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6章・心の絆(7)

 一流の剣士が放つ独特の気迫が闇を圧倒する。白亜麻の髪からはぼんやりとした光が発生しているようだ。明らかに暗殺者とは異なる質の剣気が迸っている。


「ふ、こざかしい。お前ごときの剣で私を倒せると思うか」

 カーミラはシレーヌを一瞥した。

 シレーヌの剣気はあからさまな挑発であった。しかし、シレーヌは思惑通りカーミラの注意を自分に向けることに成功した。


 刹那、彼女らは剣を交えていた。速さではわずかにカーミラが勝っている。シレーヌはこのカーミラに勝てない。その一合でラルフとシレーヌ自身が瞬時に気付いていた。

「ガルドさん! シレーヌをお願いします」

 ラルフは後方の機を見るに敏な騎士にシレーヌを任せた。

 ラルフはジャッドの間合いへと跳んだ。

 今、彼がすべきことはこのジャッドを倒し、ルシアに会うことだ。彼女に会い、事の真意を確かめる。それが最も重要であり、彼のするべきことだった。


「やっとやる気なったか、ラルフォード! こい!」

 ジャッドはにやと笑い、神業的な速さで矢を射る。

 それは的確にラルフの眉間を貫いたが、それは本当に貫いただけだった。手応えがない。

「ち、幻術か?」

 次の瞬間、ジャッドも幻術を放って跳んでいた。そこをラルフの剣が払われる。が、ラルフは惑わされることなく、ジャッドの本体を追っていた。


 ジャッドが矢を連射する。ラルフは矢を掠めるように避ける。ジャッドの矢は躱す方向を読んで撃っているが、それさえもラルフは驚異的な反応で矢の速度を凌駕していた。


「何という男だ!」

 ジャッドは声をのんだが、驚愕に意志を取られている暇はなかった。彼も剣を抜き、間合いに達したラルフの剣撃に対応せねばならなかった。

 目にも留まらぬ連続技が応酬される。しかし剣での戦いならラルフに分があった。

 それでもジャッドはこの不利な状況すら楽しんでいる表情だった。この余裕が彼の強さの一つである。


 ジャッドはラルフの剣撃を避けると同時に、遠心力を活かした当て身をラルフに当てていた。思わぬ方向からのカウンターにラルフも避けきれず、体勢を崩す。

「貰った!」

 ジャッドは瞬時に弓を構えていた。彼は突進して剣を払うより、弓を射る方が早い。それ程まで、彼の弓勢は昇華されている。しかし、その神速の矢はラルフの体を抵抗無く貫いた。


 幻術!

 ジャッドがそれを判断したとき、彼の肩に閃光が走っていた。

 彼が本能的に跳んでいなければ、彼の左肩より先は永遠の別れを遂げていたかもしれない。ラルフの剣撃が捕らえていたのだ。

 しかしラルフもジャッドの当て身は受けており、血の塊を口からはき捨てた。恐るべき戦いである。この一連の戦いは全て一瞬の間に起こっている。


 一方、シレーヌとカーミラの戦いも熾烈を極めていた。カーミラは幻術と速さでシレーヌを翻弄しており、一見優勢に戦いを繰り広げているかのようだったが、シレーヌは防御に徹し、彼女の攻撃をほぼ完璧に防いでいた。シャーウッドの剣術に鍛えられ、そして実践に置いて磨かれた彼女の剣である。如何にカーミラといえど、その防御を越える攻撃を繰り出すことは至難であった。


 またシレーヌとカーミラの戦いの趨勢を見極めようとしていたガルドであったが、一瞬の隙もなく繰り広げられる戦いに踏み込めずにいた。シレーヌが守勢であることは否めないが、気力と気力は全くの五分と五分。その張りつめた一対一に手を出すことができない。


