7
「眠い………まだ時間大丈夫だろ……お休み…」
ヒュアに退職を伝えた十日後の早朝、俺は二度寝した。
―――――
………。
……。
…。
…扉の前に誰かいるな。
寝ていた俺は気配を感じ、目を覚ました。
他の訓練生は四人一組の部屋割りだが、俺は一番端の二人部屋を使っている。
ヒュアが気を利かせて、出来るだけ人数の少ない部屋を用意してくれたのだが、それが他人から見れば贔屓に見える事を彼女は分かっていないらしい。
まぁ、それは置いといて、その二人部屋も一人は先に卒業して俺一人で使っている。
誰かが前を通る事もないし、忘れ物を取りに帰ってくる者もいないとなると、ここを訪れる人は限られてくる。
どうせ、ノマさんだろう。
そう思っていたら扉をコンコンと二度叩く音がする。
そして、扉越しに若い女性の篭った声が聞こえた。
「起きなさい!皆もう登校しているのよ!」
案の定、ノマさんの声だった。
女子が殆どいないこの訓練校の寮の紅一点。
俺らと歳もさして変わらず、美人で巨乳な寮母さん。
家は一応、貴族だが、無名で地位も低く、ノマさん自体名家の侍女をしていたが、妹が訓練校に入る為、それに連れ添って来た人だ。
妹は卒業して王都に行ったが、今の仕事がそれなりに楽しいらしく、残って寮母を続けている。
普段は厳しいが、時折見せる優しさにやられて、突撃する馬鹿は少なくないが、全員が撃沈しているらしい。
噂では想い人がいるとか何とか言われているが、真偽は定かでない。
因みに俺もその馬鹿の一人だが、何度も振られている。
……なぜか悲しくなってきた。
よし、不貞寝しよう。
「入るわよ!」
不貞寝を決め込み、布団を頭まで被ったその直後、ガチャリと扉の開く音が布団の中でも聞こえた。
寝ている俺に近寄ってくる気配。
人にはその人特有の気配と言うものがある。
さすがにヒュアのように足音や扉の開け方などの細分化は出来ないが、俺はだって気配で何となく誰だか分かる。
それが良く知っている人間なら尚更だろう。
この気配は当然、ノマさんだ。
男の部屋に無防備に入ってくるなんて感心しないな。
ちっとばかし男の恐さってものを教えてやらねばならないらしい。
勿論、下心は……ある!
「何時まで寝てるの!」
寝ている俺の布団を剥ぎ取ろうとしたのだろう。
手を伸ばし、俺の布団を掴む前に―。
よっこらせっと。
「え!?」
その手を掴む。
そして布団の中に引っ張り込み、ノマさんの髪の毛に顔を埋めてみる。
…ふむ、いい匂いだ。
女性特有の甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「やっ!ちょ、ちょっと!!」
暴れるノマさんが俺の腕にすっぽりと納まっている。
ノマさん、意外と身長低いのな?
普段の印象から高いと思ってたわ。
………。
……これはいい機会なのでは?
そう思ったが吉日。
おっと、手が滑ったー。
棒読みだったが、心の中なので問題ないだろう。
偶然、そう偶然、ノマさんの柔らかく豊満な胸に掌が触れる。
全く以って、故意ではない事を断じておこう。
今、俺は布団の中でノマさんを後ろから抱きしめている状態だ。
胸に手を回して!!
……胸に手を回して!!!!
「きゃあああああ!!」
男性に胸を触られたことが無いのかな?
いや、そんなわけ無いだろう。
こんな魅力的な女性を放っておく男はいないと想う。
例え、下級の貴族であろうと男性経験はあるだろ。
しかし、ノマさんは現状に混乱し、いっぱいいっぱいのようだ。
ふむ…。
よし、いっちょ揉んでやれ。
―むにゅん。
「…うぇ!?それは不味いって!!」
ふにふにと形の変わるそれは、正しく男の夢そのもの。
俺はそれを今手にしている。
少し触るつもりだったが、これはいいものだ。
飽きない。
ふふっ、何人もの女性を虜にしてきた俺の指先に掛かればどうなるか、その身を持って教えてやろう。
「ちょっと、ダメ…ぁぅ……んっ…起きてる、んぁ…はぁっはぁっ…でしょう…?」
起きてないよ。
―ふにふに。
「ううん…」
「…うそ…本当に…ん…起きて…ないの?」
寝息っぽい声を出したら、信じてくれたようだ。
ちょろいぜ。
―ぽよんぽよん。
「んっ…これが寝相…な訳…はぁっ・・・無いよね?」
寝相ですよ~。
―むにゅん。
「もう……もうダメ……」
よし、落ちる寸前まで来た。
後はこのまま…―。
「…もう……いい加減に…しなさいっ!!!!」
「おぅふっ!!」
ノマさんの肘鉄が俺の鳩尾に痛恨の一撃。
効果、痛い。
サボっているとは言え、鍛えている男に対しての女性の力だからそんなものだ。
まぁ、可哀想だからこれぐらいにして置いてやる。
