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「それで?辞めてこれからどうするの?」

「旅にでも出ようかと思ってる」

「……旅、ね」


 どこか含む所があるのか、ヒュアはじっとこちらを見る。

 そんなに見惚れて、美男子(イケメン)な俺に惚れたか?

 徽章のお返しに俺からの餞別だ。

 格好良く、ふふんと笑ってやる。


「はぁ~…本当、貴方ってへらへらしてて真意が読めないわ…」

「褒め言葉として受け取っておくぜ」


 そう易々と読まれてたまるか。

 

「戻るとか言わないわよね?」


 戻ると言われれば思い浮かぶのはあの場所だ。

 表の人間が一歩でも踏み入れば、死を覚悟しなければならず、あの場所の住人でさえ、日々の生活に死が付きまとう世界。

 あの場所では略奪が当たり前。

 飯も女も、そして命さえ奪い、奪われる。

 命の重みよりその日の糧を重視するそんな日常。

 ここでの非日常が向こうでは日常なのである。


「お前も知っての通り、俺の信条(ポリシー)は何が何でも生き延びる事だぜ?」

「……そう…戻らないのならいいの」


 ヒュアもあの場所を知っているからこそ、心配してくれるのだろう。

 腑抜けた俺が戻っても死ぬだけだと。


「じゃあ旅ならどこに向かうのかしら?」

「さあ?今ならどこへだって行ける訳だ。……まぁ、何となく北に行くわ」


 他の国とかどうだろうか?

 まぁ、言葉分からんし、無理か。


「どこでも良いけど旅って路銀が必要じゃない?どうするのよ」

「幾らでも方法はあるだろ」


 旅をしながらその町その村で旅する程度の金銭を稼げばいい。

 最悪、路上で寝れるし、数日食わなくたって死にやしない。


「はぁ~、やっぱりそんな事だと思ったわ」


 ヒュアはため息を付き、やれやれと手を広げる。

 何だその、「何でもお見通しですよ~」みたいな態度は。


「五年ぐらい護衛対象していたからっていい気にならないでよね!ふんっ!」

「うわ、気持ち悪」


 貴族がその口の利き方ってどうなんですかね?

 と言うか、気持ち悪いとは何だ、可愛いだろ。

 もし俺がヒュアだったらと想像して……うっわ、気持ち悪。

 ないわー。


「つまらない茶番は置いておいて、北といえば王都方面よね?」

「何を今更」


 ヒュアは確認の為に聞いてきたのであろう。


 この大陸(名前は知らない)の内陸部に当たるのが我等が母国、クリシュデン王国である。

 その南に位置し国内初、訓練校と言う育成学校を建築した領地がここ、『アスト』。

 ヒュアの親父さんが領主を務めており、優秀な護衛官を多く輩出している。

 因みに領地経営は代官に任せており、ヒュアは訓練校関係、親父さんは外務関係と自由に…忙しそうにやっている。


 ……領地が平和なのは代官様のお陰です。

 苦労してんだろうなぁ。

 ご苦労様です、名も知らぬ代官様よ。


 そんなアストから真北で国の中央に位置するのが王都『ミストピア』。

 何度もアストから王都まで行き来した事がある為、分かる。

 正しく、この国を一点にまとめた様なそんな街だ。


「それがどうかしたか?」


 つい先日も訪れたばかりだろう?

