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猫の愛とは如何なるや?  作者: よるの
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幕間・とある店主の裏事情

今回は幕間回、前に少し出ていた店主のおじ様視点になります。

その日は何か様子が変だと思っていた。

いつも朝方に生ゴミを漁ってくる野良猫どもが現れない。それどころかそいつらが自由気ままに道を歩いている姿も見当たらない。

野良猫が現れないときは大きい方の『猫』に何かしらあった時だ。だから普通に魔物を売りに来た時は少しだけ安心したのだ。

それなのに、いつも通り売って終わりというわけにはいかなかったらしい。


「なぁ、おっさん」


『猫』は言いにくそうに口を何度も開閉させてから、どこか気恥ずかしそうに目を逸らした。

こんな表情を見た事が無い。何かあったのかと落ち着かなくなる。


「いや、さぁ…ちょっと売ってほしい物があるんだけど」


(…なんだ、そんなことか)


薬を売ってほしい、それ自体は珍しいが無かった訳ではない。心配し過ぎかと密かに息を吐く。しかし次の言葉に息が止まる事になった。


「ホーンウルフの角からできる薬ってさ、滋養強壮に良いんだろ。それを子供用に飲みやすくして売ってほしいんだけど」


「………こども?」


「あぁ、子供」


「…………」


「……?おい、おっさん?」


「お前を孕ませた野郎は誰だぁあああああ!!!!!!!!!」


「はぁーーーー!?!?」


未だかつて出したことが無い様な大声と、これまで聞いた事がない『猫』の声が店の中を響き渡った。




「………いやだからな?私が孕んでたりしたら腹だって膨れてただろうし、そもそも狩りとかできてないだろ?」


「そ、そうだがな、半魔は何か特殊だったりしないのか?」


「孕んだことないから分かんないけど、その辺りは人間と同じだと思う……つか、そんな相手いないって何度言えば」


「変な奴に誑かされたり襲われたりとかはないんだろうな!?」


「ないって何度言ったら分かるんだよ?!私の子供じゃないって!!!」


「じゃあ誰の子供だ!!」


「えーっと……誰の…まぁ、知り合い、になるのかな、子供の方しか面識ないけど」


「何だそのあやふやな関係は…」


――それから『猫』の必死の否定で自分の誤解であることは分かった。しかし、こいつが良く知らぬ子供の心配、尚且つ薬を欲しい等と今までだったらありえない事だった。


「まぁ、あやふやと言われればそうなんだけどさ――」


今まで。そう、初めて街にやってきてから。


「それでも、はやくあいつが治ってくれないと、何だか落ち着かないんだ」


『猫』のこんな――何かを慈しむ様な、愛おしむ様な顔を見るのは初めてだった。




『猫』の事は街へとやってきた時から知っている。自分の兄貴分であったデュランさんがいきなり連れてきた半魔の子供。その時は骨と皮しかないような痩せっぽちでいつ死んでもおかしくないほどボロボロだった。

今はこんなに大きくなって――色々な意味で大きくなったから心配になる程だが。

とにかく、連れてこられた当初は人嫌いが激しくて自分ともまともに話したことなどなかった。自分も半魔は禁忌の存在だと認識していたから話しかけもしなかった。何でこんな奴を拾ってきたのか、とも思っていた。


だがデュランさんは違った。とにかく奴を構い、怒らせ、笑わせ、色々な事を教えていった。

自分はデュランさんが昔戦争時に攫われた娘のかわりにしているのかと思ったが、その眼差しは仮想のものを見る目ではなかった。しっかりと半魔の少女を見つめ、接していた。

半魔の少女は『猫』とデュランさんに呼ばれていた。自分もいつの間にかそう呼んでいた。そう呼び始めてから、一言二言ではあるのだが話が出来る様になっていった。


親から継いだこの店はデュランさんも常連だった。それどころか自分が店主になってから頻繁に入り浸る様になっていた。

そこにいつの間にか『猫』も居て、最初は違和感だらけだったが馴染むまでそんなに時間はいらなかった。更に少女との会話が増えて行った。

その頃くらいから『猫』は野良猫達のリーダーの様になっていた。周りに何時も野良猫がいて、いつの間にか服を猫の毛だらけにされたのには困ってしまった。


デュランさんは狩りの名人だった。獣も魔物も綺麗に狩ってくる。獲物を無駄に傷つける事をしない、それが狩人の獲物に対しての敬意だと常日頃から言っていた。

『猫』もデュランさんに狩りを教わっているようだった。いつの日か一人で暮らしていける様に、もう己の命は長くないと分かっているのかデュランさんは生きる術を教え込んでいるようだった。


