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異世界大陸幻想譚アルカーティス  作者: 水夜ちはる
1章・螺旋の想い
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1章・螺旋の想い(5)

 カランダ王家の王宮は壮大である。

 その規模はこのアルカーティスでも最大でノープルの町程度なら十分、その敷地内に入りきってしまう。並外れた巨大さだ。その中心に白大理石を基調とした豪奢な宮殿がある。リヒャルト三世が建立した宮殿であり、その威風はカランダの経済的な協力さを誇示しているかのようにも取れる。


 その中の一角を一人の女性が歩いていた。長い黒髪は素直に腰までのび、プラチナの輝きとも取れる光沢を放って、豪奢だ。全体的に華奢な身体を白い衣服で包んでいる。豪華ではないが、彼女の清楚さを強調してるかのようだ。

 彼女の名はルシア。アムル公爵家最後の血統となってしまった彼女は実に不愉快な毎日を送っていた。だが黄色人の血が強いのだろう、彫りが余り深くはない顔立ちはそれでも何処かしらやさしげである。


 彼女は敵国の王族として本来ならば縛り首にて処刑される立場にあるのだが、彼女はそれを免れていた。王弟ラウエルの婚約者という特殊な存在であったからだ。

 実際にはその婚約はアムル公国滅亡より後に交わされた契約なのだが、事実それは世間に広がっていない。故にその婚約に異を唱えるものは少数派だった。


「ルシア。あなたはいつまで私をじらすのだ?」

 突如現れた青年が彼女の前に立ちはだかった。王弟ラウエルとは彼の事である。容姿は兄王ラッツウェルに酷似しているが、全体的に線が細く、顔はもっと細い。白金の瞳の輝きは強烈で兄王のような深さがない。知的であるが狡猾な印象のみが残った。


 ルシアは現在彼女にとってもっとも不快な人物に出会って、露骨に嫌な顔をするのを隠さなかった。

「妹を我が国から追放し、父を殺し、あまつさえ、私をどうするつもりなのです!」

 露骨に辛辣な言葉を吐くルシアに狼狽したのはラウエルではなく、ルシアの従者として従っていた若い従者である。彼はガルドと言い、三十一歳の若い騎士だ。

 彼はラッツウェルとルシアに忠誠を誓っている。


 しばらくルシアとラウエルは視線を合わせ続けた。ルシアは憎悪の光を、ラウエルは嘲笑の光を放って。

 ラウエルはルシアと言う聡明で美しい女性個人に対して愛情を抱いているわけではない。彼の狙いは別にあった。


 視線を合わせ続けることに耐えられなくなったのか、ルシアはなにか言いたげな表情だったが、その場から無言で立ち去った。


 慌ててガルドがその後を追う。ルシアは黒髪から僅かな香水の香りを放ってその場を立ち去った。その彼女を後ろから負うのはラウエルの彼女に対する嘲笑混じりの哀れみだった。その視線を痛いほど彼女は感じながら、その場から一刻も速く立ち去ろうとした。


 だが、ふと一人の人影が視界にはいる。

「ずいぶんとストレスが貯っておられるようだ。そう毎日張りつめて生活しているのはお疲れになるでしょう? よければ私が自由の横臥と言うものをお教え致しますが……」

 現れたのは「愚鈍王子」として名高いミハエルだった。


 彼も王弟で末弟であったが、三兄弟の中で一番人望の薄い人物だった。「愚鈍王子」と言う名の示すとおり彼は暗愚な人間だった。昼も夜も後宮の女達と戯れ、欲の欲するままに行動すると裏でささやかれていた。長けているのは容姿だけで、あとは最低という専らの評判もある。


 その男の好奇の視線が自分に突き刺さっていることを悟ると、ルシアは慄然を禁じ得なかった。


 この男は私を後宮の女と同じ目でみている……


 ルシアは居ても立ってもいられなくなって、その場からさっそうと立ち去った。

「ふ、噂に違わぬ頑固者よ」

 ミハエルは小さく笑みをこぼしてぽつりとつぶやいた。そして、鈍速だが、しっかりと兄、ラウエルを見つめた。

 ラウエルは兄弟でありながらも、いや、兄弟であるからこそ、ミハエルにこの上なく嫌悪を抱いていた。無能以上に愚鈍な男。それがミハエルの称号であったからだ。その愚鈍たる男と血がつながっていると言うことにラウエルは鳥肌が立つ思いであったのだ。


「どうも兄上はあの女に入れ込んでいるようだが……夜に退屈を覚えたのならば、私の後宮の女を選りすぐって、兄上に差し上げるが」

 ミハエルは全く知性の見られぬ瞳を彼の兄に向けて話した。


「ち……」

 ラウエルは自らがもつ嫌悪感を隠さずにいなかった。彼は露骨に舌打ちし、軽蔑の視線を残してミハエルに背を向け、足早にこの場を去った。だが、一方のミハエルはラウエルの非礼に対してもぼんやりとした表情のままだった。それが彼が愚鈍と呼ばれる要因の一つであろう。


