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猫の愛とは如何なるや?  作者: よるの
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幕間・鬼の目にも―前編

今回は幕間(前編)です。

初めてあの子を見た時の印象は『ボロボロ』という言葉に尽きる。

角人の特徴である乳白色の角が額から生えていなければ、ただの貧弱な人の子供だと思っただろう。

それほどまでに彼女は痩せ細り、何より小さくて、か弱い存在で。


泥に塗れ、煤に塗れ、かろうじて体を隠せる程度のボロ布に身を包み、ただ一人佇んでいた。


焼き払われた村の真ん中で、ただ一人――鬼の少女は佇んでいた。


「貴女は………」


声をかけようとして、その言葉が詰まる。

私を見つめてきた瞳はどす黒い感情に塗れていた。


それでも。


それでも、だ。


「なんで、皆を殺したの」


その言葉だけが。


「ねぇ、返して」


この少女の魂の叫びが。


「皆を返して」


吸いこまれそうな青い瞳が、涙に濡れて。


「殺した皆を、返せよ!!!」


ああ、なんて綺麗だろうだなんて、そう思ったのだ。



*****



世の中、ままならない事はある。生きていくうえでどうしようもない時はある。

それがどんなに嫌な事であっても、だ。


つまりは―――私の部族は生きる為に、あの『帝国』に属することになったのだ。


とはいえ、弱者が強者に仕える事なんて珍しくもない。下手に反抗して蹂躙されるよりかはマシだと考える者も多いだろう。

ただ、仕えるからと言って好き勝手にされるのも癪なのだ。

例えば―――下品な視線を送ってくる男共の相手とか、正直やってられない。離れた場所で甲高い悲鳴が聞こえた。私の部族ではないエルフの娘がどうやら押し倒されたようだ。

まわりの男共はやはり下品な笑みを浮かべている。このまま辱めを受ける運命の娘を助ける者は周りには誰もいない。


「サラ、抑えて…下手に刺激すれば、私達も同じ目に合うかも…」


私の幼馴染のチナミリナ――チナが囁きかけてくる。臆病な性格のチナは此方に被害が出ない事だけを重視しているようだ。弱者にとってはそれが普通なのかもしれない。


あぁ、それでも。それでもだ。煮えたぎるこの不快感が、腹の中で溜まる。少女の哀れな悲鳴が耳に響いて離れない。

手を痛いほど握りしめ、そこに血が滲んでる事に気付いたチナがそっと私の手を握って―――私はその手を振り払った。


「サ、サラ…」


「何もしないわ…できないもの。部族の皆を危険にさらすわけにはいかないものね」


背中を向けて、自分の仕事に戻る。生まれながらの魔力の多さと魔法の扱いが上手い事に目をつけられた私は魔導兵器の管理と準備を任されていた。

少しでもしくじれば私もあのような辱めを受ける可能性が高い。だから準備は万全に、見落としが無い様にしないといけなかった。

チナは私の補助役として付けられている。正直、チナは魔力も並で魔法の扱いも上手くはない。それでも、傍にいてくれるだけで少しは緊張が紛れた。


「早く準備しちゃいましょう。これが終われば休んでいいって言われてるからね」


「そうね…はやく、此処から離れたいわ」


男達の下品な声、哀れな女の悲鳴、全てに耳を塞ぎたくて。それができなくて。

せめて、せめて、はやく離れようと。離れたいと願っていても。集中できないままに動くその手は遅くなる一方で。


やっと作業が終わった頃には、既に深夜になっていた。

大量に魔力が必要な魔導兵器も私とチナが2人がかりで注いでいたお蔭で十分に充填され、制御装置を外せば何時でも使える様にはなった。私の仕事はこれで終わりだ。

あれだけ騒がしかった男共も既に就寝していて辺りは静かになっていた。いつもこれぐらい静かならいいのに。


「サ、サラ、あれ………」


チナが腕をつついて、指さした先には目を覆いたくなるような姿のエルフの娘がいた。

