プロローグ:母の願い
「一緒に生きたい人がいます。私の娘、山村楓です」
一児の母である私はゆっくりとそう言った。
なぜ娘、楓は死ななければならなかったのか、疑問と同時に怒りがこみあげてくる。楓の悲惨な死は私の胸を残酷にえぐる。
警察の話では、顔を見ただけでは本人であることが確認できないほど損傷が激しかったそうだ。そのため、楓の死に顔を見ることができなかった。
何度も死んだのは別の誰かだということを信じたかったが、司法解剖により歯の治療痕から楓本人であることを認めざるを得なくなってしまった。
「おなかに戻したら、また生まれてきてくれるかしら」
遺骨を納めたばかりの墓の前でぼそりとつぶやく。
「姉さん、受け入れるのはまだ難しいかもしれないけど、楓ちゃんのためにも前を向かないと」
私の弟、河田勇が声をかける。
「そんなことよく言えるわね! 親よりも先に死ぬなんてどれだけつらいか、子供がいるあなたならわかるでしょ!」
思わずヒステリックになって叫んでしまう。叫ばなければ気がおかしくなってしまいそうだった。
「ご、ごめん……」
勇は黙り込んでしまった。そのまま、しばらく気まずい時間が流れた。
「なぜ楓なの……何も悪いことはしていないのに……」
娘は冷蔵庫に押し込まれた状態で発見されたらしい。暴れた形跡があったことから、何者かに無理やり押し込まれたのだろうという話だった。
「息もできなくて苦しかったろうに……」
もし楓の代わりに私が死ぬことができたのならば、喜んでその役を引き受けただろう。だが、代わりになることは願ってもかなわないことであるのは明らかだった。
「姉さん、ハンカチ使って」
勇がポケットからハンカチを出して私に差し出した。それを見て初めて自分が泣いていることに気づいた。
「怒ってごめんなさい」
「仕方ないさ。突然のことだったんだもの」
涙をぬぐうだけだったつもりが、ハンカチに顔を当てて思い切り泣いてしまった。
「泣きたいだけ泣いて。少しでも楽になれたらいいよ」
「うう……うううっ……」
しばらく泣き続けたあと、ふと空を見上げた。
「……楓は、あの世で元気にしているかしら」
「元気にしてるさ。きっと」
そして私は墓を後にし、帰路についた。