悪魔の子―前編
「うちのヴィネがみっともない所見せてごめんなさい、色々と残念な子だから許してあげてね」
「サラはいちいちアタシの心を抉ってくるの悪い所だと思う」
「本当の事を言っているだけよ。さ、残念なヴィネは置いといて話を始めましょうか」
「残念いうなよぉおお」
サラの言葉に頭を抱えてしまったヴィネをソファの隅に追いやる様にしてサラもそこに座った。それに抵抗せずにヴィネが場所を提供するという事は、このまま話を始める事に異論がないのだろう。
私達も彼女達に向かい合うようにソファに座った。ちなみにユキは何故か私の膝の上に座った。いや、別にいいのだけど。ユキならいつでも大歓迎だ。
そんなユキは向かいの二人をやや緊張気味に見ているが、最初よりは幾分か緊張は和らいでいた。多分、両親と何だか力関係が似ている二人の姿に親近感が沸いたのだろう。
ユキに無理をしてほしくない私にとっては、少しでも肩の力が抜けてくれたのなら嬉しい。
「えっと、話をするのは良いんですが、サラさんは、その…」
「あぁ、サラはうちの副リーダーでね。大事な事はサラに相談して決める事にしてるんだ。難しい話が苦手なアタシと違って、頭が良いし頼りになるよ。だから安心して話してくれ」
「そ、そうなんですか…分かりました」
カインの問いに気楽に答えたヴィネに、サラが満足げに笑った。何だかんだ言っても、頼られて嬉しそうなのは仲の良い証拠なのだろう。
それにしても、副リーダーがいたとは初耳だ。いつもリーダーであるヴィネの話ばかり聞こえていたから、ヴィネひとりでチームを引っ張ってきたのだと思っていた。
私達の知らなかったと言うような驚きの顔を見てサラは「やっぱりね」と面白そうに笑みを浮かべた。サラとしても予想の範囲内であったのだろう。
「副リーダーがいるって事、身内以外は知らない人も多いのよ。何せヴィネばっかり目立ってるからね、このチーム」
「サラももっと表に出ろよ、強いんだから」
「目立つの嫌いなの、私は貴女の影にいるぐらいで充分よ」
軽く肩を竦めてから、勿体ないと不満げなヴィネの頭を撫でて宥めていた。あのヴィネをまるきり子供扱いとは何だか珍しいモノを見た気分だ。
ヴィネが強いと言うのなら、サラも相当な手練れなのだろう。そして信頼できる人物である事はヴィネと対等な関係を築いている事を見ても分かる。
この人ならユキの事を話してもちゃんと考えてくれるだろう。そんな安心感を感じられた。
「…それじゃ、お互い紹介が済んだってことで、話を始めるか。おっさんからは何処まで聞いてる?」
「ダンには会わせたい奴がいるって事と、森の異変について重要な話があるって事だけだな」
「猫さんからの要請って事で、ヴィネが張り切って引き受けちゃったのよね」
「確かに猫が話を~って言ったら即答で了承したもんな、ヴィネ」
何だかその様子を容易くイメージ出来る事が嫌だった。気に入られる、好かれるという事は本当なら良い事なのだけれど。
苦手意識が抜けない私はあまり喜べない事だ。あとユキが何気に嫉妬を積もらせているのが感情で伝わってくるので後々フォローも必要だと少し胃が痛い。
「まぁ、すぐ話が出来てこっちも助かったよ、うん……。それじゃ、まずは会わせたい奴ってのはカイン達だってのは分かると思うけど」
「えぇ、わざわざ連れてきたからには理由があるでしょうしね」
「その理由ってのがな――レティ、フード取って良いか?」
「……はい、良いですよ」
膝の上に居るユキがこくりと頷いたので、彼女の髪が乱れないようにゆっくりとフードを取った。サラリとフードから零れ煌めく白の髪が綺麗だ。
そして向かいの二人には見えるだろう。白の髪とともに、その煌めく黄色の瞳が、はっきりと。
「おいおい、その髪と目って帝国のお触れの奴じゃ……」
「………なるほど、『悪魔の子』ね」