「おっさん!みて、これ私が狩ったやつ!すごいだろ!」


「んだよ、まだまだ傷だらけじゃねぇか。デュランさんにはまだまだ及ばないなー」


「くっそ!爺さんと比べんなよ!!」


「ばかやろ!デュランさんは爺さんじゃねぇ!」


「いやー俺はもういい年だから爺さんでいいぞー」


獲物を得意顔で持ってくる『猫』とそれにケチをつける自分と、それを見て笑うデュランさんがいる、それがこの店のいつもの日常だった。

デュランさんが笑っていれば『猫』も笑っていた。周りから半魔だと忌避の目で見られて何時も不機嫌そうな顔がその時だけは緩んでいた。


時が過ぎるのは早く、少女が大きくなるまであっという間の時間だった。ボロボロだった子供は美しい女性へと育っていた。

悪意に対しては鋭すぎるぐらいなのに、それ以外に鈍すぎる彼女は何とも無防備で自分もデュランさんも悪い虫を払うのに苦労したものだ。

でもこういう時間も悪くないと思っていた。この店は、この時間は、いつまでも変わらないと思っていた。

それなのに――。


「――おっさん!爺さんが…爺さんが、倒れて――!!!」


血の気を失った、真っ青な顔で『猫』が店に飛び込んできたその時から。デュランさんが倒れてからすべてが狂っていった。

あっという間だった。本当に、あっという間にデュランさんは逝ってしまった。デュランさんの傍で、その冷え切った手を握り続けていた『猫』の姿は見るに堪えなかった。


「なんで埋葬にあいつを連れて行かないんだ!ずっとデュランさんの傍に居たんだぞ、最期を看取ったのだって――!」


「でもアレは『半魔』だろ?あんなのが埋葬の儀に参加したらデュランが神の国に行けねェよ」


「そんなの――!」


「ダン、聞き分けろ。お前は『半魔』なんかに入れ込み過ぎだ。前はデュランがいたから良かったが――店を続けたいなら、もうあんなのと極力関わるんじゃない」


デュランさんの昔の飲み仲間達は『猫』の事をただの『半魔』としか見なかった。デュランさんがいた頃は彼女とも一緒に笑っていたというのに、その内面は冷たいままだった。

デュランさんの遺体を無理やり『猫』から引き離し、森へと埋葬した。これがデュランさんの意思だと言って、彼女から奪っていった。

こんなことは間違いだと叫びたかった。話は聞こえていただろうに、それでも家から、デュランさんが亡くなった場所から動けない彼女がただ哀れで耐えられなかった。


それから『猫』は人と関わる事を極力避けていった。彼女は自分とも客として来る事以外は距離を置くようになった。

そして自分も――彼女を『半魔』として扱う様になっていた。店が大事だから、店の為に、そんな理由で周りの人間から弾かれない様に暮らした。これは自分の罪だった。


その時、彼女は『半魔』であることを悪い方で認めてしまった。受け入れてしまった。彼女は生きる事以外の全てを諦めてしまった。


後悔など何もかも手遅れで。もう元の関係に戻る事など不可能で。

それでもせめて。店主と客の関係で良いから。少しでも見守っていこうとデュランさんの墓に誓ったのだ――。




「……おい、猫」


「な、なんだよ」


思い出された様々な記憶。あの頃――デュランさんと一緒に笑っていた頃と少しだけ重ねて見えた『猫』の姿。

正直に言えば嬉しかったのだ。その子供の事は知らないが、彼女にとって特別な相手が見つかったことがとても嬉しかった。

『猫』が望むのなら、その子の為というのなら、自分は何でもしてやろうと思った。


「すぐ作ってやる、待ってろ」


「そ、そうか。えっと……ありがと、おっさん」


「―――本当にお前の子じゃないんだな?」


「だから違うって言ってるだろ!!!」


拗ねた声で騒ぎ出す彼女の姿がとても懐かしく、嬉しかった。



翌日、いつもの様に朝方から生ゴミを漁る野良猫達がいて。

我が物顔で道を闊歩する野良猫達がいて。

久しぶりに服を猫の毛だらけにされた自分がいた。





そして―――白い髪の美しい少女を連れた夫婦が訪れたのは、その3日後の事だった。

ユキ「鈍いのは罪…」


アイ「ユキ怖い…」


こっそり猫を見守るおじ様の話。


ブックマーク、アクセス、感想、などなど本当にありがとうございます!とても励みになっております!

次回もよろしくお願いします。

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