第54話 来客者
「ここが、ゆうちゃんの部屋なんだね。」
コウさんは、嬉しそうな瞳で、私の部屋を見回している。
お金持ちのコウさんにとっては、狭い部屋だと思うけど、誰がみても、嬉しそうな表情のコウさん。瞳の輝きでしか、表情を読み解くのが難しい彼が、珍しく、顔の筋肉がゆるんでいる。
「あ、ゆうちゃん、コレ、どこに置く?」
コウさんは、大きめの紙袋を、少し持ち上げて、聞いてきた。
そう、この大きめの紙袋から、コウさんが、私の部屋に来ることになったのである。
大きめの紙袋=引き出物の紙袋
そう、私が、友人の結婚式でもらった、紙袋である。
コウさんの車の中に置いたまま、逃げてきたので、それを、今、受け取ったのである。
なんとも、恥ずかしい話である。
「荷物になるから家まで、送ってあげる。」というコウさんに、丁寧にお断りしたのであるが、「メイクも、直した方がいいよね?」と、半ば、強制的に、私の部屋に行くことになった。そして、その後、職場の『ローズ』にも、送ってくれるという。
さすがに、忙しいコウさんに、そこまで頼めないと思って、更に、丁重にお断りしたのだが、「休憩時間内に、間に合わないよね?」と、これまた、強引に、決められたのである。
「2週間後会おうね。」て、きれいに別れるはずが、何故か、コウさんと、まだ一緒なのである。
私は、紙袋を受け取り、コウさんに、赤いソファーベットに、座るように、すすめた。
そして、飲み物を聞く。
「コウさんは、やっぱり、コーヒーが、いいかな?」
紙袋を、キッチンの方へ持って行き、再度戻りながら、コウさんに、問う。
「いや。ゆうちゃんが、いつも飲んでるのがいいな。」
と、いつもの涼しい顔になって、答えてくれる。
「そうなの?うーん。何にしようかな。」
私は、考えながら、キッチンに向かい、やかんに水を入れ、ガスをつける。
お湯が沸くのに、少し時間がかかるので、どのお茶にするか考えよう。
その間に、メイクを直そうと、思い、コウさんに、少し声をかけてから、部屋に置いてあるメイクボックスを片手に持ち、洗面所に向かう。
「嘘・・・。」
私は、一人つぶやいてしまった。
鏡に映った私の顔は・・・ひどすぎた。
ここで、表現するのは、止めておきたいほどの、無残な顔だった。
涙で落ちたメイクの汚れ。鼻の先は赤く、目は充血、まぶたは、腫れている。
今までも泣いたところは、見られていたが、今回は、いつも以上に、ひどい。
この顔は、直すというより、一回、落として、再度、顔を作るしかないと、私は悟った。
残りの休憩時間を考えれば、目の充血も、まぶたの腫れも、いくぶん、良くなりそうだ。
私は、急いで、メイクを落とし、洗顔し、化粧水、美容液・・・。ベースメイクを整え、眉を、描いたところで、やかんが、ピーと沸騰するのが、聞こえて慌てて、キッチンへ行った。
火を止め、来客用の品の良いカップに、お湯を注ぐ。
何をするか、決めていなかった私は、茶葉が入った箱を出し、どれにするか、選ぶ。
最近開けた、ローカフェインのマスカットティーが、目に入り、透明な耐熱ガラスのポットに、茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
蒸らし時間を、キッチンタイマーで、セットし、メイクアップする為、再度、洗面所に向かう。
コウさんは、近くにあった、私の読みかけの小説に、目をとおしていた。
図書館で借りてきた、少し前の恋愛小説。映画化にもなった本だ。
とくに恥ずかしい物も、置いてなかったよねと、私は、自分の部屋を見回した。
「!」
ソファの目の前にテレビがあって、左右に棚があるのだが、右棚に、コウさんとお泊りデート行った時のバラ風呂用のバラを、ドライフラワーにしたのが、地球方の透明のガラスの瓶に入れて、飾ってある。
そして、ソファーベットの後ろにある机には、コウさんとのツーショットの写真が飾ってあるのだった。
私は、今の状態で、こういう思い出の品は、不謹慎ではないかと思い・・・、慌てて、隠そうと思った。
しかし、目の前の棚の、ドライフラワーにしたバラは、今更、隠しても、怪しまれるかな・・・と思い、見てないことを、祈ることにした。
あれが、その時のバラだって、言わないと、わからないよね?
私は、自然を装って、机に行き、飾ってあるコウさんとツーショットの写真を、引き出しに、隠した。
後ろだから、見られてないよね?