あんぐりと口を開いて驚いているヴィネと、目を瞠った後に少し顔を険しくしたサラと。
驚いてはいるが少し方向性が違う様だった。少なくともサラは何かを察したようだ。
「サラは、悪魔の子の事を知っているのか」
「勿論。その髪が『悪魔の子』の象徴であるって伝承はそもそも私達の国――『フェーレンス王国』から来ているからね。この国でも『フェーレンス王国』に近い所なら伝わってるみたいだけど」
「その伝承は俺達の住んでいた町にもありました。確かにあそこはフェーレンス王国に近かったです。だから、その、色々と…」
「無理に言わなくていいわ、想像できるから」
カインの言葉をサラが軽く手を振って遮る。その表情が痛ましく歪んでいたところを見る限り、どう扱いを受けてきたか察しているのだろう。
サラが徐にソファから立ち上がり、ユキに歩み寄った。私の膝の上に座っていたユキの体が緊張で強張るのが感じられる。
そんなユキの視線に合わせる様にサラは屈み、細長い指でユキの白い髪をそっと撫でた。その顔はどこまでも真剣に、真っ直ぐユキを見つめていた。
「白の髪とは聞いていたけれど、こんなに綺麗な色をしていたのね。その瞳だって、お月様みたいで素敵。悪魔なんて言葉が不似合いなぐらい、美しいわ」
「え、あ、あの…」
「……将来、悪魔に体を奪われる為に生まれてきた白い髪の子供、そして月色の瞳を持つものは魔王の生まれ変わりとも言われる。ただの伝承じゃない、これは本当の事よ」
「―――っ」
カインが、レイラが、そしてユキがその言葉に顔を青くさせた。恐れる様に震えるユキの体をそっと抱きしめる。縋る様に私の服を握るその手が弱々しくて居た堪れない。今すぐこの場からユキを連れ出してしまいたい。
しかし今、話を進められるのは私とサラだ。おっさんもヴィネも話について行くだけで必死みたいで険しい顔をしている。だから、私が聞かなければいけない。
「……それは、どういうことだ」
「白い髪の子供はある程度その『魂』が成長したら、それに憑りついていた悪魔が完全にその体を乗っ取るの。そうして悪魔は新しい身体を得て命を長らえていく。そちらの伝承がどういう内容かは知らないけれど、これは『実際の悪魔』から聞いた話だからね」
「それ、噂の魔王から逃げてきた悪魔ってやつか?」
「そう、その子。だから、月色の瞳の話も本当。魔王が死ぬと、その生まれ変わりとして『魔王候補』が――白い髪に特別な瞳を持つ子供が生まれる」
ユキを見つめたまま、サラが言葉を紡ぐ。ユキの震えが大きくなる。ああ、駄目だ、これ以上話を続けるのは駄目だ。ユキから伝わる恐怖と悲しみと罪悪感で滅茶苦茶になった感情が、嵐のように心をかき乱す。
これ以上はユキが耐えられない。それが真実だとしても、酷過ぎる。彼女が何をした、この家族がこんな、こんな――。
「サラ、すまないが止めてくれ。頼む、もうこれ以上は」
「………そうね、ごめんなさい」
優しくユキの頭を撫でて、もう一度「ごめんなさい」と呟いたサラが再びヴィネの隣に腰掛けたのを見てゆっくりと息を吐いた。ユキの震えは止まらない。顔だって、死人のように真っ青で、無表情に近い。
皆が黙り込んでしまった場で、どう言葉をかければいいのか分からない。それでも、彼女がこれ以上怯えない様に、消えてしまわない様に、抱きしめる力を少し強くした。
カインとレイラの顔色も優れない。当たり前だ、あれだけ溺愛している娘に恐ろしい未来が待っているのだと言われたようなものだ。平常心を保てるわけがない。取り乱さないだけマシだ。
こんな時に何も言葉が出てこない自身の語彙力の無さを恨んだ。
「――ぬぁあ、すまん!色々と急展開過ぎて話がよく分からん!」
「堂々という事じゃないわよヴィネ」
ガシガシと灰色の髪を掻きむしったヴィネが、唐突に叫んで全員の体がビクリと震えた――サラは予想していたのか、軽く溜息を吐いて言葉を返していたが。
