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「……それはどうしてかしら?」


 その言葉とは裏腹にヒュアの表情からは『やっぱり』という言葉が見て取れる。

 付き合いは長いのだ。

 俺のどこかしらにヒュアが感じ取る部分があったのだろう。


「別に大した理由はねぇよ」


 今の現状に不満がある訳でも、護衛対象のヒュアに問題がある訳でもない。

 俺が辞める理由は単に――


「しいて挙げれば何となくだな」


 教官がヒュア付きの護衛官である俺に遠慮して罰を科せない不満を持っているとか、俺が訓練校を追い出されないのはヒュアと恋仲だからだとか。

 何で自主退学しないのかと問われた事とか、お前程度がヒュア様の護衛官になれるなら俺でもなれると言われた事とか。

 小さな噂を上げれば切りが無いが、それを気に病んで辞めるのかと言えば違う。


「虐められているのかしら?それとも私に迷惑を掛けてるんじゃないかとか思っている?それならお門違い。私は常に貴方の味方だし、もし凡百の俗人が貴方を批評しようと私は貴方を傍に置くわ。だって他人だもの」


 お前の言葉は素直に嬉しい。

 きっと俺が世界中の敵となったとしても、お前は俺の味方でいてくれるのだろう。

 だが、俺はそんなお前の傍に居てやれない。

 俺が傍にいる事を願えば、今は歓迎してくれるだろう。

 しかし、近い未来、必ずお前は後悔する。

 別にヒュアがどうとかじゃない。

 俺の()が問題なのだ。

 その時の事を考えると俺は身を引くのが懸命だと判断した。

 これが一番の理由。


 ただ、これをヒュアに伝えても「どうなるか分からない未来の心配で私を見捨てるの?」なんて言ってくるに決まってる。

 もしくは「今まで護衛してきて問題なかったじゃない」とかか?

 どちらにしろ、俺は彼女に言葉で勝てないのだ。

 だから、丸め込まれる前に『何となく』辞めるのだ。


「残念だが、俺はお前に許可を貰いに来た訳じゃない。恩があるお前には別れの言葉を告げた方がいいと思ったから来たまでだ」


 ヒュアには返したくとも返せない恩がある。

 こいつは恩とは思っていないだろうがな。

 ヒュアのお陰で俺はゴミクズ人間からクズ人間にまで成長できた。

 最低限の教育を受けさせてくれた事、道徳観や倫理観を教えてくれた事、そして何よりも、あのくそったれな世界の外がこんなにも広くて煌びやかだったと感じさせてくれた事。

 全てヒュアの功績だ。


 誇っていいぜ?


 お前がこの先、この国の未来を担う人間になるのなら、きっとあの場所の連中も俺みたいにマシな人間になれる。

 断言してもいい。


 お前が連れ出してくれなかったら、俺は今頃、あの狭く薄暗く、腐臭と血臭の入り混じった場所で、自分の現状と、何も知らずにのうのうと生きている外の連中に呪詛を吐き続けるクソ野郎のままだった。

 当時は慣れない環境に不満ばかりだったが、あのままだったらと思うと恐怖に身震いする。

 だけど―


「悪いな、契約を破っちまう事になって」


 お前を護るのは次の奴に任せるとする。

 きっと俺よりも優秀な事だろう。


「あら、契約内容覚えていたの?」

「忘れた事もねぇよ」


 こいつと交わした契約は単純明快。


 『ヒュア・アストノアを護る代わりに、クラークの過去やその類の物の吹聴を禁じ、また隠蔽する事』。


 これの他に何かあった気がするが、これが主な契約内容だ。

 別に俺が望んだ契約でもないが、当時はそれほど魅力的な報酬が見付からなかったからこういう形になった。

 今だったら、金や女、酒に休み、全部契約に盛り込んでいたと言うのにな。

 不覚…。


「じゃあ、貴方の過去、声高に叫んでもいいのね?」

「それが脅しにならない事はお前が良く知っているだろ。それにお前は絶対に出来ない」

「……そうでも…無いわよ?」


 その間が答えてるも同然なんだよな。


「ま、お前に何かあったらすぐに来てやるよ」

「傍に…………………じゃない」

「ん?」


 普段ははっきりと言う彼女が顔を伏せ珍しく言葉を濁した。

 