と、勝手に思って、洗面所に向かった。
すでに、コウさんが、確認済みで、ひそかに喜んでいたことは、私は、知る由もなかった。
メイクアップも終わり、乱れた髪も、整え終わったころ、キッチンタイマーが鳴った。
物凄い勢いで、自分の顔を作り上げ、キッチンへと戻り、味と香りを確認して、カップのお湯を捨て、マスカットティーを、注いだ。お盆に、ソーサーにのせたカップとポットと以前、優子にもらった焼き菓子とクッキーも添えて、コウさんのところに向かう。
ソファーベットの前に、マスカットティーと、お菓子をだし、ポットは、少し横に置いた。
私も、「どうしようかな。」と、ちょっと悩んだが、少し間をあけて、コウさんの横に座った。
「良かったら、どうぞ。」
と、声をかける。
明らかに、間を開けて座る私を、じっとみつめて、「もう少し、こっちにおいで。」と、言いながら、私の腰を、自分に引き寄せた。
コウさんの体に、ぴったりとくっつけられる私。
腰に、コウさんの右手がまわされている。
ドキドキしている私の横で、コウさんは、何もなかったかのように、カップを持ち、マスカトティーの香りを楽しみ、一口、飲んだ。
コウさんの体温を感じて、頬が赤くなった私は、コウさんが、マスカットティーを飲んで、嬉しそうな顔をしたのに、気づかなかった。
「ゆうちゃん、これ、紅茶?香りもいいし、おいしいね。」
コウさんの声で、顔をあげて、返事しようとした。
勢いよく顔をあげた為、とても近いところに、コウさんの顔があった。
慌てて、距離を取ろうとする私を、コウさんが、がっちり制止する。
顔だけ、話しやすい距離を保ち、体は、くっついたまま、私は答えた。
「ローカフェインのマスカットティー。ベースは、紅茶。爽やかなマスカットの香りが、私も好き。」
と、にっこり笑って答える。
「ローカフェイン?」
「カフェインが少ない。0(ゼロ)では、無いんですけど、カフェイン少なめの紅茶。」
「へえ。ゆうちゃん、そういうのも好きなんだね。」
「仕事から帰って来たときに、癒しで、お茶飲むのが、好きなんだけど、夜だとカフェイン入っていると寝つき悪いことがあって・・・。昼間はコーヒーで、夜は、ノンカフェインやローカフェインが多いかな。」
「ふーん。なるほど。僕も、カフェインレスのコーヒーを、最近、飲んでるなぁ。」
「ええ!コーヒーもあるの?ノンカフェイン。」
「最近、市販でもでてきてるよ。ちょっと割高かな。お店にも出そうと思ってるんだけど、もう少し安くできないか思案中なんだよね。」
へえ。そんな貴重な情報を、私は、聞いていいのだろうか。
うなずき、コウさんから、離れる方法を考え始めた。
考える期間をもらった今、この密着度は、やはり、おかしい。
どうしたら、この手を離してくれるのだろうか?
コウさんは、静かになった私には、気にも留めず、私に質問した。
「本多とは、どんな関係なの?」
「え?誰それ?」
唐突のコウさんの言葉に、驚き、誰かわからない人との関係を聞かれたことに、更に驚く。
コウさんは、じっと私をみつめ、口を開く。
「知らない?ゆうちゃんが通ってる僕のお店のバリスタ。本多耀・・・。」
「ああ!耀輔君ね。」
コウさんが言い終わる前に口を開く。
「誰かと思った。」
納得した顔の私と、不機嫌そうな瞳に変わったコウさん。
でも、その瞳には、私は気づかず、更に、言葉を紡いだ。
「関係?友達・・・かな。お店に行く様になって、最初は、久米さんと話す様になって、そのあと耀輔君が入ってきてからは、ほぼ、耀輔君と話してるかな。明るくて、人懐っこいけど、実は、夢に向かって頑張っているところとか・・・。なんか夢を追っている私としては、仲間意識感じるっていうか・・・。最近は、特に仲良くして・・・あ!」
私は、今更ながら、ワタル珈琲店に行く約束を、耀輔君と、約束していたことを思い出した。
急いで連絡しなくては思い、スマートフォンを取りに行こうとする私を、コウさんは、引き留める。
「どうしたの?」
ますます不機嫌な光を宿しているコウさんには、気づかず、耀輔君と、今日、会う約束したことを告げる。
コウさんは、少し、考えた後、私に言う。
「ゆうちゃん、本多のことは、僕に任せてくれないかな?」
「なんで?私からあやま・・・。」
「私から謝るのが普通でしょ。」と、言いたかったのだが、「任せるんだ。」という強い視線に気づき・・・、言葉を飲み込む。
なんか、怒っている?
いつもに増して、強い視線・・・。
まあ、代わりに謝ってくれるなら・・・いいのかな。
謝ってくれるのかな?
うーん。
念のため、コウさんに声をかける。
「『ごめんね。来週行くね』て、伝えておいてね。」
コウさんは、しばし無言のあと、「ああ。」と、うなづいた。
その瞬間、世界が、揺らいだ。
正確には、ソファーベットに、押し倒されたのだ。
え?
え?
ええ???
コウさんが、覆いかぶさっている。
私の顔の両横に、彼の手が置かれている。
今まで見たことのない炎の瞳のコウさんに、寒気がした。
え?
何を怒らせたのかな?
うーん。
「ゆうちゃん・・・。」
少し震えた声で、呼ばれた。
そろそろ仕事にも戻りたい。
しかも、この体勢は、今の二人では、してはいけないよね・・・。
時間貰うんだから・・・。
「コウさん・・・。仕事・・・遅れちゃうから、そろそろ・・・。」
恐る恐る、告げる。
コウさんは、私の瞳をにらみ、ため息をついて、体勢を直した。
私も急いで、体勢を直して、カバンを取りに行こうと、立とうとして、手を握られた。
「好きだよ。」
軽く唇にキスをおとし、私の手を離し、コウさんも、立ち上がった。
考える時間を放棄したくなる自分の気持ちを抑えて、私は、職場の『ローズ』に、送って貰った。
手を振り、見送り、『ローズ』の建物の中に、入る。
私は、自分の唇に手をあて、コウさんとのキスの感触を思い出し、甘いため息がでた。
慌てて、頭をふり、仕事モードに頭を切り替えた。
その後、コウさんと耀輔君が大人の男の話をしたことは、私は知らない。
読んで下さって、ありがとうございます。遅くなって、ごめんなさい。次回は、未定です。頑張ります!ラスト近し!!!