好き勝手したあげく放置していった男共に怒りがわきながらも、その娘に駆け寄る。近づくにつれ濃くなる男の臭気に気分が悪くなった。


「ねぇ、大丈夫?」


汚れきった体をせめて綺麗にしようと思ったけれど、近くに拭えるような布が無い。

ならばと、私の上着の袖を千切って顔や体を拭った。夜風に晒された腕が寒い。

でも、この娘はもっと寒い思いをしているのだ。もっと辛い思いをしているのだ。泣きそうだった。こんな酷い事を平気でする奴らに仕えなければいけない事が辛かった。


「あなた、部族は……」


「………なくなったわ」


抵抗して、焼き払われたとか細い声で娘は言った。彼女はそこから攫われ、奴隷にされたのだった。

私には何も言えなかった。自ら跪いて仮初の安全を買った族長の事が憎くて憎くて仕方がなかったけれど、この娘を見ていると抵抗した末路も暗澹たるものだった。

どちらがいいかなんてわからない。明日には男共の気まぐれで私がこうなるかもしれない。そんな薄氷を踏む様な世界で私は生きている。


「チナ」


「な、なに?」


「彼女を私達の部族の所へ連れて行きましょう」


「そんな、駄目よ!その子は奴隷でしょう?勝手に連れて行ったら私達もどんな目に合うか――」


チナの言い分は尤もだ。尤もだけれど、これ以上聞きたくなかった。

未だ動けない娘を背負って、私達が休む場所へと歩き出す。チナが泣きそうな顔で見ていた。


「こんな所で繋がれもせずに捨て置かれてたんだから、いなくなっても大丈夫よ。それよりもみられないうちに早く行きましょう。見つかればそれこそどんな目に合うか分からないわよ」


「ひっ!そ、そうよね、早く行きましょう!」


背負った娘をチナも支えて、足早に移動するなか、私は如何したいのか考えていた。

こんな酷い世界のなか、私は如何して生きているのか分からなくなる。生きるだけで、辛い事も何もかも受け入れなければいけないのなんて間違っているのではないか。


「…………このまましねたら、らくになるのかな」


背中から聞こえた娘の呟きにただ唇を噛みしめるしかなかった。

私には何を言えばいいのか分からない。このまま辛い生き方をするぐらいなら、死んだ方がマシなのかもしれない。


「駄目よ、生きなきゃ……死ぬのは、恐いよ、ぜんぶ、ぜんぶ、なくなっちゃうんだよ」


涙交じりのチナの言葉が妙に重く、胸に響いた。


――結果的に言えば、あの奴隷の娘のことなど男共は気にしなかった。他にも奴隷の女達が大量にいるのだ。つまりは、別の誰かが犠牲になるだけだった。

私の部族に匿われた娘はひっそりと私達に混ざって暮らしている。娘はミナルタと名乗った。同じエルフだ、別の部族かなんて帝国の連中には分からない。自分が犯した娘の名前さえ知らないのだ。

男共にとって、帝国にとって、私達はその程度の価値だった。



「この兵器、どこで使うのかな……」


「さぁね、『ククラ』の何処かに使うでしょうけど」


ククラ王国、魔族が多く住む国。私達が付き従っているこの軍はそこへ向かっている。戦争を、略奪をしに向かっているのだ。

その手伝いを私達がしている。そう命じられたから。そうしないと私達が蹂躙されてしまうから。胸にもやもやと重たいものが満ちる。

助かる為に、誰かを犠牲にしている。分かっている。分かっているのだ、そんな事は。でも、生きる為には仕方ない。


仕方ない、と思い込んで。見ないふりをして。



私は、あの『地獄』を見た。



燃えていた。何もかもが燃えていた。

悲鳴が上がり、血しぶきが舞い、雄叫びが耳を震わせ、熱が身を焦がす。

私達が準備した魔導兵器は瞬く間に地を焼き、その地に住まう人々――魔族を焼いた。

それでも、それを逃れた魔族――角人が軍へと攻めてくる。角人は生粋の戦闘民族として誰もが戦士だ。男女関係なく、武器を持って襲い掛かってくる。今も角人の男に数人の兵士がゴミの様に投げられ、真っ赤に染まった。


角人は強い。だからこその魔導兵器だったのだろう。この兵器の名前は『魔法大砲』。大量に籠められた魔力をエネルギーとして何もかもを焼き尽くす、元々は防衛の為にエルフが作った最悪の魔導兵器。


