7章・それぞれの道標(1)
まるでおとぎ話かのようだ。
早朝の光を受け、きらめく浅緑色の髪の少女は、まるで打ち上げられた人魚のごとき姿をしていた。しかし伝説の人魚たる物は伝説に過ぎず、彼女の下半身は普通の人のそれであった。
彼女は蒼い顔をして気を失っていたようだが、柔らかな朝日を浴び、柔らかに意識を取り戻した。
頭の芯が痺れるような感覚に悩まされながらわずかに顔を動かす。
荒い感触を柔肌が感じとる。ここが砂浜だと少女は長い時間をかけて知った。
次に目を開ける。感覚器がまだ正常に働いていないのだろう。ぼんやりとした霞のかかる視界が開ける。
が、それも次第にはっきりし黒髪の少女の姿が見えた。
「ファ、ファティマ……」
少女はかすれた声を出した。
そしてもう一方の少女へと近づこうと身を起きあがらせようとして彼女は失敗した。砂を噛むの感触がひどく遠くに思える。
緑の髪の少女はその時、駆け寄る人の気配を感じた。
しかし体は動かなかったし、落ちて行く意識の中で呼びかける声がアーディルの物ではないかと微かな期待を寄せた。
目が覚める。いつものような目覚めだ。身体はベッドの中にあり、頭もはっきりと目覚めている。先ほどの光景は夢だったのか。
少女がゆっくりと上半身を起こす。
「やあ、やっと目覚めたね。ここに流れ着いてから二日もたってたから、もうダメかと思ったぜ」
男の声が聞こえた。まだ少年のような声だ。セレナが声の方角へ瞳を向けると一人の少年が立っていた。セレナと同じくらいの年頃だろうか、褐色の肌と短い黒髪、好奇心が旺盛そうな藍色の瞳が印象的だった。
「いや、ビックリしたよ。初めは人魚かと思ったんだ。その……緑の髪がすげえ神秘的でさ」
少年が駆け寄った。少女は「緑の髪」という響きにびくりと体を震わせた。気付くと少女の長く美しい髪は顕になっている。
「あ……」
少女はこの髪が招いた不幸を思い出して、恐怖に彩らせた瞳を少年へ向けた。
しかしそこにあったのは無垢な少年の瞳で、ただ好奇心だけがこちらに向いていることが判った。
「私……どうして……」
我に帰った少女はつぶやいた。
「たぶんあの嵐の日だろうね。あの日は凄かったからな。君も船に乗っていて、船が難破したかどうかしたんじゃないかな?」
そうだ、私は船に乗っていて南を目指していたんだ。アーディル達と一緒に――!
少女はアーディルを探すために部屋を見渡した。が、そこには黒髪の少女だけが、ベットに横たわっていた。アーディルの姿はない。
「ファティマ……」
「あの娘の名前? あの娘も大丈夫だよ。そういえば君の名は?」
「あ……セレナ。セレナ・アスリード」
「セレナか、ふうん。俺はアレル・シェルダート。漁師だ」
ファティマはセレナに半日ほど遅れて意識を取り戻した。海の知識に詳しいアレルの話ではファティマのとっさの判断が、二人を生存に導いたらしい。
彼の話ではここはカランダ王国の南方に位置し、アステ・ウォール帝国と前者に挟まれる小王国、ホーエンツ大公国の北部の漁村らしい。彼女らがはじめ目指していたのが、ホーエンツ大公国首都カイン市であるから、ここから南下すればさほど長い道のりではないと言うことだった。
アレルという少年はセレナ達とほぼ同年代で、彼は十八回目の誕生日を先月に迎えたという。浅黒い肌によく笑うので白い歯が映える素朴な少年だった。彼は数年前に両親を海で亡くし、一人で漁師を続けているらしい。
「さて、二人とも元気になったことだし、治療費というか世話費みたいなモノでも頂こうかな?」
実はアレルはこれを冗談のつもりで言ったのだが、生真面目なセレナとファティマは真面目にこれを受けてしまい、アレルも引っ込みが付かなくなってしまったのである。
「その、嵐に巻き込まれて、私達、路銀程度しか持ってないのよ」
セレナが真剣な顔でつぶやいた。
実際、大きなお金はアーディルとジークが管理することになっていたから、彼女たちの持ち合わせは少ない。二人は純粋に困ってしまった。
「じゃ、じゃあ、セレナ、君の持ってる飾りのような剣でいいよ」
アレルは妙な冗談を言ってしまったことを後悔しつつ、セレナの持つガイアの剣を示した。彼から見ればあまり実用的でもないし、装飾剣にしても中途半端なその剣なら大したモノではない、と踏んだのだ。
「これはダメよ……ある人の形見だから」
アレルはまた自分の発言に後悔しなければならなかった。
冗談一つに何でこんなになやまなきゃいけないんだ。アレルはばからしくなってもうどうでもよくなって、冗談だと言おうとした。
「体で払います」
それはファティマだった。
「へっ?」
セレナとアレルの声が微妙なズレを除けば、見事なハーモニーだった。二人は目を丸くし、顔を赤らめてファティマを見た。
「ファ、ファティマ?」
「ほ、本当かよ?」
セレナは情けない声を上げ、アレルはあらぬ想像をした。
その二人の過敏な反応を見てファティマは首を傾げた。
「あの、私が言ったのは、家事を手伝うとか、何かの仕事をするとか……そう言うことですけど?」




