5.佐田陽一の行方
「……ハッ!」
シュラに顔を握りつぶされて意識を失ってからどれだけ時間が経ったのだろうか。私は見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました。
「目が、治ってる……」
眼鏡をかけていないせいで視界がぼやける以外は、何の問題もなく見えている。潰されたはずの右目に手を当てて見ると、ちゃんと眼球のふくらみを感じることができた。
周りを見ると、木造建築の部屋のなかにいくつか私がいるものと同じパイプベッドがならんでいた。
「なんというか、昔の病院みたい」
昭和時代をモデルにした博物館で見たことがあるような、昔の病院に近いものを感じた。
ベッドの隣にある机に私の眼鏡が置いてあることに気づき、それを手に取りかける。視界が良好になるにつれ、今私は異世界にいるという信じがたい現実を思い出していく。
「だれかいるかな?」
ベッドから降り、部屋から廊下へ出る。するとすぐ目の前に診察室と書かれた扉があった。
「えっと、失礼しまーす」
私は小声で言いながら扉を開けた。
「あら、起きたの」
診察室には白衣を着た男性が書類を書いていた。
「や、やっと普通の人間に会えた!」
私は思わず大声を上げる。この世界に来てからクギビトとシュラにしか会えていなかったため、普通の人間を見たという事実だけでこれ以上ない安心感に包まれたのだ。
「やあねえ、何変なこと言ってるのかしら」
男性はそう言いながら微笑む。ああ、口調は普通ではなかったかと少し残念な気持ちになった。
「大変だったのよ? あなたったら村の側で倒れてて、運ばれて来たときは高熱だして虫の息だったんだから」
「高熱?」
「そう、高熱」
その言葉に違和感を覚える。私はシュラから受けた大怪我でここまで運ばれて来たのではないのだろうか?
「あの、私、シュラに目を潰されてから意識を失ってたみたいで……」
「あら、シュラにあったの! それは災難だったわねえ」
男性はオーバーリアクションをとったあと首をかしげる。
「でも変ねえ。目なんて潰れてなかったし、他にも怪我してる様子なんて全くなかったわよ?」
「え?」
おかしい。仮に目は奇跡的に潰れていなかったとしても、あの状況で怪我をしていないわけがない。着せられた病衣を脱いで確認しようとする。
「ち、ちょっと! 一応異性の前なんだから着替えは向こうでやりなさいよ!」
男性は慌てて静止する。別に着替えるわけではないので「ちょっと傷がないか見てるだけです」と返した。
「もー、恥じらいってものがないのかしらこの子は」
一通り身体を見てみたが傷は全くなかった。もしかしたら陽一くんのおかげで怪我をせずに済んだのかもしれない。
「そういえば、私はどうやってこの村まで来たんですか? 陽一くんが運んで来てくれたわけでもなさそうだし……」
そう聞くと、男性の表情がこわばった。
「あなた今……陽一って言ったかしら?」
「え? は、はい」
今の発言がなにかマズかったのだろうか?
「一応確認なんだけど、その子の苗字って佐田かしら?」
「はい、そうです。……何かあったんですか?」
男性は深いため息をついて天井を見上げる。
「……ごめんなさいね。ちょっと今頭が混乱しているの」
混乱しているといえば私もずっと混乱しっぱなしなのだが、それ以上に混乱しているような表情をしている。
「うそでしょ……ありえないわよそんなこと……」
男性はぶつぶつと独り言を言っている。
「あの、大丈夫ですか?」
「うーん、大丈夫と言ったら嘘になるわね……」
「陽一君に関して何かあったんですか?」
男性は深呼吸をしてから口を開く。
「ちょっとね。その子、アタシの息子なんだけどね。まあ、息子って言っても実の子じゃなくて養子なのだけれども……」
この人に子供がいるなんて意外だと思った。そして、次の言葉で私は耳を疑った。
「陽一は、6年前に行方不明になっているのよ」