 忘れた訳でもあるまい。


「どうせ行くならある人を護衛してくれないかしら?」

「はぁ?」


 ヒュアは机の上の書類の中から一枚取り出し、それを見ながら言ってきた。

 護衛官を辞めるといった俺に何を言ってるんだこいつは。


「私の友人が王都に帰るまでの間だけの護衛官を欲しているのよ」


 話を聞けば、その友人とやらはかなりの阿呆だ。

 ヒュアの友人と言うぐらいなら貴族だろう。

 そんな貴族が、護衛官を連れずにヒュアの元へと遊びに来たらしい。

 街道が整備されて久しいとは言え、未だに山賊紛いの者達はいなくなっていない。

 高貴な貴族が護衛を付けずに街道を通ればどうなるか、想像に難くないだろう。

 来る時は偶々、襲われなかったのだろうが、帰りも絶対に大丈夫とは限らない。

 ヒュアはそう指摘したらしいのだが、その友人は「じゃあ、貴方の護衛官で優秀な人貸してよ」ってな具合に依頼をしてきたらしいのだ。

 優秀な、とは言ってもヒュアの護衛官は俺一人だ。

 貴族のご令嬢が護衛一人ってどうかと思うがな。

 本来なら俺ではなく、訓練校から優秀な人間を選別し、貸し出すつもりだったそうだが、どうせ王都方面に行くならと言う事で俺に回してきたという事らしい。


 何でそんなお転婆のお守りをせにゃならんのだ。


「面倒だ……」

「お願い、大切な友人なのよ。成功報酬だけど旅の路銀代わりに渡すから。それに馬車と御者はいるみたいだからわざわざ乗合所でお金払わなくてもいいわよ?」


 ヒュアはパンと両掌を付け、頭を下げ、上目遣いでこちらを見る。


「お願い!!」

 

 まぁ、別に移動の手間が省けるなら構わねぇけど、……じゃじゃ馬かぁ。

 勝手な印象だが、寄り道しまくって、誘拐でもされそうだな。

 そうなったら状況に応じて、俺はお暇させて頂くだけだが。


「分かった、お前たっての願いだ。その話、受けてやる」

「助かるわ。じゃあ、詳しく説明するわね」


 十日後の明け方、護衛官を迎えに訓練校前にまで来てくれるらしい。

 それから王都に付くまでの三日間、正式な護衛官として扱われる。

 王都に付いた後、アストノア家つまり王都の別荘に行けば、報酬が支払われるとか。

 因みに訓練校在校中もしくは卒業後数年は護衛官見習いとして扱われ、報酬は出ないはずだが、今回はアストノア家から報酬を払われるらしい。


「十日後……?確か、お前も五日後、王都に行く事になってなかったか?」

「えぇ、そうね」

「一緒に行けばいいじゃねぇか」


 護衛官ってのは護衛対象の行動を把握しとかなきゃならない。

 俺も先程までヒュアの護衛官だった訳で、数日後の行動を知ってる。

 確か、国内で全部の訓練校の理事長が集まる会合だとか。

 重要な話でもあるのだろう。


 一緒に行けば、俺も最後の仕事として安心なのだが。


 それと、全く関係ない話だが、豪商の護衛官になれば、連れ回されるのか?

 辛そう…と言うより護衛官の数が少ないからか、商人に護衛官が回る事が殆ど無い事に気が付いたわ。


「それは無理ね。私も仕事で行くのだし、彼女も来てすぐに帰る訳にもいかないでしょう?」


 そのお転婆嬢ちゃんは王都出身だそうだ。

 何でも王都の貴族学園に通っている時からの友人らしい。

 最近はめっきり忙しく、久々の休息にアストへと羽根を伸ばしに来たのだとか。

 なのでヒュアの事情ですぐに帰す訳にはいかないという事だろう。

 友人のお前が居なくてどうするんだと言う話ではあるが。


「分かった。十日後だな。それまでに荷物まとめとくわ。後、それまでは普通に授業には出るから」

「それで構わないわよ」


 ここまでの話で少し引っかかる所があるんだが…。

 ちょっと聞いてみるか。


「なぁ、やけにあっさりじゃねぇか?」

「何がかしら?」

「もう少し、辞める事を渋ると思ったんだがよ」

「何、引き止めて欲しいの?」

「いや、そういう訳じゃねぇけど」


 昔に辞めると言えば、必死で止めていたような気がするんだが?


