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「護衛官様?」
ノマさんは対客人用の言葉遣いで対応する。
彼女の疑問は尤もだ。
訓練校なら護衛官など有り触れているだろうと思うかも知れないが、実はそうではない。
本当にいるのは日夜、護衛官を目指して互いに研磨し合う訓練生か、その訓練生に技術や心得などを教えている現役を引退した元護衛官しかいないのである。
後、正式と呼べる護衛官はいない為、訓練校に護衛依頼が来る事はない。
例外としてヒュアだけが護衛官、つまり俺を傍においているが、これは貴族故に自分の身を護る為あり、誰かに貸し出す為にあるのではないのだ。
「間違っていらっしゃらない?」
「いえ、貴族様がご友人から伝言を授かっているそうで――」
「――ヒュアからその護衛官がもし集合場所に来なかったら寮に行くといいって聞いてるの」
御者の男の後ろから鈴の音のように軽やかで涼しげな女性の声が聞こえてきた。
男が大き過ぎて気が付かなかったが、後ろに件のお嬢様がいた様である。
腕の横からひょっこりと顔を出し、おどけて見せるその少女。
「ク、クリスティナ様!?馬車でお待ち下さいと申した筈ですが、何故ここに?」
「だって貴方、その護衛官の特徴知らないじゃない。それに馬車に私一人にするって危険だと思わない?」
「それは…」
目の前の大男に一歩も引かず、堂々と主張を言ってのけるその少女が恐らく、クリスティナお嬢様だろう。
口ごもる御者の後ろから出てきた彼女はヒュアという美少女を見慣れている俺でさえ、目を引くほど見目麗しい。
肩口で切り揃えられた金髪は綿毛のようにふわりとし、一点の雲さえ見つからない青空を思わせるような青玉色の瞳に長い睫毛。
すらりとした四肢はきめ細かい絹のような肌をしており、美術品のように完璧な女性像を体現していた。
ヒュアの話を聞いた時の印象通り、虚弱的な部分は一切見えず、活発さがにじみ出ている。
ヒュアが月だとすればこの娘は太陽といった具合に対極的に見える事だろう。
どうやってヒュアと仲良くなったのか聞いてみたいぐらい二人は両極端な印象だ。
「ん~、貴方が今回私を護ってくれる護衛官ね?」
「あ?」
「この者が…ですか?」
御者の男が俺を指差して言う。
おい、どういう意味だコラ。
「うん、ヒュアに聞いた通りの見た目だもの」
「目付きが悪いこの者が…」
事前にヒュアと話し、俺の特徴を聞いていたようだ。
それにどうせ遅刻するだろうという予想も。
この二人は訓練校前で俺が来るのを待っていたらしく、なかなか来ない俺を迎えに来たそうだ。
何か事情があって動けないのかと思えば普通にいるので驚いたとか。
このお嬢様はヒュアの話を聞いた時、「優秀なのだからと遅刻などしないだろう」と半信半疑だったようだが、実際その通りだったので何とも微妙な気分になったのだとさ。
まぁ、残念だったな。
俺はこういう人間なんだ、直すつもりも無い。
後、ちょっと気になったのだが。
「聞きたい事があるんだが、良いか?」
「おい、貴様!クリスティナ様に向かってなんて口の利き方を!」
「貴方は黙ってなさい。口の悪いのは元々聞いているもの。で、何かしら?」
「別に大した事じゃないんだが、あいつ俺の事なんて言っていた?」
最後なのだから当然、美形だとか言ってくれてるに違いない。
俺とあいつの仲だ。
五年以上も護衛していればそれもう、良い所を全て知ってくれているだろう。
俺だってあいつの良い所言えるぜ?
良い所かどうかは分からんが、小さい事。
どこがとは言わないがな。
後は………そうだなぁ~…。
………。
と、ともかく、良い所知ってるんだ。
あいつだってそうだろう。
「あ~…聞いちゃう?」
クリスティナの反応が何とも歯切れ悪く、妙に困った表情をしている。
視線を天井に向け、どうするべきか悩んでいる風に見えた。
「何だ、問題でもあるのか?聞いているのは俺だ、そのまま答えてくれたらいい」
どうせ褒め言葉しか出てこないから躊躇う事は無い筈だ。
俺の返答に納得したのかクリスティナは話し始める。
「じゃあヒュアから聞いた事そっくりそのまま言うね。傷ついても知らないから。おっほん、『クラークという奴はな、女好きだ。気を付けるのよ、近寄ったら妊娠すると思った方が良いわ。後、雰囲気からしてダメ男ね。助けたら最後、骨の髄まで食い尽くされるわ。助けないのが一番ね。それと一番の特徴はあの目よ。殺人鬼のように鋭くて釣り上がってるの、恐いわ。後ね…女好きで女垂らしよ。後は…女―』」
「もう止めて!俺の精神が削られていく!!」
ヒュアとの会話は思った以上に酷かった。
誹謗中傷、罵詈雑言。
唯の悪口だった。
それもその殆どが外見的な特徴ではなく内面的なものでそれが余計に傷付く。
ノマさん、俺、心が折れそうだ…。
って何ノマさん頷いてんの!?
