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猫の愛とは如何なるや?  作者: よるの
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衝動と感情

月の光を浴びながら、自分に渦巻く得体のしれない何かを感じていた。

それは思考をぐずぐずに溶かし、胸の奥が強く脈打つ。苦しい。熱い。体が、頭が、全てが熱い。


「―っ…ん……ぅ!!」


目の前には苦しげに眉を顰めるユキの姿。潤んだ瞳がどうしようもなく綺麗で更に熱が上がった気がする。

腕の中に完全に閉じ込められて、押し退けようとする手の力は弱々しい。それ以前に私の力に抵抗できるほどの力をこの少女は持っていないだろう。

私の急変に猫達が怯えている。止めないといけないのは分かっているのに止まり方が分からない。


衝動の赴くままに唇を貪る。最初にユキの唇に触れた時、とても柔らかくて気持ちが良いと思った。

今は違う。柔らかいし、気持ちも良いけれど。頭を占める感情はもっと凶暴な何か。


ほしい。もっとユキが欲しい。触れ合う唇も、私の服を掴む手も、ユキを構成する全てがいま腕の中にある。それが嬉しい。


ああ、それにしても。


ユキの瞳。


月の色。怪しく輝いて。


頭をまたかき回される。


ユキの事しか考えられなくなる。


欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。


『*****』


湧き上がる感情が止まらない。私の知らない感情が心を満たしていく。言葉にできない感情が生まれていく。


「…ぃっ…!!!!」


気付けば口内に広がる血の味。誰の?私?痛くない。ユキ?ぬるりと唇を舐めると更に味が強くなる。おいしい。もっと。

何度も食む様に重ね合せる。私の牙が彼女を傷つける。痛そうに呻くユキの声。


可哀そうなユキ。傷つけてるのは私なのに。

悲しい。でも止まらない。どうして。苦しい。

ぐるぐるぐるぐると喉が鳴る。唸り声。獣のような声。私の魔の部分。こんなの知らない。知りたくなかった。


「――っ!!」


視界が暗くなる。目を閉じているわけではない。柔らかい感触。ユキの手。なんで目を塞ぐの。見えない。ユキの瞳が見たい。


「アイ、さん…っ!」


ユキの声がする。唇が離れる。いやだ。もっと欲しいのに。

彼女を抱く腕に力を込める。彼女の体の感触。柔らかい。見えないけれど私の前にいる。傍に居てくれる。


「ユキ、ユキ、ユキっ…!」


私ではないような獣の声。自分でもわからない、体を駆け巡るなにか。突き動かす衝動。怖い。血の味が消えてくれない。息が苦しい。

暗い視界の中、彼女の手の温もりが、腕の中の彼女の存在が、ただ一つの拠り所で必死に縋り付く。


「大丈夫、大丈夫ですよ。アイさん。傍に居ますから。落ち着きましょう?ゆっくり息を吸って。吐いて。大丈夫ですから」


ユキの声に従う。従うことが当然だと思う。抗う気持ちが出てこない。

息を吸って、吐いて、何度も繰り返しているうちに得体のしれない何かは薄まっていく。溶けた思考が戻っていく。


「泣かないで。アイさんは悪くないんです。怖かったですよね、もう大丈夫ですから」


その言葉に今更ながらに泣いていたことに気付く。泣くのは何年振りだろう。目が痛い。

段々と力が抜けていく。しがみついていた手を離し、だらりと腕を下に垂らした。ユキの手は未だに私の視界を隠している。