 だが。


 その場にミハエルを覗いて誰一人としていなくなったとき、壮大な庭園に向けてミハエルは兄ラウエルの瞳をはるかに凌駕する凄絶な眼光を放っていた。

「ルシアとの入籍から、アムル公国の正当後継者の地位を継ぎ、兄王ラッツウェルにはむかうか……ラウエルよ」

 誰にも聞き取れぬ程低い声でつぶやいた彼は、普段の彼ではなかった。瞳の色は知性に満ち溢れ、点を貫くような慧光をきらめかせている。


 彼は愚鈍ではなかった。愚鈍の仮面を被った隠れた知者であった。何故、それを表にださぬのかは、誰も知るところではない。ただ、その彼の本質を知るものは、今の所彼自信を覗いて誰も知らぬのであった。

 しかし彼も神の身ならぬので自らの運命の行き先を知る由もなかった。彼はラウエルの野心を見抜いたのだが、まさかその言葉が正に自分に当てつけたものになるとは、彼は思いも寄らなかっただろう。同時にルシアとて夢にも思わぬ未来であった。




「やれやれ。全く肝を冷やしますよ」

「平気平気。向こうだって本気で言っているわけじゃないと思う。まあ、何か企みがあるのよ。きっと……」

 ラウエルと不機嫌な会話をかわしたルシアは、すでに陽気な彼女の本質へ切り替わっていた。

 彼女のいくつかある長点は、嫌悪をすぐに忘却できることだ。

 その彼女は現在、このカランダの宮殿の中で唯一、気を許すことの出来る人物と、彼女の屋敷で会話を楽しんでいた。その者の名は従者の騎士ガルドである。


「だからと言って、少しは自重して下さいよ。私も迷惑がかかるのですし……」

 彼はオレンジ色の髪と水色の瞳が特徴の精悍な青年騎士である。

 

 剣の腕は確かで、ルシアのボディガード兼監視役と言ったところだ。が、その実、彼はルシアの境遇に同情し、その中で気丈に振舞う彼女に感心し、忠誠を誓うほどになっていた。

 今ではルシアをこの宮殿から脱出させるために、いろいろと働き掛けをしている。

 しかし彼も所詮は一介の騎士、今の所は目立った動きは出来ていない。


「あなたも世渡りがうまくなったわね。まあ、そうね。すこしは自重するわ」

 ルシアはまぶしい笑顔で笑った。二十二歳とは思えぬ無邪気な笑顔だ。その裏に何が隠されているのか、ガルドの眼では計り知れない。

 だが、最近彼が思うところは、彼女は単に自由を求めているかのようだ。余りにも単純な考えであったために、ガルドはその見解に信憑をおいていなかったのだが。




 セレナはジルの家でしばらく家事の手伝いをしていた。アーディルは昼間は町に出かける日が多かったが、ジルはほとんど家にいて、セレナの相手をした。セレナはすこしづつ二人に溶け込み始めていた。そして、彼女はあるきかっけで笑顔を取り戻したのだ。


 それは、セレナがジルの小屋に来てすぐの夜だった。何もしないことに耐えられないセレナは、夕食の準備を志願し、簡単な野菜と羊肉のスープ等を作った。それは乾燥したこの地方のありきたりな料理である。


「ほう! これはうまい」

 そのスープをすすったジルは思わず感嘆の声を上げていた。それほどに、そのスープには彼の舌を踊らす能力があった。


「うん、こいつはなかなか……」

 夕食時には帰って来るアーディルも相づちを打った。彼らがいままで男の手で作った簡素な料理で暮らしていただけではない。何処に出しても恥ずかしくないくらいの代物だった。


「あは。よかった、口にあって」

 意外な、と述べるのはセレナに悪いだろうか、とにかく、彼女には料理の才能があることは確かだった。自らの料理の味を知っていても、家族以外に食べさせたことのない彼女は、簡潔だが、意味深な二人の言葉を聞いてひとまず安心して、表情をほころばせた。

 どんよりと曇ったままだった彼女の表情から、微笑みの太陽がこぼれる。それをアーディルは見逃さなかった。


「あ……その顔、すげー可愛い」

「え?」

 アーディルの唐突な言葉にセレナは狼狽して彼を見やった。


「いや、暗い表情してるより、さっきの笑顔の方がずっと可愛いな、ってな。ひどいことがあったのは分かるけど、せっかくの笑顔を忘れちまうのはもったいねぇよ」

 アーディルは苦笑いしてセレナを見つめた。


 セレナはほほが紅潮してくるのが分かった。幸い、証明は淡いランプなのでそれが悟られることはない。それでも彼女はトレイで顔の下半分を隠すと、調理場へぱたぱたと逃げるように駆けて行った。


「おいおい、あんまりからかうような事は言うものじゃないぞ」

「別にそういう訳じゃないけどなぁ」

 セレナが消えて、声を低くしたジルがアーディルをからかった。当のアーディルはただただ、頭をかくだけしかできなかった。




 そうしたことから一週間ほどの時は流れ、時間と共にセレナは元の明るさを取り戻して行くことが出来た。彼女はその間に十七回目の誕生日を向かえた。その若さ故、過去を割り切れることが出来た。が、若さ故に未来への不安は大きかった。


