辺境の朝
ルルティア・ノルンの朝は早い。
太陽が地平線から顔を覗かせる、その遥か前に起床する。
誰に強制されたわけではない。
自然と身に着いた習慣によるものだ。
うっすら眼を開けると、まだ薄暗い室内が見える。
必要最低限な家具のみが置かれた粗末なログハウス。
ベットの傍らに掛けられている、使い込まれた古びた剣。
その事を認識すると曖昧だった意識が瞬時に覚醒。
心地よい毛布の感触を和み惜しみながら跳ね除ける。
無意識の内に周囲の気配を探り、害意が無い事を把握し安堵する。
「ん~よく寝た」
簡易寝台から起きるとゆっくり身体を伸ばす。
強張っていた筋肉が解きほぐされ、抑制されていた腱が軋みを上げて解放される快感。
深呼吸後に軽い柔軟運動で身体を温めるとまずは衣服を着込む。
仕立てはいいも、幾度も洗濯に晒されたその服は色落ちしてて少しみすぼらしい印象を受ける。
だがルルは気にしない。
大事なのは耐性と保温性。
見た目は二の次なのだ。
「まずは朝ごはんの準備をっと」
暖房器具兼調理器具でもあるストーブに近寄り、薪をくべる。
勢いを無くしほぼ消え掛かっていた火が激しく焔を灯す。
炎が躍るように揺らめく様子にルルは満足げに頷くと、昨晩の残りであるシチューの入った鍋を乗せる。
顔なじみになりつつある街食堂の女将さんがお裾分けしてくれたシチューはよく煮込まれていて、2日目でも芳醇な香りを立て食欲を刺激する。
これなら固いパンも極上のお供になるに違いない。
今日も朝からご機嫌な朝食が食べれそうだ。
「さて、待ってる間に一仕事しちゃおう」
一人暮らしゆえに独り言が多くなる。
そんな事すら斬新で嬉しく感じ、ルルは喜々として装備を身に纏う。
衣服の上に下地のついた鎖帷子を頭からかぶりフィッティング。
猫みたいに身を震わせベストポジションを探る。
具合が良くなったら次はインバネスを羽織る。
衝撃吸収に優れたこのインバネスは下手な鎧よりよっぽど頑丈だ。
足元は金属で補強し頑強な作りのブーツをしっかり装着。
念の為に靴下は厚手の物と薄手の物、2種類を履いている。
各種ポーション等の入ったポーチをベルトに止め、最後に剣帯と共に剣を差す。
新卒の兵士なら数分は掛かるであろう作業をルルは10秒と掛からず終了した。
「それじゃ行ってきます」
誰かに対して挨拶をしている訳ではない。
しかし住み始めて半月経ったログハウスに毎回律儀に頭を下げルルは出発する。
レムリソン大陸辺境の冒険拠点フェイム。
街外れの森に住み着いた地味系冒険者ルルティア・ノルンのそれが日常だった。