「なんでもないわ」

「そうか」


 だが、俺が話しかけると顔を上げ、何時ものヒュアに戻る。

 普段とは違う彼女の異変。

 だが、俺は追及せず、話を流した。

 もう、こいつの護衛官ではないのだから。


「どうしても辞めるのね?」

「あぁ」

「少し考えさせて頂戴」


 そう言ってヒュアは肩肘を付き、額に手を当て考え込む。

 これは彼女の癖だった。

 本当に深く思考に耽なければならない時の癖。


 だが、俺が辞めた事で何か他に影響を与える事などあるのだろうか。

 彼女には迷惑を掛けるだろうが、彼女ほどの名家であれば、護衛官の代え等いくらでもいる筈だ。

 それほど、考える事があるとは思えない。

 寧ろ、俺が辞める事の利点の方が大きいだろう。


 ヒュアはこの若さで理事長という地位に着いた為か、他貴族に侮られる事が間々ある。

 更に若さに加えて女と言う部分も貴族世界では不利な条件だ。

 だが、彼女は絶え間なく努力した。

 そして、失策らしい失策もせずに、この訓練校を国内随一まで伸し上げた手腕はまさに才女と言う名に恥じぬ働きだろう。

 賞賛されるべきだ。

 そう思うのが普通なのだが、残念な事に世の中にはそれを良く思わない連中が多いのである。


 才女と名高い少女が何とも相応しくない護衛官を付けているではないか。

 残念な貴族様方にはさぞかし格好の餌食に見えたことだろう。

 完璧な才女にある俺という綻びを広げようとするのだ。

 彼女にとってそれがどれだけの負担だったか分からない。

 俺を評価すると言った彼女には大きいものだったのではないだろうかと思う。

 彼女にとっても辞めさす方が得策な筈なのだ。


「…分かった。私の護衛は辞めていいわよ」

「分かってくれたか」


 これで俺は浪人になった訳だ。

 元々根無し草だったから、元の鞘に収まったと言えるだろうよ。


「色々と助けて貰ったのに無理やり訓練校に入れて悪かったわね」

「そんな事ねぇよ。楽しかったぜ」

「そう……。なら、これを持って行きなさい」


 そう言ってヒュアは引き出しから小さな徽章を取り出し、机の上に置いた。

 金製の台座に紫水晶を嵌め込んだそれは、水晶を盾の形に模っており、装飾の施された台座に描かれている鷹が水晶を通して見える様になっている。


「奥の鷹が私達、金色が意味するのは貴族から王族の高貴さ。前の盾はそれを護る貴方達、紫は忠誠を意味しているの。卒業と同時に訓練生から護衛官になった証明として渡す物よ」

「俺は……」

「分かってる。護衛官を辞めるのに受け取れないって言うのでしょう?でもこれは自分の身分を証明する物だからあると便利よ」


 これはヒュアなりの餞別なのだろう。

 椅子から立ち上がり、俺の胸元に付けてくれる。

 俺より小さなその体躯。

 彼女の背中には多くの重荷が重なっている事だろう。

 分かち合えるのならそうしたいと思うも、俺がいる事でこいつが転んでしまうのなら、俺は身を引こう。

 例え、こいつに恨まれようとも…。


「似合ってる」

「あぁ」


 おい、名前も知らねぇ護衛官様よぉ。

 この笑顔を曇らせたら承知しねぇからな。

隠せてるつもりの伏線があって

今は意味の分からない部分があると思いますが

先に進めば分かって来るかと・・・

あと、文章が安定してくるのももう少し先かと・・・

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