「いや、そうなんだけどさ。結局なんだ?その輝かんばかりの美少女が悪い奴って事か?」
「違う、悪い奴なんかじゃない!!」
そこはハッキリと否定しておく。例え『魔王候補』だと言われようが、それがなんだ。
私に触れる優しい指が、愛しく見つめてくれる瞳が、私に幸せをくれた。居場所をくれた。色んな大切な事を思い出させてくれた。私にとっての救いだった。
そんな存在が悪と呼ばれることが我慢ならない。ユキを否定されることが、嫌悪されることが、己が半魔だと蔑まされる以上に嫌だった。
「そうか、ならいいや」
「…え?」
それを聞いたヴィネがゆっくりとその青空色の瞳を細めて笑った。犬歯をむき出しにするような豪快に、気にすることなど何一つないと、輝かんばかりの笑顔だった。
「その子を帝国から守りたいってんなら協力するよ」
ヴィネらしい、軽い口調で。この場に漂う重い空気を吹き飛ばすような言葉だった。
―――逆に不安になってくる。ノリで言ってない?大丈夫?という感じだ。
「い、いいのか?」
「悪魔だ魔王だ言われても、既にアタシのチームに悪魔がいるからな。んなもん今更だろ。それに帝国の奴らに美少女が狙われてるのを放っておくなんて事、アタシにはできないしな」
カイン達が驚いた顔でヴィネを見つめている。私だってそうだ。こんな話を聞いた後でもヴィネの態度は変わらない。ただ『助ける』とそう言ってくれているのだ。
しかし、ヴィネだけで決められる話ではないだろうとサラを見る。サラは――ヴィネを見つめて、笑っていた。わざとらしく、溜息を一回だけ吐いて、ヴィネの頭を指で軽くつつく。
「もぅ、貴女はそういう子よね」
「何だよサラ、不満か?」
「いえ、貴女らしくて安心したわ」
そのままウリウリとヴィネの頬に指を押し当てて。期待通り、とその満足げな表情が言っている様だ。
サラにはヴィネがどうするか分かっていたのだろうか。サラは何だか飄々としていて、その内面は分からない。
それでも考えられずにはいられない。わざわざ私達とヴィネに真実を聞かせたのは、こう答えてほしかったからではないのか、と。
それを私達に聞かせたかったからではないかと。将来、恐ろしい存在になり得る可能性があったとしてもヴィネなら受け入れると、そう伝えたかったのかもしれない。
―――彼女なりの、私達に示した誠意なのかもしれない。
「すまない……いざとなったら、レティを頼む」
だからこそ、心の底から頭を下げる事が出来た。カイン達も、一緒に頭を下げている気配がした。
「あぁ、頼まれた。嬢ちゃんだけじゃなくて全員守ってやる、任せろ」
それに応えてくれたヴィネの言葉は、これ以上ないほど頼もしいものだった。
「――それじゃ、いざと言う時どうするかは後で話し合うとして、異変の事についても教えてくれる?」
「あぁ、魔物の数が少なくなった件なんだがちょっと心当たりがあってな……でも、その前に」
頼れる相手ができて安堵したのもつかの間、私の腕の中で先程から一言も発していないユキが心配になって顔を覗き込む。
「――レティ、大丈夫か?」
「………」
もう震えてはいないものの暗い顔をしたユキは、私の言葉にも頷きひとつ返すだけで言葉を発しない。
血の気を無くした白い肌が青白く、消えてしまいそうな儚さを醸し出している。しかし、私に伝わる感情は今も尚、複雑に混ざり合い、ぐちゃぐちゃだ。
泣き叫んでいてもおかしくない位の感情の奔流にユキは必死に耐えていた。彼女は今、静かに己と戦っているのだ。
「なぁ、その嬢ちゃん、大丈夫なのか?随分顔色が悪いけど」
「色々とショックなのは分かるわ………何なら、別室で休んで貰ってもいいわよ?」
「…いえ、大丈夫です。話を続けてください」
明らかに無理をしているとは分かっている。それでも、私と離れる事を拒む様に服を必死で握るその手が。泣くのを堪え、強い光を灯す瞳が。