否定してくれよ。
いや、微笑まれても…可愛いけど!
俺に仲間はいないのか…。
俺はがっくりと項垂れる。
ヒュアめ、絶対に今度会ったら俺も馬鹿にしてやろう。
「ってそんな事よりも貴方大層、優秀らしいわね」
クリスティナは落ち込んでいる俺を見兼ねたのか話を変える。
まぁ、このまま落ち込んでいても話が進まんから乗ってやるが。
「あ~…」
どうせヒュアの護衛をしている時の話でもしたのだろう。
約五年間でまあまあ色んな事があったからな。
ヒュアはそれを凄いと褒める事も多かったが、そんなものは幼き時の幻想だ。
実際、ヒュアの護衛官について間もない時にあった事件は技術も勉強もしていないのに解決した。
それが幼いヒュアの中で優秀に位置付けられる事だったのだろう。
だが、本当は相手が弱かったか、馬鹿だっただけで俺の力じゃない。
その話とクリスティナの中の印象を会わせるとアストノア家長女の護衛ともなれば、全護衛官の中で上位に食い込むほどの優秀な人間だと思ったのだろう。
確かに護衛官の中で優秀という言葉は間違ってはいない。
優秀は優秀でもその前に文章が付くのだがな。
「どうしたのよ?」
「俺、一般的には優秀な部類じゃねぇよ?」
「は?」
クリスティナは貴族らしからぬ間抜け面を晒している。
俺の言葉の意味を捉えかねているようだ。
そりゃそうだろう。
友人から聞いていた事と全く違う事を本人から言われたのだから。
俺だってそんな状況になれば、同じ様な反応をすると思う。
「いや、説明不足だな。ヒュアの護衛の中じゃ一番優秀だ。俺しかいないと言う前書きを無視すれば、な」
「え?…えぇぇええ!!!!」
どんな風に話したのか知らないが、恐らくヒュアの伝え忘れか、もしくはわざと言わなかったのだろう。
そこにどんな意図があるのか俺には分からない。
あいつの事だ、何か意味があるのだろう。
ただ、楽しんでいる可能性も捨てきれないが、まぁ気にすることは無い。
俺が優秀にしろ、そうじゃないにしろ俺のやる事は変わらないのだ。
「ま、俺が死なない程度には助けてやるよ」
「何よそれ~…。全くヒュアってば………………のよ…ぶつぶつ」
「ん?」
クリスティナがヒュアにぐちぐちと文句言っている間に話に付いて来れず、置いてかれているノマさんに別れを告げておく。
話すつもりは無かったが、仕方ない。
誤魔化しても良いのだが、俺が帰らない事に心配されても困るしな。
「ノマさん、世話になった」
「えっ?」
俺は日常会話の延長上のように別れを告げる。
どうして別れの言葉が出てくるのか分かってないのだろう。
彼女にしてみれば、ヒュアの護衛の時と同じ様に俺がまた戻ってくると思っているのだ。
何も話していないのだから当然だろう。
「実は俺、今日で訓練校辞めるんだよ」
これ以上の言葉は要らない。
必要以上の会話は別れが辛くなるだけだ。
俺じゃなくノマさんがね。
愛しの俺がどこかに行くのだ、寂しいだろう。
「そう…」
ノマさんは目を伏せ小さく呟くのみであった。
驚きもせず、「すっきりするわ」と茶化すこともせずに。
あれぇ?