「貴方が『許可を貰いに来たわけじゃない』と言ったじゃない」

「お前なら言葉巧みに辞めさせない様にするんじゃねぇかと思ってよ」

「私は他人の意思を尊重する人間よ。無理強いはしないようにしているつもり」


 無理強い、ね。

 まぁいいさ、こちらは引き止められなくて良かったと言う事にしておこう。

 最悪、こそっと逃げてやろうか思っていたから拍子抜けしたがな。


「じゃあ、後数日、よろしく頼む」

「えぇ、お疲れ様」


 俺は身を翻し、扉を出る。

 後ろから何か聞こえた気がしても、俺は振り返らず、そのまま理事長室を去った。


 後ろからバタンと閉まる音共に、緊張で強張っていた身体が解れていく。


 どうやら、自分でも知らない内に緊張していたらしい。

 俺らしくもねぇ。


 ヒュアとの時間が無くなると思うと急に心の奥底に大きな穴が開いたような気がする。

 窓から見える月のように大きな穴が。


 歩く度、隙間風が吹いているように空寒さがするのは気のせいだろうか。


「今日は冷えるな…」


 俺は寮へと続く廊下を一人寂しく歩き出した。

 


―――――



「……待ってよ」


 私の声は彼の耳に届かず、彼はそのまま行ってしまった。

 私はこの部屋に一人。

 あいつがいない。

 それだけで私の心は部屋を照らす蝋燭のようにざわつく。


「傍にいなくちゃ意味が無いじゃない…」


 彼は聞き取れなかったようだが、それは私の本心だった。

 貴族をやっていれば、虚構の仮面を貼り付ける事は必須技能。

 彼の前では気丈に振舞えても、いなくなるとすぐに剥がれ落ちる。

 分厚い仮面のように見えて、それは鍍金のように薄く、脆い。


「はぁ…」


 ため息が漏れる。

 彼が本当に欲している物など当の昔に知っていた。

 彼の()が護衛官と言う職と噛み合わない事も。

 それでも傍において置きたかった。

 いつか、物語のように幸せな未来を予想して。


 彼を目で追うようになったのは何時ぐらいからだろうか。

 きっと、一目惚れだったのだと思う。


 だが、貴族と平民の恋、それは物語の中だからこそ成立する物で、現実では在り得ないのだ。

 どれ程、想っても私は貴族。

 この肩にはアストノア家の令嬢と言う肩書きが重く圧し掛かっている。

 誰もが平民との愛など認めないだろう。

 いや、彼は平民(・・)ですらないのだから当たり前なのかもしれない。

 それでも―…。


「ばか…うそつき…」


 私が気付かない筈無い。

 どれだけ、彼を見てきたことか。

 クラークは一度も『戻らない』とは確約してくれなかった事を。

 王都の第二貧民街。

 それが彼の出生地、そして私と始めて出合った場所。

 あの死が蔓延しているであろう場所に彼は戻る。

 自分の()を求めて。


「ねぇ、ヒュア。クラークを止めたいからあの依頼をしたのでしょう?」


 私は虚空に自問する。

 手元にある一番上の資料に視線を向けた。

 そこには『選抜書』と書かれた資料がある。

 元々、クラークを送るつもりだった。

 クラークが本当に護衛官として認められるように。

 それに彼女なら数年(・・)ぐらい貸してもいいそう思っていたから。


「大丈夫、彼女が上手くやってくれれば、まだ機会(チャンス)はある筈」


 彼女には後で詳しく話しておこう。

 勿論、恋愛部分には触れずに。


 私は薄暗い理事長室で仕事に励む。


 クラーク、私って諦めが悪いの。

 知っているわよね?

 少しの間だけ私の護衛官()辞めさせて上げる。

 だから、何時か戻ってきてよね。

 その時には、他の貴族を黙らせておくから。


 丸く大きな月に向かって私はそう誓った。 

私、基本的にカタカナの横文字はあまり好きではないのでルビを多用します

皆様は読みやすい方を読んで頂ければと

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