私に彼女を連れ出すと言う選択肢を無くしていた。ユキはか弱いけれど、強い。一度逃げ出してしまった彼女は、その後に来る辛さを知っているから。
だから、強い。逃げださないように踏ん張れる力を持っているから。
「サラ、話を続けよう」
「――いいの?」
「いざとなったらレイラ達に任せるけど。きっと私から離れないからな」
「あら、随分好かれているのね」
「ま、これでも将来を誓い合った仲だしな」
「「え?」」
あらあらと興味ありげに瞳を細めたサラと、え?なに?そういうの?と驚きで固まってるヴィネと、まぁ何となく予想はついていた反応だった。
いや正直恥ずかしいんだけど。今頑張ってるユキがちょっとでも喜ぶことを言った方が良いかなとか思ったわけで。当のユキは今なんでそれを言うのかと耳を赤くして睨んできたわけですが。
「親公認だからっていつもいちゃついてますからね、この子達」
「え、詳しく」
「レイラ、これ以上は話が逸れるから暴露するのは止めろ」
「肩の力を抜くにはちょうどいいかなって」
「これでも恥ずかしいの耐えてるんだからな!?止めろよ!?」
ここぞとばかりに乗ってくるレイラは本当に良い性格をしてると思う。
レイラなりに場を和まそうとしているのかもしれないけれど、とりあえずカインは見守ってないでレイラを止めろ。おっさんは憐みの目で見つめてくるのを止めろ。
「いやいや、ちょっと詳しく聞かせて頂戴よ。なに?猫さんって若い女の子がお好みなの?そういう趣味?若いっていうか幼いって感じだけど、成長する楽しみって奴なの?」
「そうかーだからアタシが口説いても靡かなかったのかー納得したわー」
「いやいやいや、それは関係なくてな?話を戻そう?な?」
「――ヴィネさん、今なんて言いました?やっぱりアイさんを口説いてたんですか?ちょっとお話を聞かせて貰えます?」
「いきなり矛先がアタシに来た!?」
にやにやとからかってくるサラ達に割り込んできたのはユキで、先ほどの感情の奔流はどこへやら、今は嫉妬の感情で満ちておりました。こわい。口は災いの元。
目が笑っていないユキに見つめられて口籠るヴィネと、貴女が悪いとヴィネを呆れた目で見るサラと、面白そうに見ているレイラ達を見ているうちに私の肩の力も抜けたようで思わず笑ってしまった。
「私の大切な人に手を出さないで下さいね?」
「あ、はい、分かりました……サラ、あの子見た目よりも結構こわいんだけど」
「恋する乙女は強いのよ」
そう、恋する乙女は強い。だからユキは強い。
私に恋をしているから、なんて恥ずかしい考えは絶対に口には出さないけれど。それはお互い様でもあるわけだし。
「そういえばアイって…?」
「あぁ、レティがつけてくれた私の名前だけど」
「ええええ、何で教えてくれないんだよ!?アタシだって名前呼びたいのに!」
「え、なんかやだ…」
「何で!?!?!?」
ヴィネが一瞬で泣きそうな顔をした。それほどまでか。まぁ、それでも――。
「ヴィネは猫でいいよ、そっちの方が違和感ない」
「えー…」
爺さんから貰った『猫』という呼び名も気に入ってはいるから。この呼び方も慣れ親しんだものだから、呼ばれなくなってしまうのも寂しかった。
それに――爺さんのように、おっさんのように、尊敬できる相手にはそう呼ばれたいなんて、言葉にしたら調子に乗らせるだけなので絶対に言わないけれど。
まぁ、何はともあれ――。
「ほら、話進めるぞ」
「そうね、でも後で詳しく聞かせてね」
「私の惚気でいいなら喜んで。アレやコレや語れますよ」
「あら楽しみ」
「レティ、やめろ、やめて、恥ずかしくて死ぬ」
とりあえず、ユキが完全復活したようで何より……だと思う。うん、後で羞恥で死にそうだけど。
まだまだ続くよ話し合いとじゃれ合いなお話し。今回は前編で御座います。
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