本当に悲しそうなんだけど。
色男は辛いですな、はっはっはっ。
………。
『ま、気が向いたら帰ってくるさ』
…なんて言えたらどれだけお互いに楽な事だろうか。
俺の口からそれが零れる事とは無い。
零してはいけないのだ。
それは絶対に叶う事の無い嘘なのだから。
「俺は先に行くぞ」
「えっ?ちょっと!貴方待ちなさいよ!」
「…ノマさん、じゃあな。教官にもよろしく言っておいてくれ。あの人は俺が唯一尊敬できる教官だからよ」
「クラーク君…」
「無視するな!」
クリスティナに声を掛けて置き、教官への伝言も残しておく。
そして俺は騒ぐクリスティナを残して踵を返し、学校前に止めてある馬車に向かいこの場を去る。
別れの言葉はこれで良い。
ヒュアの時と同じ様に後ろを向かない。
後の話は聞いていたであろう大男とクリスティナがするだろう。
やはり別れって言うのは慣れないものだ。
頭上の大空は別れの湿っぽさと真反対に清々しく晴れやかな天候だった。
明日も投稿します。
で、まぁ一応キャラ紹介でも書こうかと。
キャラ紹介のページ作ってもいいんだけどどうせ余り読む人居ないだろうし
ここならしおり挟んで、閉じればいいから
勿論、出てきてない人は書くつもりは無いけれど
ネタバレ含むかも知れないので嫌な人はそっとじ推奨
以下キャラ紹介です
クラーク・????
本作品の主人公。
人を馬鹿にしたような態度で不真面目そのもの。
女の子大好き、お酒大好き。
昔は荒れていた時もあったが、ヒュアのお陰で普通(?)になれた。
荒廃していた場所で生まれ育った為か、第六感が異常なほど発達しており、特に自分の命が関わる事の場合、更にその直感は確実性を増す。
狂気を内に秘めており、命のやり取りがしたくなる時がある。
しかし、生き延びる事が何よりも大事だと思っている。
その二つが矛盾している事は本人も自覚しているが、気にしていない。
口癖ではないが、モットーは「俺が死なない程度には他人を助ける」。
つまり、死ぬぐらいなら他人は見捨てると言う事。
結構、あくどい部分もある。
刹那的快楽主義者。
所謂、今が楽しければそれでいいタイプ。
ヒュア・アストノア
メインヒロイン①
幼い時から将来有望と家族に期待されていた才女。
天才でありながら、努力を惜しまない完璧な女性。
容姿も優れており、その美貌と頭脳に求婚は絶えないが本人にそれを受けるつもりは一切無い。
ただ、貴族社会において女性で若く実力があるというのは嫉妬の対象である為、それなりに苦労もしている。
外交官の父親から自領の訓練校の経営を任されており、国内でトップの護衛官排出率を誇る。(これも妬みの原因)
欲しい物は何が何でも手に入れるし、幾ら大金を積まれても手に入れたものを手放すことは無い。
その優秀さや多忙な毎日から友人が少ないが、その数少ない友人に対しては情に厚く、大切にしている。
父親が「保守の穏健派」な為、彼女もその派閥に入っている。
アルディン教官
メインキャラ以下モブ以上のサブキャラ
ムッキムキのゴリッゴリな筋肉達磨もといゴリラ。
四十を越えているにも拘らず、その肉体は衰える事無く、今尚増えている。
美人な奥さんと可愛い(父親に似てない)娘を持つリア充。(・・・爆発しろ)
現役を引退する時、ヒュアに誘われ教官になった。
引退を決意した理由が「娘が帰りを待っているから」らしい。
情に厚く、不良生徒であっても見捨てず、全教師が見放したクラークでさえ、彼は指導に尽力した。
口には出さないが、クラークが尊敬するほど、いい人。
彼を掘り下げることは無い(たぶん)
ノマ・リベット
サブキャラ
訓練校の寮母さん。
二十三歳、未婚、彼氏いない。
美人で巨乳で優しい為、訓練校のある種アイドル。
男子ばかりの訓練校に入学する妹が心配でヒュアに頼んで寮母になったが、妹が卒業した後もまだ寮母をやっている。
彼女曰く、楽しいかららしい。
一応貴族であるが、爵位も低く、知名度も無い為、庶民と余り変わらない生活をしている。
普段は優しいが怒ると怖い。
本作品を書く前のプロットの段階ではあらあら系おっとりお姉さんだったが、男子寮の寮母でそれは無いだろうという事であの性格に。
掘り下げる事は無いだろうが、アルディン教官よりSSを書く可能性は高い。
何故か?男性より女性を書きたいからですが?
まだ登場していないキャラは多数いるからまた書くよ。
適当に書いたからちょっと良くわかんない所もあるかもだけど
まぁ、気にしないで