7.ロケット
「……ねえ、ホントにこの道通らなきゃダメ?」
私は正流くんの後ろについていきながら怯えていた。なぜならば最終処分場までの道、つまり私がシュラに襲われた道を通っていたからだ。
「この道がゴミ山までの一番安全なルートなんだって」
「私、そこ通る途中でシュラに襲われたんだけど……」
「仮に出てきても、ハンターがほぼ無害だと判断して放っておいたザコだから大丈夫だよ」
「超有害なのに出くわしたんだけど⁉」
私はどうしてもシュラに襲われるリスクを避けたかった。またあんな痛い思いをするのはごめんだ。
「大丈夫だって、仮に出てきても僕がやっつけるよ!」
「ほお、ずいぶんと自信に満ちてますねえ正流先生……」
さて、なぜこの道を歩いているかなのだが、正流くんが行方不明の陽一くんの居場所を探すヒントになるかもしれないとのことで最終処分場、通称ゴミ山まで行ってみたいと言い出したのだ。私は嫌々ながら、しかし今頼れるのは正流くんしかいないので案内することにした。
「あっ、話をしていたらちょうどシュラがいる」
正流くんは向こうを指さす。その先にはサッカーボールくらいの大きさの丸い生き物が歩いていた。あれがシュラなのだろう。
「えっ⁉ ちょっとヤダ! 逃げなきゃ!」
私は後ずさりをするが正流くんはずんずんとシュラのほうへ進んでいく。
「正流くん⁉ 危ないよ!」
「いいから見てて」
正流くんはパチンコと鉛球を取り出しシュラに狙いを定める。
「よーく狙って……はい!」
一気に引き延ばしたゴムを放し、鉛球を飛ばす。
「ギギッ!」
鉛球は見事シュラに命中し、その勢いでシュラは転がっていった。
「よし、いっちょ上がり!」
正流くんは倒れたシュラの元まで行き、何かを待つようにしゃがみ込む。
「な、なにしてるの?」
「ちょっと見てて。そろそろ水になるよ」
いわれたとおりにシュラを見てみる。息絶えたシュラは沸騰するようにボコボコと動き出し、次第に水たまりへと姿を変えていく。
「な、なんか気持ち悪い……」
そう感想を述べながら見ているうちに、シュラはただの水たまりになった。そしてその水たまりの中心には虹色に光る小さな石が転がっていた。
「なにこれ、宝石?」
正流くんはそれを拾い上げる。
「これはシュラのコア。これを売ってお金にするんだ」
そういいながらコアをポケットにしまった。
「なんだか見た目がソシャゲの課金アイテムみたいだね」
「そしゃ……なに?」
「ううん、何でもない。この世界の子供って、こういうことしてお金稼いでるの?」
「ううん、本当は危ないから僕みたいな子供はやっちゃいけないんだけど、お兄ちゃんがよくこうやってお金手に入れてジュースとか買ってきてたんだ」
「やんちゃなお兄ちゃんだね」
「でも優しいんだ!」
陽一くんの話題になると正流くんが少し笑顔になっている気がする。よほど陽一くんのことが好きなのだろう。これはできるだけ早く見つけてあげなきゃなと思った。
「しっかし、最終処分場……ゴミ山まで結構距離あるね」
私は歩き疲れてきてしまった。村を出てそうとう歩いたがなかなかゴミ山にたどり着く気配がない。
「これでも隣の町へ行くのに比べたら近いほうだよ」
正流くんは疲れた様子を見せずずんずんと歩いていく。
「この世界って電車とかバスとかはないの?」
「それが何なのかはわからないけど、楽に移動するなら馬のレンタルとかあるよ。結構いい値段するから使わないけど」
「馬に乗るとかうそでしょ!? どんだけ遅れてるのこの世界~。もうやだ~」
今まで当たり前のように使っていた電車のありがたみを思い知る。ああ、座席に座って居眠りしながら移動したい。
「きっと明日は筋肉痛だな……」
正流くんに「楓ちゃん、大きいのに体力ないんだね」とあきれられながらしぶしぶ歩き続けた。
「やっとついたー!」
またしばらく歩いて、ようやくゴミ山につきました。よく頑張りました私! そう自分をほめてあげたくなる。
「さあ、お兄ちゃんの手がかりを探さなくちゃね!」
正流君はそう言ってゴミ山を登り始める。
「ち、ちょっと休憩しようよ~」
私はその場に座り込んだ。まだ高校生なのにここまで子供との体力の差が出てしまうとは。いや、ただ単に元の世界の便利さがここまで体力のない体を作ってしまったのかもしれない。きっとこの世界の住民はみんなタフなんだろうなと思ってしまう。
「しょうがないなあ、少しだけ休もうか」
正流君は私の隣に座る。
疲れのせいもあってかお互いに沈黙の時間が続いた。なにかしゃべったほうがいいよなと思い私は口を開く。
「ねえ、正流くん」
「なに?」
「オネエ医者が言ってたんだけどさ、『倉送り』ってなに? 陽一くんがそれにあったらしいんだけど」
「うーん、楓ちゃんにはどこから話したらいいかなあ」
正流くんはしばらく考えてから話し始める。
