6.猫の少年
「行方……不明?」
私は耳を疑った。陽一くんが行方不明だというのなら、今まで一緒にいた少年は何者だというのだろうか?
いや、待てよ。行方不明ということは、べつに死んでいるわけではないんだよな。だとしたら……。
「なら、もうすぐ会えるかもしれませんよ。私と一緒にこの村へ向かったんです」
「……だから、あり得ないのよそんなこと」
男性はいらだちながら否定する。
「ただの行方不明じゃなくて『倉送り』にあったんだから、死んだも同然なのよ!」
男性は頭を抱え込む。
「あ、あの……ごめんなさい。一体何がなんなのかわかってなくて。その、倉送りってなんですか?」
しばらく嫌な沈黙が続いた後、男性は抱えた頭をあげる。
「倉送り、知らないの?」
「はい。この世界に来たばっかりで、何も知らなくて……」
「はあ? あんた何言ってるのよ。まるで異世界人ですと言っているみたいじゃない」
ああ、やっぱり異世界から来たなんて信じてもらえないのか。
「私も信じがたいんですが、その……異世界から来たとしか説明のしようがない状況で……」
また嫌な沈黙が始まってしまった。男性は深いため息をついて口を開く。
「あなた、アタシをからかってるの? 異世界から来るなんてマンガじゃないんだから。それに、陽一に会ったなんて冗談、タチ悪すぎてちっとも笑えないわ。不快よ不快」
どうやら怒らせてしまったようだ。なんと返せばいいのか思いつかず困っていると、男性はシッシと手を振る。
「もういいわ。冗談言う元気があるならさっさとこの病院から出て行きなさい。お題はいらないから」
そして私は、病院を追い出されてしまった。
病院から外へ出ると、目の前には昭和時代を彷彿させる景色が広がっていた。舗装されていない道路、瓦屋根の家々、そしてそこで暮らす人とクギビトたち。私が知っている場所とは違うところへ来てしまったことを再認識させられる。
「これからどうしよう……」
行くあてもなく、その場にしゃがみこんで頭をかかえ、これからどうすればいいのか考えても何も浮かんでこず、気分は沈んで行くばかりだった。
「あのー……」
しばらくすると頭上で変声期が来ていないのであろう子供の声が聞こえ頭を上げると、目の前に猫の姿をしたクギビトの少年が立っていた。
「大丈夫ですか? なんだかすごく辛そうにしていますが」
悩みこんでいる私を心配して声をかけてくれたようだ。
「ありがとう。でも、話しても信じてもらえないよ」
半ばあきらめて愚痴をこぼす。子供に対して愚痴を吐くなど大人げない気もしたが、今は誰かに私の気持ちをわかってほしかった。
「えーっと、もし僕の聞き間違いでなければなんですけど……」
少年は少し勿体ぶって間を開けてから口を開く。
「あなたは、異世界人なんですよ……ね?」
「え、信じてくれるの⁉」
私は思わず少年の肩をつかみ詰め寄り、大きな声を出す。それだけ信じてくれる人がいることがうれしかったのだ。
「よかったー! 誰も信じてくれないから困ってたんだよ。帰り方もわからないし一人ぼっちで心細いしで!」
思わず少年の肩を揺さぶりながら興奮する。
「あうあうあうっ。そ、そんな完全に信じたわけじゃないですけどお兄ちゃんのことを知ってるみたいだったから」
「お兄ちゃん?」
私は揺さぶるのをやめ、少年に問う。
「はい。僕のお兄ちゃん、陽一のことを知っているようなことを病院の中で聞いたので、もしかしたらお兄ちゃんの居場所も知っているかなと思って」
「陽一……お兄ちゃん?」
私はいったん落ち着いて言われたことを整理する。
「ってことは、陽一君の弟さん⁉」
「はい。血はつながっていないですがそうなります」
「そんでもって、あのオネエ医者の息子さん⁉」
「はい。そのとおりです」
「そっかー、そうなのかー」
どうやら私は佐田家に強い縁があるようだ。
「それで、お兄ちゃんのことはどこまでしってるんですか?」
「あー、それは……実はこの世界に来たばかりのときにちょっとあっただけなんだよね。申し訳ないけど」
「それで、元気そうでしたか?」
「そりゃもう! シュラと戦っちゃうくらいには元気だったよ!」
「そうですか。よかった」
少年は安心してほっと胸をなでおろす。
「もしよければ、もう少しお兄ちゃんのことを聞かせていただけませんか? 僕、佐田正流って言います」
「私は山村楓。ため口でいいよ。よろしくね!」
私は正流くんと握手をした。