 ガイアの一族……


 その言葉が彼女の脳裏から離れなかった。そのために彼女は一人になると重い表情で、物思いにふけることが多かった。普段は明るくしているために、アーディル達はそのことを知っていても、不問にすることにした。完治していない傷にナイフを差し込む事など彼らにはできなかった。


 だが、事態と言うものは刻々と変わって行く。

「セレナ。ここを離れなきゃならない」

「え?」

「ハインリッヒの軍がやたらとかぎ回っているんだ、もっと安全なところに移った方がいいと思う」

 アーディルはその偵察のために、毎日のごとく町に出ていたのだと言う。

「私を、捕らえるために?」

「まあ、そういう事だな。馬を用意した。『フェンリル』の本拠地へ行こうと思う」

「フェンリル?」

 聞き慣れない言葉にセレナは怪訝そうに聞き返した。


「フェルリルってのは、反カランダの反乱組織だ」

 アーディルは簡潔に答えた。


 反カランダの地下組織フェンリル。約十年前に発足した組織だ。

 とは言え、先王リヒャルト三世も現国王ラッツウェルも暴君には程遠い政治を行なっている。。いや、征服地域への支配は比較的寛大であると言えよう。但し、征服地の税は高い。だがそれは一般的なことであった。


 フェンリルの主な構成員は祖国をカランダに奪われたものが多く、アーディルのような個人的私怨から働くものは少ない。もっとも、王国の政治が民衆の支持を得るに十分であるために、その規模は決して大きいものではなかった。


「フェンリルはここからずっと北のヴァルハナの町に本拠地がある。そこなら、セレナ一人ぐらいは匿ってもらえる。俺もなるべくなら、安全なところでセレナを守りたい」

「……でも」

「心配は無用じゃ。フェンリルにはおまえさんをひどい目に合わす人間はおらんよ。創始と共にフェンリルで活動しているわしが言うのだ。嘘ではない」

 ためらうセレナにジルが笑いながら諭した。


 今のセレナは少々人間不信に陥っている、アーディルとジルを除いて。それも仕方の無いことだった。

「もちろん、セレナが決めてくれ。俺はより安全な方を提示しただけさ」

「うん、アーディルがそう言ってくれるなら、そうする。私……何も分からないし」

 セレナは戸惑い気味だが、すぐに決断を下した。アーディルはその言葉を聞いてほっと胸をなで下ろし、決断をすぐに行動へ移した。


 彼は即断即決の人間である。反乱組織に身をおき、斥候的な仕事を行なう彼は一瞬の判断の遅れが命取りに成りかねないからだ。無論、拙速より巧遅を唱える者も多い。しかし、迅速な判断を要するときも多々なのだ。今がそれであった。


「ミナの旅装束があったはずだ。多分、大きさもちょうど良いと思うから、それを着なさい」

 ジルがそう進めた。ミナとは彼の孫娘である。彼女もフェンリルの一員だと言う。


 セレナ達は早急に準備をまとめ、小一時間で出発にまでかぎつけた。無論、そこまで慌てる必要もなかったが、旅慣れたアーディルにとって、旅の準備などそれぐらいの時間で十分であった。実際、セレナなどはおろおろと彼のすることを見守っていただけである。


「ジルさんは行かないんですか?」

「ああ、わしはここで見張りをする役目なのでな。まあ、年老いた老人には丁度良いしごとじゃよ」

 ジルは皮肉っぽく笑った。

 かつて剣豪と言われた彼も老い、齢は六十五を数えている。年と共にその衰えは隠せなくなっているのだ。だが、アーディルなどは「あのじいさんの剣と口の悪さは俺もかなわないね」と評している。


「アーディル。セレナを頼んだぞ」

「誰に向かって言っている? 大盗賊アーディル様だぜ、俺は」

 アーディルは不敵に笑った。常に何処までが冗談で、何処までが本気であるか不明な男である。だが、そこに不思議な魅力を漂わせるのは、彼のある意味才能だろう。


「セレナ。気を付けるのじゃぞ……おまえさんを狙っておるやからは無数におる……特に……何処かの自称大盗賊の女の子の心を盗むのを特技としている奴にはな」

「ジル、あのなあ……」

 ジルの皮肉は辛辣である。アーディルの冷たい視線を受けながらも老人は深い皺の顔に満面の笑みを浮かべていた。


 一方、セレナの方もまんざらではなさそうに、頬を僅かに赤らめてくすくすと声をたてて笑っていた。彼女は今、有名な古代の詩人の言葉を思いだしていた。「恋に時間の観念はない」そんな詞だった。

 確か、アステ・ウォールで生没した詩人だった。




 風は想いを乗せて大陸を巡る。ラッツウェルの野望。ラウエルの野心。ミハエルの先見。アリアの心。ルシアの願い。ラルフの決意。ファティマの愛。アーディルの献身とそれに捕らわれたセレナの恋……

 想いは螺旋の風となって、広大なこの大陸を駆ける。



 1章・螺旋の想い<了>

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