「この世界には『倉子様』っていう神様がいるんだけどね」
「神様?」
「うん。この世界に平和をもたらしたとされる神様がいるんだ。それそれでその神様がね、僕たちクギビトに獣の姿をあたえるんだ」
「え、ちょっと待って。クギビトが獣の姿になるのって病気なんじゃないの? 陽一くんはそう言ってたよ」
「倉子様を信じない人はそういうね。でも、倉子様を信じる人はクギビトの姿を神様からの贈り物として受け取っているよ」
「そ、そうなんだ。で、その倉子様がどうしたの?」
「その倉子様がね、時々クギビトの中から神の世界にふさわしい人を選ぶんだ。そして選ばれた人は神の世界へ導かれるの。それが倉送り」
「ふーん」
神様とか神様の世界とか、ずいぶんとファンタジックな話だなと思った。
「でさ、神様の話ではそうなんだとして、実際の倉送りはどうなの?」
「クギビトが突然姿を消してしまう神隠しの一種だってお兄ちゃんは言ってたよ」
それならば何となく理解できる。
「だとしたら倉子様ってひどい神様だね」
私は率直な感想を述べた。
「え、なんで?」
「なんでって、ある日突然人を獣の姿に変えて、しかも人さらいまでしちゃう。そんな人がいい神様だとは思えないな」
そう言うと正流くんはうつむく。
「楓ちゃん」
「ん、なに?」
「……ないほうがいいよ」
「え、なに?」
「あまり倉子様の事、悪く言わないほうがいいよ」
「え、どうして?」
「この世界のほとんどの人が、倉子様を信じているから」
「そうなんだ……」
もしかしたら正流くんが信じているものを傷つけてしまったかもしれない。そんな気がして少し気まずくなった。
「そういえば正流くんは倉子様を信じていないの? もし本当に倉子様がいて、クギビトを生み、神の世界へ導いているなら、今ゴミ山をあさっても何も出てこないんじゃないかな?」
「信じてるよ。信じてるけど……」
正流くんはため息をつく。
「なんだか、お兄ちゃんの話を聞いていると、神様とは違う形で倉子様がいる気がしてくるんだ」
「どういうこと?」
「実はお兄ちゃんね、倉送りにあう前に手紙を残していたんだ。その手紙には、『絶対に神の世界へはいかない。家族みんなで暮らしたい』って。本当に倉子様が神様なら、こんなに嫌がっている人を無理やり倉送りにするんだろうか? って思うの」
正流くんは立ち上がり、話し続ける。
「もしかしたら倉子様って、神様であると同時に別の何かでもあるんじゃないか? 何かこう……ううん、わからないけど、きっと何かの要因で生まれた現象か何かでもあるんじゃないかって。いや違うな……ごめん、うまくいえないや」
「そっか……」
神様だとするには何かしらの違和感がある。そう正流くんは伝えたいのだろうなと思った。
「……とりあえず、何があるか探してみようか! 手がかりか何か見つかるかもしれないし」
私も立ち上がってそう言う。とりあえず動けば何かしらの情報は手に入るかもしれないと思った。
しかし、現実はそう甘くはなく、ただひたすらゴミをあさるだけの時間が過ぎていった。
「どこをあさっても関係のないゴミばっかり。もうやだ疲れた~!」
私は大きなごみの上に寝転がり伸びをする。
「やみくもにゴミをあさっても仕方ないね」
正流くんはそう言いながら私の隣に座る。
「あれ? 正流くんケガしてない?」
正流くんの手首から血が出ていることを発見する。
「ほんとだ、ガラスで切ったのかな?」
「ハンカチあるからそれで止血しようか」
私はハンカチを取ろうとポケットへ手を入れる。
「ん? 何か固いものが」
ポケットの中でゴロゴロとした感触が伝わってくる。それを引っ張り上げてみると。
「何これ? ネックレス?」
楕円形のネックレスが出てきた。
「楓ちゃん! ちょっとこれどこで見つけたの!?」
正流くんは急に声を荒げてネックレスを取り上げる。
「こ、このロケットってもしかして……」
「ロケット?」
「写真を入れるネックレスだよ! これ、お兄ちゃんが持っていたのと同じだ!」
「えっ、うそ! ちょっと写真を見てみようよ!」
ロケットの蓋を開けてみると、中には陽一くんの写真が入っていた。
「やっぱりお兄ちゃんのロケットだ! クギビトになる前の写真まで収められてる!」
陽一くんの写真の隣には、目つきがよく似ている人間の男の子の写真が収められていた。これが陽一くんが人間だったころの姿なのだろう。
「でもなんで私、こんなものを持っていたんだろう……」
「わからないけど、一つ分かったことがあるよ」
「なに?」
「楓ちゃんが本当にお兄ちゃんに会っていたってことだよ!」
正流くんは目を輝かせている。探していた兄の手がかりが見つかって喜んでいるのだろう。
なぜこんなものを私が持っているのだろうか? なんだか陽一くんの件は私にも大きく関係あるように思えてきた。