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 護衛官たる者、己が命を投げ捨ててでも護衛対象を護り、逃す事。

 例えその護衛対象が知己の存在でなくともこれは遵守され、優先される。


 この教えは護衛官なら誰もが知っている教示みたいなものだ。

 しかし、俺はこの教えを全護衛官が守れるかと聞かれれば、守れないだろうと断言する。

 人間というのは誰も彼も親しい人間が危機に陥っていたら、助けに行くものだと思っている。

 それは心のどこかで、親しい人間と赤の他人を比べ、優先順位をつけ、頭で考える前に体が勝手に動き出すのだろう。

 それに関しては俺も例外ではない。

 俺だって貴族のむさいおっさんよりもヒュアやノマさんなどの美人な女性を優先するだろう。

 しかし、比べるものが自分の命だった場合どうだろうか。

 大多数の護衛官は正義感と自己犠牲の塊だ。

 恐らく、悩みはするだろうが、助けに行くだろう。

 だが、俺は違う。

 自分の命が一番大事で、尊重されるべきものだと信じている。

 幼き日、もう顔も覚えていない父からこう教わったからだ。


『所詮、肉親と言えど赤の他人。家族?友人?恋人?そんな物クソ食らえ。最後に信じられるのは自分自身。己が命を優先するのが人間ってもんだ。俺もお前の命より自分の命の方が大切だ。混沌としたクソみてぇな世界だからこそ、信じるべきは自分なんだよ』


 誰だって自分が可愛いのだ。

 それが人間の本性というべきものだろう。

 本当の危機に直面した時、友人や恋人を大切だと言ったそいつらの化けの皮がきっと剥がれる。

 そうしてこういうのだ。


「こいつはどうなっても良いから助けてくれ」とな。


 ギリギリになってそんな事をのたまうのなら最初から助けないと決めている方がいくらかマシだろう。


 少し話がずれたが結局俺が言いたいのは、元より己が命を一番と考える俺は目の前で盗賊たちに囲まれ、手枷を付けられ、ぐったりと倒れているクリスティナを|見捨てても良いのではないか《・・・・・・・・・・・・・》と思っているということだ。



―――――



 王都への道中は何とも快適だった。

 地面が前日に雨が降ってぬかるんでいるという事も無く、馬車は硬い地面の上をゴトゴトと軽快な音を立てて走る。

 天候も崩れる様子は無く、雲一つ無い快晴で、なんとも清々しい風が窓から吹き込む。

 もし、依頼を受けていなければ、今頃馬車乗合所で不特定多数の人物と肩を寄せ合い、窮屈な空間の中、おっさんの顔を見ながら王都に向かっていた事だろう。

 少なくとも美人の顔を見ながら数日間過ごせるだけでも依頼を受けてよかったと思える。


「ねぇ…貴方本当に護衛官?」


 ジトっとした疑いの目でクリスティナが俺を見るのには理由がある。

 大男と出発時に一悶着あったのだ。

 大男はクリスティナが王都で捕まえた正規雇用の御者ではないらしい。

 が、それでも貴族様を馬鹿にしたような俺の行動に腹を立てたようだった。

 俺にとっては大した事は無く、ヒュアと同じ対応をしたつもりなのだが、何か不味い事をしたらしい。

 大男の方が怒って何かを言い掛けたが、クリスティナがそれを諌めた経緯がある。


「いや?俺はもう護衛官を辞めた人間だ」

「それでも訓練校に居たのでしょう?何を習っていたのよ…」


 訓練校では貴族に対しての礼節についての座学もある。

 それの事を言っているのだろうが、生憎と俺はそんなつまらない座学はサボるか寝ていたから知らない。

 公の場では一応自制するつもりもあるが、こんな個人的な馬車内で畏まる必要も無いだろう。


「集団行動の不必要性について」

「何よそれ、全く興味が湧かないわ。…暇だから何か面白い話でもしてよ」


 護衛官は常に護衛対象と一緒に居るのだから、話術も求められる。

 楽しませる事も仕事のうちなのだと言う。

 面倒なと思わないでもないが、実力や礼節を求められるよりずっと良い。


「仕方ねぇな…とっておきだぞ?」

「おぉ~」


 どうせこのまま進んでいても窓から景色を楽しむしかないのだ。

 初めの内はそれも良いかもしれないが、どこまでも続く平原を眺めていても飽きが来る。

 それなら話でもしていた方が幾分か気が紛れるだろう。

 これはとっておきの話でこの嬢ちゃんも気に入る事間違い無しだ。


「これは護衛官の中では有名な話なんだが―」



 それはとある新米護衛官の話だ。

 新任という事もあり、派遣されたのは領地も持たない小さな屋敷に住む貴族様だった。

 鬱蒼と茂る森の中に建つその貴族の屋敷は誰も住んでいないように見えて、どこか不気味さを感じさせる物だったらしい。

 それでも初日という事で気合を入れてその屋敷の扉を叩いたのだった。


 彼は身なりの良い執事に迎えられ、部屋を宛がわれた。

 その部屋は護衛官の身分では考えられないような豪華な部屋で彼は大層歓喜したそうな。

 男は荷物を置き、自分が護衛する主人の下へ挨拶をしに行こうとしたのだが、その道中、執事によって護衛対象の体調が悪いと聞き知り、部屋で待機を命じられる。

 その後も何かにつけて男は護衛対象とある事が出来ず、数日が経ったある日。


 新任護衛官は夜、執事が居ない事を良い事に護衛対象に会う事にした。

 蝋燭で照らされた廊下は不気味さを増し、揺れる影が不安を煽る。

 護衛対象の外見は聞いていた。

 病弱な少女だと。

 だから余り外に出られないのだと。

 しかし、それはおかしいのだ。

 外に出られない貴族に回るほど護衛官の数は多くない。

 ならば何か理由が在るのだろう。

 そう思い、男はその少女の部屋の前に着いた。


 深呼吸の後、男は数度、扉を叩く。

 しかし、どれだけ待てども返事が無く、恐る恐る扉を開くとそこには少女が食事をしている姿があった。

 なんだ居るじゃないかと少女に近寄る男が目にしたのは―あの執事の顔があったのだ

 少女が食べていた皿には執事の首より上がそのまま乗っていたのであった。

 



