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 今からおおよそ百年前、とある小国のそれまた小さな町で後世において人類史上最悪の失敗作と呼ばれる鉄の塊が産声を上げた。

 その始まりはその町に住む青年に来た依頼が切っ掛けであった。

 青年は貴族や王族への献上品を制作すると言う職をしていたのだ。

 例えば、銅製の食器や杯、銀製の蝋燭台、金製の女神像などを貴族から依頼さえあれば何でも手がけたのである。

 彼の製品はどれもこれも貴族の思う以上の結果を残した。

 茶会で見せれば、褒め称えられ、他の貴族に送れば、盛大な感謝を貰うとばかりに多大な賞賛を受けた。


 そして月日は流れ、献上品と言えば彼に任せればよいと言うほど彼の名が売れた頃。

 弟子を持つほどに成長した青年に一人の貴族がこう願ったのだ。


「誰もが見た事もなく、お前にしか作れない物を用意して欲しい。金は幾らでも払う。何年掛かってもいい。お前が完璧だと納得のいく物を作ってくれ」


 と。


 青年は困った。

 今まで彼は客から何かしらの注文があり、それ通りの物を作っていたのだ。

 自分の望む物など何年も作っていなかった為か、彼の頭には自分の為の製品など無かった。


 縋るような気持ちで彼は何か制作の手掛かりとなる物を探しに工房を漁った。

 そうして、月が欠ける頃、埃の被った一つの図面を見つけたのだ。

 それは青年がまだ無名で技術も無かった頃、いつかきっとこれを作れるような技師になりたいと夢見ていた自分が書いたものだった。

 荒唐無稽で寸法もバラバラ、まるで子供が書いた様なそれが、今の彼のは必要だったのだ。


 彼は寝る間も惜しんでそれを製図し直し、隈が出来るほど没頭した。

 楽しくて楽しくて仕方が無い。

 青年が久しく忘れていた感覚に心躍らせたのだ。

 貴族の依頼も弟子に任せ、売り上げの殆どをそれに注ぎ込んだ彼が、それを完成させたのは依頼から十年ほど経っていた。


 さすがに時間を掛け過ぎたと感じた彼は依頼の確認をした。

 その貴族はもう依頼を取り消しているだろうと思ったのだ。

 しかし、依頼は取り消されていなかった。

 それどころか、手紙でまだ待っていると言う趣旨の連絡まで来ていた。

 青年は現品を持ち、貴族の元へと走る。


 貴族にその製品を見せた時、貴族は彼の持つ賛美の言葉を全て口に出した。

 銀や金など高級感の溢れる物ではなく、鉄製の無骨な重厚感あるその面構え。

 手にずっしりと来る重みは彼の想いも詰まっているような気がしたのだとか。


 それに何より貴族が賞賛したのは、その『鉄の塊』に隠されたカラクリであった。

 親指に触れる鉄の部品を倒す事が出来、人差し指の近くにある部分を引くとカチリと音が鳴る。

 更に凄いのは、青年が付属品だと取り出した『小さな鉄の塊』を使った時だった。

 それを貴族の手の中にある献上品の中に込める。

 そしてもう一度同じ動作をすると、小さい方の塊がその大きい塊の前から飛び出す。

 勢い良く飛び出す物ではなく、ポロッと落ちるような取るに足らないカラクリ。

 