いま、彼女はどんな表情を浮かべているのだろうか。見るのが怖い。


「落ち着きました?」


「………あぁ。もう、大丈夫だ」


まだ多少ぼんやりとはしている。でも、それだけだ。涙も止まっている。

私の言葉にゆっくりとユキの手が外された。目の前には何かを堪える様に苦しげに眉を寄せて、それでも優しく笑おうとするユキの顔。

唇の端に血が滲んでいる。私がつけた傷。それでも、気にしないでくださいと何度もユキは私に言い聞かせる。


「アイさん。何度だって言いますけど、アイさんは悪くないんです。こうなってしまったのは、わたしが悪いんです」


私と視線を合わさない様に顔を伏せて、瞳を閉じる。苦しげな声。何か、罪を告白するような、懺悔のような。

心臓が苦しくなる。先ほどとは違う何か。こんな姿は見たくないのに。こんな声は聞きたくないのに。


「わたしは……わたしの瞳は――っ」


だから――言葉を吐き出す唇を塞いだ。今度は傷つけないように気を付けて、優しく自分の唇を押し付ける。

目を見開いて、慌ててぎゅっと目を瞑るユキの顔。まるで瞳を見せないようにしているかのようで、少しだけ彼女が言おうとしたことが分かった気がする。でも、ただそれだけだ。今の私にはどうでも良い事だ。

微かに血の味を感じたので拭い取るように舐めるとユキの体がびくりと跳ねた。さっきまであんなに美味しいと思ったのに今はそう思えない。まずい。


「っは…!…ちょ、ちょっとアイさん、いきなり何するんですか!まだ影響うけてます?!頭ぐらぐらしてません!?大丈夫ですか!?」


「いやもう大丈夫だから。顔ベタベタ触んな鬱陶しい」


「あっれ!?酷くないです!?さっきまでの流れでいきなりコレって酷くないですか!?」


唇を離せば顔を赤くして騒ぎだす。五月蠅い。私のせいだけれど五月蠅いのは五月蠅い。今は聞く気が無い。ぺったりと耳を伏せればユキは怒った表情を浮かべる。

頬を指で引っ張られる。痛い。でも先程までの辛そうな顔はしなくなったので良しとする。でも痛いから止めてほしい。

手を振り払って、耳を伏せたままそっぽを向く。子供っぽいとか今は関係ない。


「聞きたくない」


「いや、聞きたくないってそんな適当な…割と重要って言うかさっきの元凶みたいな事なんですけど」


「んー、どうでもいい」


ええ…と困った顔を浮かべる。それでいい。言いたくなさそうなことを言われても聞く気はない。

何となくわかるけれど、だからこそ聞かない。あの時、ユキを欲した衝動とは別に湧き上がった感情がある。きっとユキだけのせいじゃない、私がああなってしまった原因。

でもその感情が何なのか私は知らない、あれを何と呼ぶのだろうか。分からないから聞かない。今は誤魔化すだけで良い。


「私が何となく発情したってことで良いだろ」


「んんんんんんん!全然良くないんですけどアイさんからそんな言葉が出るとは思いませんでした思わずわたしが発情しそうです!」


「やめろ変態」


「それアイさんが言う権利あります!?」


また五月蠅くなったユキの頭をワシワシと乱暴に撫でると大人しくなった。綺麗な髪がぼさぼさになってしまってちょっと拗ねた顔、でも嬉しそうに口元が緩んでいたのは見ないふりをする。

撫でる髪の隙間から伏せられたユキの瞳が見えた。

今はもう突き動かされるような衝動も感じないけれど、これからももしかしたらあの様になってしまうかもしれない。今度はもっと求めてしまうかもしれない。


(………まぁ、別に良いか)