「男は「ぎゃあああああああああああ!!!!!!」と―」

「きゃあああああああああああ!!!!!!」


 俺の話に引き込まれていたクリスティナは俺の叫び声に驚いた様である。

 まだこれからだというのに感受性が豊かな嬢ちゃんだ。

 これから男の逃走劇とオチをまだ言っていないのに・・・。


「もうやめてぇ…面白くないし恐いじゃない!!」

「何?俺の相部屋の奴は大盛り上がりだったぞ?部屋の隅に行って耳を塞ぎ、涙を流して喜んでいたというのに」

「それ絶対恐がっているじゃない!」


 馬鹿な!?

 俺は好意で話したというのにあいつには嫌がらせで届いていただと!

 仕方ない、この話は封印して新しい話でも考えるか。

 実際、俺が考えた話だから全く有名でも事実でもないのだが、そう言った方が反応が良いからな。

 次作る時もこの方針でいこう。

 そう決めた時、馬車の速さが緩やかに変わり、馬車を操作している大男から声が聞こえる。


「クリスティナ様、喉は渇いていませんか?少しばかり木陰があるのでそこで休憩を挟もうと思うのですが」

「えぇ、お願い」 


 俺も話をしたからか、喉に潤いが欲しいと思っていたところだ。

 ご相伴に預かろう。


 そこは王都に行く道程の途中にある森の手前だった。

 この森を迂回しても良いのだが、急いでいるのなら突っ切った方が多少早い。

 問題があるとすれば、盗賊が出るということだ。


 だが、それも近年、数をグッと減らしている。

 何故なら大規模な街道の整備が始まったからだ。

 街道をより安全に行き来し易くするための整備で、この森も同時期に切り開き、街道を作ったのだとか。

 その時、潜伏していた大勢の盗賊が捕まったらしい。

 だがそれでも逃れた者いる事も事実。

 比較的安全になったとは言え、その数をゼロにする事は叶わないのだ。


「ふぅ、空気がおいし~!」


 クリスティナは馬車を降り、深呼吸を繰り返す。

 流石に窓を開けているとは言え、馬車の中は空気が篭り、その狭さに息が詰まるというものだ。


「ん~!日差しも気持ちいいし、日向ぼっこでもしたい気分ね」


 グッと伸びをする事で女性の象徴とも言える丸みを帯びたそれが強調される。

 ヒュアのそれを知っている俺としては彼女があれを見た時、どんな気分だったのだろうと思い馳せてみる。

 すると自分のそれを押さえながら恨めしそうにクリスティナのそれを睨む彼女が容易に想像できた。

 悲しきかな、神様は平等ではないのだ。

 ヒュアもまだ成長期だろう、俺は応援しているとしか言えない。


「クリスティナ様、これを」


 大男が茶の準備をしていたらしく、それをクリスティナに渡す。

 芳しい紅茶の香りが俺の鼻にも届いた。

 紅茶を一口飲み、ほっと息を付く彼女の姿はどこか幻想的で絵画のような美しさを感じさせる。


「ほらよ」

「お?」

「おいしいから飲んでみなさい」


 クリスティナが気を利かせて俺の分も用意させたようだ。

 彼女が一番好きな茶葉で自分で選んだのだと言う。

 鼻を近づけると湯気に混じり、仄かに香る甘く爽やかな香り。

 口に含むと上品な渋みと深みを感じさせてくれるそれは、一口で高級品だと分かる。

 だが―


「ん?」


 おいしいのは間違い無いのだが、紅茶の香り高さにどこか雑味を感じる。

 まるで本物の中に偽者を紛らせたような感覚がしたのだ。

 だが、貴族のクリスティナが選んだ物が偽者であるはずも無い。

 勿論、このお嬢様が味音痴でもなければの話だが、それはありえないだろう。

 事実、この茶葉は高級品だと庶民の俺でも分かる。

 なら何故…そう思った時には既に遅かった。


「クソッ!!」


 身体に力が入らず、視界が歪んで見えるのだ。

 この暖かな気温にやられ、眠くなった訳ではない。


「あ…れ…?」


 クリスティナも耐えることが出来なかったのか、揺れていた身体が横に倒れ、ぐったりと意識を手放した。

 思った以上に強力なものを盛られた(・・・・)ようだ。


「テメェ…」

「…」


 目の前で無表情に無言で見下ろす大男を睨む。

 本来なら俺が一般的に普及している薬程度で意識を落とす筈が無い。


 こいつ、どうやって裏の薬(・・・)を手に入れた!

 クソッ、意識が保てねぇ…。


 薬が体の血液に乗って回っていくのを感じる。

 まだ、落ちる訳にはいかねぇんだよ!!


「!?」


 大きく振りかぶり驚いた顔をしている大男に向かって一発殴る。

 しかし、その一撃に覇気はなく、重さも無い。

 そんな攻撃が通じるかと聞かれれば、当然、効かないのだ。


「ぶっ!!」


 俺は顔面に一発貰い、意識はそこで途絶えた。


 クソッたれ…。

仕事終わって飯食って風呂入って出たら寝てた

そしたら頭の中には投稿するって事がさっぱり消えていたとさ

遅れてすまぬ

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