これに懲りたら男性の部屋に入る時は気を付ける様に。
ノマさんは俺が痛みに悶えている振りをしている間に緩んだ手から抜け出した。
掌から温かい感覚が消える。
もう少し、いや何時までも揉んでいたかったが、仕方ない。
名残惜しいが、ノマさんが乱れた服を直しながらこちらを睨んでいる為、続きは諦めよう。
自分の身体を抱き、ケダモノを見る様な目でこちらを見るノマさん。
これだけなら怒っているとだけしか思わないが、よく見ると若干、頬は膨らんで紅潮しており、直しきれていない服と髪がより相応しい言葉を思い出させる。
火に油を注ぐと分かっていながら言わざる得ないこの言葉を送ろう。
「うん、エロい」
親指を立てて微笑んでやる。
それに対するノマさんの解答は――
「ありがとう」
――にっこりと笑い、椅子を振り被るであった。
―――――
「酷い目にあった」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
怒り狂ったノマさんに椅子で数発殴られた俺は、何とか怒りを抑えて貰い、ノマさんの用意してくれた朝食に舌鼓を打つ。
さすがにやり過ぎたようでしばらく機嫌が悪かったが、それも大人気ないと思ったのか。
朝食を準備する頃には何時ものノマさんに戻っていた。
まぁ、これで俺が居なくなっても他の訓練生に襲われることは無いだろう。
普段はしっかりしてるんだが、ちょっと脇が甘い所があるからな、ノマさん。
そこが可愛いんだが、男まみれのここでは少し気をつけたほうがいいという忠告だ。
色々、堪能したのはついでだ、うん。
…ご馳走様でした。
「授業、始まっているんじゃないの?」
「ん~、そうっすねぇ」
ノマさんは俺が今日でここを離れる事を知らない。
辞める事を知っているのはヒュアだけだから当然だろう。
世話になった人には伝えた方がいいのかも知れないが、言わない方が俺らしくていい。
それに伝えるべき相手もヒュア以外なら教官とノマさんぐらいだ。
二人ぐらいなら誤差だろう。
他の教官や同級生などは俺が居なくなって清々するだろうから言うつもりも無いしな。
そうして、ノマさんの言葉に生返事をしていた時、ふと思い出した。
…そういや、お転婆お嬢様が馬車が迎えに来るとか言っていたが、明け方だったよな?
もう、日が昇りきっているが?
………ま、ノマさんと最後の会話が延びたと考えれば、いっか。
「もう、早く食べて急ぐのよ!」
「へいへい」
「返事は一回!!ちゃんとして!ね?」
「はい」
ふむ、新婚みたいだ。
「どちらかと言えば大きな子供よ」
心の声が漏れていたようだ。
結婚しよ。
「いやよ」
心が通い合っているに違いない。
これは結婚待った無しだな。
「い・や」
とばかりにほのぼの(?)とした掛け合いをしていた途中。
「すまない、誰か居ないか?」
「あら?」
「ん?」
寮の入り口から聞いた事のない男性の野太い声が聞こえてきた。
寮は学校の入り口から見て、校舎の左側奥にある為、立地的に外部の人間が訪れる事はほぼない。
もし、外部の人間が来たのなら、入って目の前の校舎の方に行き、事務の人間に話を通した後、寮のほうに連絡が来る筈だからだ。
もしや、ノマさんに想い人がいるという噂は本当だったのか?
…確かに本来ならこの時間帯は寮に生徒は一人もいない。
ノマさんとの甘い時間を過ごすのは俺だ。
追い払ってくれる!!
「俺が出てくる」
「え?いいわよ、私出るわ」
「じゃあ、一緒に行くぞ」
「一体どうしたって言うの……」
ノマさんの態度が少し変だったが、関係ない。
美人に取り付く男を祓わなければ!
わざと足音を大きく立てて歩く事で相手に威嚇している事を伝える。
ふふふ、これで相手はビビッている事だろう。
訓練校だからって舐めるなよ?
ノマさんの前で廊下を歩き、あの角を曲がれば、男と相見える。
目が合った瞬間、睨みを利かせ、さっさとご退場願おう。
「おうおうおう!」
ちょっとばかしチンピラっぽくなったが問題ないだろう。
そこには体格の良い色黒の男が居た。
アルディン教官と良い勝負だろう。
短く切りそろえられた赤髪に、この国では一般的な若草のような瞳。
目じりは釣り上がっており、男らしさを感じる。
「あの、どちら様でしょう?」
「そうだそうだ、お前誰何だ………あれ?ノマさん、知り合いじゃないの?」
「え、知らないけど?」
なんだ、俺の早とちりか。
よしよし。
「あの、クリスティナお嬢様の御者なのですが…護衛官様はどこでしょう?」
男は図体に似合わず、腰を低く問うてきた。
どうやら迎えのようだ。
ただ―
「……どう見ても護衛、要らんくない?」
明日もこのぐらいに投稿します
忘れてなかったら・・・