。
「そういえばさ、この漫画のタイトルどうしよっか?」
「タイトルか……俺は特に考えてなかったしなぁ、お前の好きに付けたらいいと思うぞ」
「ん~好きに付けるってのが一番悩むよね~。あっ、そうだ!最近のラノベ風にさ『どうやら風魔法の力に目覚めたらしい』ってのでいいんじゃない?うん、完璧!」
「あぁ、うん。好きにつけていいって言ったのは俺だしな、仕方ない。せめてその作品が”黒歴史”じゃなく”名作”と呼ばれる事を祈るよ」
はじめましての方ははじめまして。
初めてじゃない超少数の方はいつもありがとうございます。
島 一守です。
今作が二作目となるのですが、再び短編での投稿となりました。しばらくは短編で練習したほうがいいかなと思いまして、しばらくは短編での投稿させていただこうと思います。
けれど「いずれは長編を書きたい!」と思っていますので、前作の設定やら色々をちょいと引き継ぎまして「一本単位で読めるけど薄く繋がってる短編群」を目指そうと思います。
うまく書ければ長編を書くときのヒントになるんじゃないかなって意図ですがどうなることやら・・・。
まだまだ勉強中ですので、コメントなどで意見をいただけると助かります。
どうぞよろしくお願いします。
次回も短編の予定ですが、9月5日(水)に投稿できるよう頑張ります!
(ここに宣言すれば逃げられないっていう自己追込漁) (カズモリ)