第16話 葛藤
今回は、いつもより少し長めです。
「よし、できた!」
一人つぶやく私。ここは、私の部屋。今日は、火曜日。セレブ御用達の『ローズ』は、定休日である。
明日は、私を指名してくれる一人である常連の宝地綾子様が、来られる日だ。宝地様は、有名な宝石店を数軒、展開している女社長である。シンプルだけど、ゴージャスなネイルを好む。雑誌や画像や写真を参考に、本日のネイルを話し合って決めるのだが、なかなか話が噛み合わない。だいたい7、8割くらいしか納得いかない為、お叱りを受けるのである。一回、5割しか気に入らなくて、やり直したこともある。私は、彼女対策に、あらゆる方法をとったのだが、その中で、うまくいったのは、サンプルを作ることだ。しかも、私が考えた宝地様に合うネイルを。多すぎても、少なすぎてもいけないと思い、毎回、3個作って、持っていくことにした。それが、好評で、宝地様の場合は、特別に毎回、サンプルを作っている。
2週間に1回来て下さるので、完成して、また新しいネイルを考えるという作業は、2年半以上続いている。前回の担当が辞めて、新人の私が、すぐ担当した。一生懸命な姿な私を好いてくれた様で、次回から必ず指名してくれる様になった。毎回、お叱りを受けながら、なんとかやっている。このサンプルも必ず、何かしらお言葉を頂きながら、次回の参考にしている。最近は、時折、褒めてくれる様になったので、ますますやる気になっているのである。さすが、社長!人を伸ばす力をお持ちだなと思う。
そういうわけで、宝地様のネイルのサンプルが、完成したのである。
仕事が終わると・・・葛藤が始まる、このごろの私。
コウさんとの花火デートから、2週間ほどたった。まだまだ暑いが、秋風が時折吹き出す、そんな季節になってきた。
あれから、1度もコウさんに会ってないが、毎日メールか電話で、連絡を取っている。
最近は、「ゆうちゃん、好きだよ」と、メールの追伸、または、電話で、ささやくのが、彼の日課になっている。
毎日だというのに、今だ、慣れない私は、ドキドキしてしまう。
早く、ゆう子だと、言いたいのに、言いたくないという悪魔のささやきに負けてしまうのである。
優子にも、すぐ、報告した。彼女は、相変わらず、「ラブラブじゃん!いいなー。そこまで骨抜きにしたら大丈夫だって!絶対、許してくれるよ!」と、のんきな返事が返ってきた。
いや!
無理でしょ?
結婚前提のお付き合い。
素性隠してる時点で、詐欺じゃない?
て、言ったら、「でも、ゆうちゃんは、林優子自身を演じたのではなくて、林優子でもおかしくないゆうちゃん自身を演じたんでしょ?だったら、私じゃなくて、ゆうちゃんキャラ自身を好きになってくれてるんだから、大丈夫だよー。」と、納得できるようなできないような返事だった。
いやー。
でも、でも・・・。
やっぱり、詐欺だよね?
詐欺・・・・。
犯罪者?!
捕まっちゃう?!
やっぱり、
やめればよかった!
本当に・・・本当に・・・あの時に・・・
断ってさえいれば、こんな嘘をつくことは、なかったのに・・・。
いやーーーーーーーーーーー!!!
大きく、心の中で叫んだ瞬間・・・・
スマートフォンが鳴った。
纐纈雄海。コウさんだ!
「もしもし!」
すかさず電話にでた私。
こういう時は、素直な行動にでてしまう。
私って・・・一体・・・。
「あ、ゆうちゃん?今、大丈夫?仕事中だった?」
ああ。コウさん。声を聞いただけで、幸せになってきた。
この満たされる心は何?
やっぱり、コウさん、好き!
と、心の中で、叫びながら、思わず本当のことを言ってしまった。
「うん。大丈夫。今日は、休みだったから。」
「休み?」
「うん。いつも火曜日は、や・・・」
いつも火曜日は、休み!と、言いかけて、我に返った。
ダメだよ!
優子は、土日休みなんだから!
「火曜日は?」
「あ・・・比較的、休みやすいから、たまに休んでるんです!」
と、無理やり言ってみた!
何とか切り抜けたかしら?
特に、そのことについては、コウさんから何も言われなかったが、思いがけない言葉が返ってきた。
「じゃ、今から出てこれる?あと30分くらいで、ゆうちゃんの家近くに行けそうだよ。」
えっ?
今から?いや、正確には30分後に、会えるってこと?
嬉しい!嬉しいけど・・・。
30分で、用意できる訳ない。
優子に変身する高価な服もカバンも、私は、持ってない。
でもでも・・・。会いたい!
どうしよう・・・
「急かな?思いがけず時間あいたから、少しでも、早く会いたいなって・・・。来てくれない?」
最初の方は、少し、戸惑いながら、せつなそうに言ったコウさん。最後の『来てくれない?』は、間違いなく、『来い!』に、聞こえたのは、何故かしら?
誘導尋問の様に、私は、答えていた。
「うん。わかった。急いで支度するね。」
「良かった。この前、タクシーで、ゆうちゃん降りたところに、車で向かいに行くね。」
そう、料亭の帰り、家の近くまで、タクシーで送って貰ったのだ。場所は教えてないけどね。
私たちは、「早く会いたいね。」「あとでね。」と、甘い言葉をお互い掛け合ったあと、電話を切った。
本当に、どうしよう!
服装!
時計の針は、お昼の12時30分を、少し過ぎたところだった。
読んでくださってありがとうございます。
次回は、コウさんとのデートが始まります!早めに更新します!