私はこんなものを準備させられていたのか。その威力にぞっとする。こんなの聞いていない。私達は、何を作ったのか。何故こんなものを作ったのか。

後悔が。恐怖が。身を強張らせる。チナが腕を引いて、逃げようと言っていた。

あの恐ろしい威力の兵器を見てなお、角人の戦意は衰えていなかった。どんどんと攻めこんできて、私達エルフが避難している場所にも近づいてくる。

角人相手にエルフは魔法ぐらいしか対応策をもたないし、そもそもまともに攻撃魔法を使えるのなんて私ぐらいだ。だから、きっと此処は血に染まる。逃げなければいけない。


そう思っているのに、上手く足は動かない。角人達の瞳が、憎悪に澱んだ瞳が、私の足を縫いとめてしまったようだ。


「サ、サラ!!!あれ―――!!!」


チナの悲鳴。その目線の先、弓を構えた兵士達や攻撃魔法を発動させようとする魔術師、帝国軍の姿。その目標は―――角人で、その射線には私達がいて。


「な、んで」


言葉は最後まで言えなかった。大量の弓が、魔法が角人諸共私達にまで注がれて。


地獄だった。何もかも地獄だった。


仲間が魔法に焼かれ、角人が暴れた際に何人ものエルフが吹き飛ばされ。


そして私の目の前で、チナが降ってきた矢にその身を貫かれた。


「あ、あああ、チナ!チナァ!!!!」


急いで駆け寄って矢を抜こうとしてた躊躇う。胸を貫いた矢。それは私ではどうしようもないほどに致命傷だった。


「サラ…逃げて…」


苦しげに、痛くて辛いだろうに、それでも私を案じて。臆病で、優しくて、私の傍にずっといてくれた、私の一番の友人。


「チナ、駄目よ、私も一緒に――」


「駄目だよ…死ぬのは、駄目……せんぶ、なくなっちゃう……なくなっちゃうのは、さびしい、よ……」


チナは泣いていた。死ぬのは恐いと言っていた彼女は泣いていた。


「なくなっちゃうの…いやだよ……だからサラ…あなたは、いきて……」


血を吐いて、動かなくなってしまった彼女は。優しげな声で喋っていた彼女は。穏やかな光を湛えていた彼女は。

呆気なく死んでしまった。私の目の前で、血を流して。私を残して。


「あああ、ああ、ああ、ああああ!!!!」


壊れた様に叫ぶしかない私は動けなかった。動こうとも思わなかった。

矢が迫る。角人が――憎しみに染まった鬼が迫る。もう、それでいい。私を楽にして。私を死なせて―――。


「あぶない!!」


どんっと押された衝撃。そのまま横に倒れて、痛みに呻いた。

私の目の前で、矢に貫かれ倒れていたのは――私に迫っていた鬼とミナルタだった。


「あぁ、あ、そんな、そんな――!!!」


「逃げて……お願い……」


ミナルタは笑っていた。逃げてと言って、笑っていた。


「たすけてくれて、ありがとう」


違うの。違うの。助けられなかった。貴女が凌辱されている間、見て見ぬ振りをしていたのよ。私は何も助けていない。


それなのに、私は助けられた。胸が軋んで、痛くて、痛くて、破裂しそうで。



「にげて」



その言葉に突き動かされる様に。

私は全てを置いて、その地獄から逃げた。


走って、走って、走って、肺が破れそうになるほど苦しくても走って。


気付けば夜になっていて。それでも走って。


私はその地獄から逃げ延びた。



それから、帝国軍に見つからない様に身を潜めながら逃げまわった。

食料は木の実を取って食べた。ククラでも私が住んでいた場所と同じ木が生えている事を知って、何だか泣きたくなった。


死にたいのに、死ねない。ただ逃げるだけ。何の目的もなく、ただ彷徨い続けた。


彷徨って。逃げ回って。何日も無駄に時間が過ぎて。


気が付けば、あの『地獄』に戻ってきていた。なんて皮肉だろう。無意識に私はこの場所へと戻ってきてしまったのだ。

そこはもう黒く焼け焦げ、何もかも無くなっていた。ただ、ただ、濃い死臭が渦巻くだけの場所になっていた。


この地獄を忘れない様に、目に焼き付けようと思った。

数え切れぬ屍を乗り越えて。あの兵器が焼き払った村へと足を踏み入れ―――見つけてしまった。



ただ一人、佇む少女を。



青空色の瞳から、涙を流した鬼の少女を―――。

エルフなお姉さんの過去の話。幕間だけど前編です。


ブックマーク、アクセスなどなどありがとうございます!とても励みになっております!

評価、感想いつでも大歓迎です、お待ちしております。次回もよろしくお願いします。

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