どうにかして止めるだろうと楽観視してみる。あの状態の時はユキの言葉に抗えないような気もしたし、そもそも変に距離を取れば騒ぐか死ぬかしそうな予感がした。

五月蠅いのは別にいいけど後者は駄目だ、ユキがいないとつまらない。今日出会ったばかりなのに何となくそう思う。出会ったばかりで何してんだって話は聞かない。


「アイさん、今度発情するならベッドでお願いしますね、そこならどんとこいなので。流石に初めてで野外プレイはちょっと…」


「いやいや何で受け入れ態勢なんだよ抵抗しろよ」


楽観視してはいけなかったようです。襲ってたのは私の筈なのに貞操の危機を感じる。ユキの本気の目怖い。

ユキが妖しい笑みを浮かべながらじりじりと距離を近づけてくるので後退りをしていると、猫達がそろそろ行こうと鳴きだした。どうやら猫達も落ち着いたらしい、良かった。


「そろそろ帰るぞ、子供はもう夢の中に居る時間だ」


「二人で一緒に夢を見ません?」


「断る」


ユキのいつも通りの軽口に少しほっとしながら抱き上げる。軽いけれど柔らかい、温かい。良い匂いもする。心地よい―――。


「………あの、アイさん?胸に頭を擦り付けられるのは…その、まだ大きくないので恥ずかしいんですが…」


無意識に抱き上げたユキの胸元に頭を擦り付けていたらしい。耳が首に当たって擽ったそうにしている。あと顔が赤い。照れた顔が可愛い。


(いや今それどころでじゃない何をしてるんだ顔が熱い尻尾が落ち着かないまだ瞳の影響が残っているのかいやいやいや落ち着けとりあえず落ち着けまずは――)


「ユキ、忘れろ」


「いや無理ですよなんですかさっきの可愛い行動は猫ですか猫ですね萌えですよね」


「うるさいうるさいうるさい!」


恥ずかしさで死にそうになりながら急ぎ足でユキの家に向かう。揺れが激しいのかユキがしがみついてくる。良い笑顔なのに腹が立つが何か言おうものなら返り討ちにあいそうなので黙っておく。

何であんなことをしたのか、あんなの小さな頃母にしかしたことが無い。安心できる場所に無意識に自分のにおいをつけようとするマーキング。そんなの、子供の獣人やらがするものなのに。


(これじゃどっちが子供だ……正直キスするよりも恥ずかしいぞこれ……)


悶々としながら走ればあっという間にユキの部屋まで辿り着いた。腕の中のユキをベッドに放り投げればあとは自分の家に帰るだけだ。


「また夜のお散歩しましょうね」


「…気が向いたらな」


ベッドで寝ころびながら声をかけてくるユキはにやにやしていた。悔しい。恥ずかしい。

猫達の何匹かはユキのベッドで寝転がっている。このまま泊まるらしい。羨ましいなんて思わないがベッドは良い匂いがしそうだとは思った。寝心地が良さそうなのだけは少し惹かれる。

寝転びたいとか思う前に帰らなければ。これ以上恥ずかしい思いはしたくない。


「アイさん」


背中を向けた私に対して、ユキの優しい声。少しだけ寂しそうな声。

振り返ってみれば先程のにやにやした目ではなくて、真剣に真っ直ぐに私を見ているユキの瞳。切なそうな、愛しそうな、体がむず痒くなりそうな視線に心臓が跳ねる。


「愛してますよ」


そんな瞳で、真剣な顔でいうものだから返答に困る。大体、私とユキは出会って一日も経っていないのに愛しているだなんてよくわからない。その感情をそもそもよく知らないのだ。

だからどうして私の事をそう想ってくれるのかもわからない。一目惚れだから?そんなに強烈なものなのだろうか。わからないことだらけで頭を抱えたくなる。


でも、その言葉が嘘でない事だけは分かった。これだけ短時間で、僅かな逢瀬で、こんなにも私の奥深くに刻み付けてくるのだから大したものだ。

私自身はどう思っているのか、そんなのまだよくわからない。もやもやとした形のない何か。でも嫌ではないから、悪いものではないのかもしれない。

でも今は、私から返せる想いの名前は分からないから――。


「……知ってる」


ユキの想いが嘘ではないことを知っている。分かっている。それだけはちゃんと伝える。

嬉しそうに、切なそうに笑ったユキの顔が妙に目に焼き付いて離れない。とても綺麗だと思ってしまった。



――屋根伝いに走って帰る道。頬が熱いだなんて、鼓動が速いだなんて、全部走っているせいだと思い込む。

今日は振り回されっぱなしだ、心も体も揺さぶられる、そんな存在に出会ってしまった。なんて一日だと思った。


ああ、それでも。


(なんだか良い夢が見れそうだ)


ゆらりと上機嫌に揺れる尾に、周りの猫は嬉しそうに鳴いていた。

ユキ「今日一日でキスした回数を数えてみたんですけど」

アイ「おいやめろ」

ユキ「わたしは一回………アイさんは?」

アイ(頭を抱える)


やっと一日が終わりましたの巻。

ブックマーク、アクセスありがとうございます!読んでいただけると励みになります。次回も頑張ります!

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