 だが、それは革命と言っても過言ではなかった。

 当時の献上品とは渡された時点で完成させられており、飾ったり、そのまま使う等して愛でる物なのだ。

 なのにそれは手に持ち、人を楽しませる。

 当然、貴族は歓喜した。

 そして、青年は多額の金銭の他に、後に別の報酬も手配するとの約束を貰い、満足げに工房に帰った。

 青年が帰った後、貴族はこう呟いたと言う。


「これを王に・・・」


 と。


―――――



「…まだ続くか?」

「もうちょっとだ」


 …なげぇ。

 あんたの趣味に付き合うつもりはねぇんだが。

 夜間演習も控えてるし、寝ておくか。


「寝るなよ?」

「……へい」


 俺の心を見透かしたかのようにアルディン教官は忠告してくる。

 興味のねぇ話聞いてもなぁ。



―――――


 満足した青年はしばらく振りに元の仕事に戻っていた。

 久しく手掛けて無かったものの、その技術や手先は衰えておらず、すぐ仕事の最前線に復帰したのだったが…。

 数日後、彼の元にとある使者が訪れた。

 王宮の使いだ、と言う。

 青年はその日の内に王城へと連れられ、見た事もない高級な装飾の施された服を身に纏い、王への謁見が実現した。

 そこで王に言われた言葉が―


「これはお主が?」


 ―だった。


 王が手に持つそれは貴族に渡した筈の献上品であった。

 この世に二つと無いそれは自分以外に作れる物はいないと青年は自負している。

 故にそれは自分が制作した物だろうと自信を持って答えた。


 何故王が持っているのか、そんな事聞いた所で意味の無い事など一市民の青年だって分かる。

 こういう嗜好品は流れ、多くの人の手に渡るのだ。

 それが王の手に渡るなど考えもしなかったが。

 人の手を渡り歩き、彼が手がけた作品達がより一層輝くのであれば作者冥利に尽きると彼は思う。

 ただ、王の手に渡ると知っていればもう少し、良い材質、煌びやかな装飾も施せただろうと若干の未練が無かったわけではないが。


 王は青年の惜しむ感情を知らずに、その無骨で豪華絢爛な王城に似つかわしくない『鉄の塊』を褒め称えた。

 と同時に青年にとある注文を付けた。


「このカラクリをもっと飛ばす事は出来ぬか?」


 と。

 青年は王たっての願いに興奮を覚えた。

 期待されていると、そう思ったのだ。

 すぐさま工房に帰った青年は王の願い事に着手した。

 彼がこの時点で王の願いを叶える事を断っていれば、また違った未来があったのではないだろうか。


 青年はまたもやその作品にのめり込んだ。

 その様子は赤子も黙るような鬼気迫る勢いだったと後の文献に記されている。

 王城へも頻繁に顔を出し、王の要望に沿っているかと実射をした。

 その距離はだんだんと長くなり、そして長くなれば長くなるほど小さな鉄の塊の威力が上がる。


 王が満足したのは青年との邂逅後、五年が経っていた。

 青年ももう青年と呼べるような歳ではなくなり、工房に篭る事が殆どだった為か、実年齢より老けて見えたらしい。

 それでも勤めを果たしたと言う自信と満足感が彼の身に滾っていたのは事実だろう。

 ……このときまでは。


 その日も何時もと変わらず、王に製品を見せに行った時の事だ。

 兵士とも顔馴染みになり、止められる事も少なくなった彼は、変わらずすれ違う貴族や侍女達に会釈をしながら謁見の間に向かった。

 程なくして王が現れ、普段どおり賞賛の言葉に頭を垂れ、製品を見せる。

 いつもならそうして改良点を指摘して貰い、持ち帰って改善するのだが、今回の物は完成品だ。


「これは良い―」


 この製品がどうなるのか青年には予想が付いていた。

 と言うよりも、実際にもう流通している。

 少数だが、未完成品を貴族に売り渡し、彼らはそれを木で作られた的に向かって撃つ娯楽として楽しんでいたのだ。

 この完成品の行く末もそうであろうと青年は信じて疑わなかった。

 だが―


「―『兵器』だ」


 青年は聞き間違いかと王の顔を窺った。

 しかし、王は不敵に嗤う。


「何を呆けた顔をしている?あぁ…そうか、名前がなかったな。ふむ…こちらの大きい方を『銃』、小さき方を『弾丸』と名付けようか。それでよかろう?」


 頭を鈍器で殴られたかの様な衝撃が彼を襲う。

 ぐわんぐわん揺れる頭の中で、何が起こったのかよく分からなかった。

 『兵器』。

 その言葉だけが頭の中で反響し、その意味も理解する。

 人を殺す道具だと。

 王の命名も良く聞こえず、ただ青年は意味も分からぬまま、頷く。

 上機嫌な王と真っ青を越え、白い表情の青年がそこにはあった。


 夢であれ、工房に帰ればまた現実に戻れる。

 そう願って、その日、彼は幽霊の様に顔は青ざめ、ふらふらと足取り悪く帰った。


―――――



「『―心を病んだ青年はそれからしばらくして己が命を絶った。その設計図と共に工房を火の手に染めて。よって銃と弾丸の製法も消失し、今あるのは現品を分解し、模倣したものである。故に量産体制は整っておらず―』……って寝てんじゃねぇぞ!!」

「………………………………………んあ?」

「『んあ?』じゃねぇよ。折角、俺が慣れもしない座学をしてやってると言うのにお前って奴は…」


 座学なら校庭でやる意味無くね?

 と言うより、慣れないならしなきゃ良いのに。

 更に言えば、そこ授業に関係ない教官の趣味の範囲じゃん。

 教官は銃愛好家(オタク)だ。

 だからか、授業に関係ない話まで知っている。

 とは言っても自分の趣味を強要するのよくないと思うなぁ。


「いい子守唄でした」

「ふ・ざ・け・ん・な」


 ひゅっと風を切る音が聞こえたかと思えば、教官の拳が目の前にあった。

 それを俺は―


「避けんな!!」

「痛いの嫌」


 まだまだ、補講は続くようだ。

黒色火薬とか、銃弾は鉄じゃなくて鉛と銅合金だよとか

細かい事は言いっこなしで


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