2.狐男
急に体が痛み出し、私は目を覚ました。
目の前には綺麗な青空が広がって入る。私は助かったのだろうか。
「えっ、どこ? ここ」
身体を起こすと辺り一面捨てられたゴミでうめつくされていた。目の前には私が入っていた冷蔵庫が転がっており、鍵が壊れたのか扉が開いていた。
「もしかして、最終処分場に運ばれて来ちゃったのかな?」
おそらく私はあの後、冷蔵庫ごとゴミ収集車で運ばれ、この最終処分場に投げ捨てられたのだろう。そして運良くその衝撃で扉が開いたといったところなのだろうか。
「あれ!?スマホがない!」
現在地を調べようとスマホを手にしようとするが、ポケットはおろか、冷蔵庫の中からもなくなっていたのだ。
「やだなあ、どこいっちゃったの?」
周りを探しても全く見つかる気配がない。諦めてここから動こうとしたときだった。
「これ、お姉ちゃんの?」
少年の声とともに、私の目の前に探していたスマホが差し出された。
「これこれ! ホントありがとう!」
スマホを手にするとき、私の手が少年の手にあたった。ふわっというか、もふっとでもいうような、人の手にしては妙な感触が伝わった。
「ん? なんか手が……」
よくみるとその手はフワフワとした黄色と茶色の毛に覆われていた。おそるおそる顔の方を見てみると……。
「どうしたんだ? 大丈夫か?」
人のものではない狐の顔が見えていた。
「ん? んんん?」
思考が追いつかず、数秒間考えたのち、
「うおああああああああ!!?」
仰天すると同時に手元にあった木材を掴み狐男の顔面を殴り飛ばした。
勢いよく狐男は仰向けに倒れこむ。
「……し、死んだ?」
なぜ目の前に神話に出てくるような獣人がいるのか全くわからない。だがきっと私はこの目の前にいる化け物に餌として目をつけられているのだろう。
「いってぇ、いきなりなんて事」
「うああああああああ!」
「ぎえっ!」
狐男がおきあがってきたので脳天に木材をお見舞いした。
「うう……うああ……」
狐男は頭を抱えて苦しんでいる。このままトドメを刺すべきだろうか?
少し考え、私はトドメを刺すのをやめた。スマホを差し出してきたのは、私をはめるためかと思ってしまっていたが、もしかしたら本当に善意で動いているのかもしれない。化け物とはいえ善人を殴り殺すのは気がひける。
「ええっと……大丈夫?」
とりあえず声をかけてみることにした。あんなに思いきり殴ったのだから大丈夫なわけがない。だが今はこの言葉しか思いつかなかった。
「その……ごめんね。君みたいなの初めてみるからビックリしちゃって」
苦し紛れに理由を話す。
痛みが引いてきたのか、狐男はイテテと言いながら体を起こしてきた。
「俺みたいなのをみるのが初めて? 本気で言ってるのか?」
「う、うん」
狐男が近寄ってきたので、木材を構え直しながら返事をする。
「うっ、その木材どこかに捨ててくれないかな?」
「ごめん、無理! やっぱり怖い!」
お互いに緊迫した中で沈黙が続く。しばらくすると狐男はまさかといった様子で口を開いた。
「……もしかして、クギビトのこと知らない?」
クギビト、それは初めて聞く言葉だった。私は無言で頷く。
「だからか、確かに知らない人から見たら怖いかもな、こんなの」
狐男は苦笑いをする。怖がられたのがショックだったのか、目は悲しそうだ。
「ひどいこと言ってごめんね。あの、一つ質問してもいいかな?」
「なに?」
もっとも気になる事柄を解決すれば、少しは気が楽になるかもしれない。そう思い私は質問をする事にした。
「私のこと、食べたりしない……よね?」
「はあ!?」
この質問があまりにも意外だったのか、大声で返される。万が一この問いの答えがイエスだったときのために備え、木材を構え直す。
「なんでそんなカニバリズムをしなきゃなんないわけ? 嫌だね絶対に食いたくない!」
「……そうなの?」
「当たり前だろ! お前、発想が気持ちわりいよ」
完全に引かれてしまった。とりあえず答えはノーだったので、私は構えを解いた。
「ふう、やっと信用してくれたか」
私が構えを解くのを見て、狐男は安心したのか地面に座り込んだ。
「俺は元々人間なんだから、人を食うような真似はしないって。わかったか?」
「うん。わか……ちょっと待って。きみって元人間なの!?」
今度は私が大声で返してしまった、人間が狐男の姿になる。そんな美女と野獣みたいな事が現実に起きているだなんて。
「だから言ってるじゃんクギビトだって! あ、そうか。クギビトのことを知らないんだった。そこから説明しなきゃいけないのか。めんどくせーなあ」
元人間の狐男は、少しめんどくさそうに説明を始める。
「ザックリ説明すると、昔から流行り続けてる奇病でこんな姿になっちゃうんだ。見た目が変わるだけだから、あまり騒ぎにはならないけど」
昔から流行っている奇病でこんな姿になる? 騒ぎにならない? いやいや、こんな事が起きたら絶対ニュースとかで大騒ぎになるはず。
「うーん、なるほど分からん」
全く頭が追いつかず、私は考えることをやめた。とりあえず今はスマホを拾って帰り道を探すとしよう。
「とりあえず拾っとかなきゃ。確かこの辺にスマホが……ああっ!」
スマホを探すため辺りを見渡すと、近くに水路があり、スマホはそこに浮かんで流されていた。
「あれってそんなに大事なものなのか?」
「当たり前でしょ!」
私は狐男を横切り、足場の悪い中よろけながらスマホを救出せんと走った。しかし努力むなしく、スマホは水路の穴の中に入り込み、深い闇の中へと消えてしまったのだった。
「あっ、うそっ! ああ、ああー……」
「流されてったな」
私は膝をつき、ガックリとうなだれた。
「えーっと、あー……ど、ドンマイ!」
狐男は私の肩に手を当てて慰めてくれた。きっと私は善人を殴ったバチがあたったのだろう。
「これじゃ地図見られないし、どうやって帰ろう……」
私が落ち込んでると、狐男は「もしかして、迷子なのか?」とたずねてくる。
「まあ、そんな感じかな」
狐男は少し考えるそぶりをしてから、
「じゃあさ、とりあえず俺の村まで送るよ。ここにいるよりはマシだろうからさ」
そう言って私に手を差し伸べた。
「え、いいの?」
「もちろん!」
「あ、ありがとう」
私は手を握り返す。小さくてあたたかな、そして少し毛のくすぐったい感触が伝わってきた。
「さっきは殴ったりして本当にごめんね。私は山村楓」
「後でお菓子でも奢ってもらおうかな。俺は佐田陽一」
先ほどまで警戒していたのが嘘のようだと自分でも思った。
今、私はどんな状況にいるのかはよくわかっていない。だが今はこの狐男、陽一くんのお世話になることにした。