「どうした? 防ぐだけでは私は倒せぬぞ!」

 カーミラが挑発する。

 が、シレーヌは自分の領分を知っていた。まともにやり合って勝てる相手ではない。

 シレーヌは負けないことを第一とした。しかしそれだけでは相手に付け入る隙を与えてしまう。彼女は守勢の中、カーミラの一瞬の隙を伺う眼光を緩めなかった。

 また彼女の目的は、ラルフの支援でもある。

 時間を稼げれば、カーミラを自分に引きつければよかったのだ。


 大きくジャッドが息を吐いた。

 一瞬の休息を得る。全身の細胞に新しい酸素を送り込むかのように。


 面白い……この男からはもはや暗殺者の香りはせぬ……

 ジャッドは油断無くラルフを視線で捕らえながら、心で呟いた。

 暗殺者の氷のような激しさはないが、炎がある……俺には判らぬが……

 そうだな、あの女からも感じられる……

 ジャッドはカーミラと剣を交えるシレーヌを見て唇の端をゆがめた。


「人を信じる力。絆の力か」

 唐突に声が聞こえた。その声の主はミハエルだった。

「な? ルシア!」

 その彼に寄り添う女性の姿を見て、ラルフは思わず叫んだ。

 突然のルシアの登場に、戦いの音が一瞬にして引く。

 ルシアはミハエルの傍らで毅然としながらも、その表情の中に迷いを漂わせていた。




 順調な航行は、急転していた。順風を受けて南下していたセレナ達が乗り込んだ定期船は予定通りの日程でカランダ港を出発し、終着カイン港へ向かい、カイン湾に入っていたが、そこで天候が急転したのである。


 にわかに暗雲が立ちこめたと思えば、急激に強風が吹きだし、海はたちまち大しけとなったのだ。

 冬の嵐は激しく、定期船は大型のもので転覆はなんとか免れていたが、揺れに揺れていた。


 更にその嵐に遭って三日が経とうとしていたが、船は未だ嵐の渦中にいた。

 水夫達は不眠不休で船を守っていたが、船旅に慣れぬセレナ達も激しい揺れに激しく船酔いし、ほとんど眠れていない。


 特に酷かったのがミナで、一日目は空元気を振りまいていたが、二日目になると胃の中の物を全て吐いてしまい、胃液まで吐くようになってしまった。

 船の揺れのため、乗客は船室の柱や、大型の調度品の支柱などに捕まっていたが、衰弱したミナは三日目、その捕まっている力さえ失って、揺れで壁や床に嫌と言うほど叩きつけられてしまったのだ。

 仕方なくアーディル達はミナをベッドの支柱に縛り付け、体を固定して置くしかなかった。


 空と風は回復する兆しをまるで見せず、乗員には焦りが見えはじめていた。

「おい、ここに祈祷師はいないか?」

 船室を回っていた水夫がセレナ達の部屋を訪れ、大声で訪ねた。


 この時代、人間と自然は密接な関係にあり、自然界に司る精霊達と会話する人々が居た。

 シャーマンや祈祷師である。


「私、祈祷師ではありませんが、祈祷の心得は多少ですがあります」

 ファティマが応えた。彼女は優れた呪術師である。

 正確には彼女は呪符師であり、言葉を使った呪術を得意としているが、祈りを使った呪術である祈祷の心得もあった。


「そうか! 是非、祈ってくれないか」

 水夫は嬉々としてファティマの元へ寄った。この揺れの中で機敏に動ける姿は流石に熟練によるものだ。

 ファティマは素早く頷いて彼に掴まった。

 船酔いと揺れで彼女も一人ではまともに立つことが出来ないのだ。


「ファティマ、私も手伝うよ。祈祷はやったこと無いけど、精霊との会話なら、少し」

 セレナが遅れて立ち上がって水夫に言った。水夫は頷いてセレナとファティマを連れ、船室を出ようとした。


「俺達も行こう、甲板は危険だ」

 アーディルが立ち上がった。ジークもそれに習う。流石に彼らはこの揺れの中でも立っていることが出来る。船酔いは否めないが、それに勝る訓練と経験を積んでいるからだ。



 彼女らが甲板に出ると外は想像するよりも激しい風雨に覆われていた。

 波は大柄なジークの身長を二・三倍したほどの高さがありそうで、それが両舷に激しく当たって砕けている。甲板に降る水は雨なのか海水なのかにわかに判断が付かない。

 風は横殴りで猛々しく、既にマストは折れているのか、雄大な帆船の象徴となるべき物は見られなかった。


 そんな困難な状況で彼女らは船首へと向かった。祈祷を行うには船首で行うのが通例だったからだ。しかし、船首は船の中で一番揺れるところで、危険なところだった。船に同乗する祈祷師が、奴隷階級の者が多いのはこのためだろう。


 その時だった。それは一瞬であった。一段と大きな波が右舷を越えて、甲板に達したのである。暴力的な水量の波が先を進んでいたセレナ達を襲ったのである。

 アーディルにはそれが何だったのか、一瞬では判断が付かなかった。


 だが、

「セレナ?」

 波が去った後、そこにあったはずのセレナ達の姿はなかった。

 波にさらわれたのだ。


「ア、アーディル!」

 セレナの苦しげな声が聞こえた。その声の方向に視線をやると、左舷の手すりにセレナが片手でしがみついていた。体の大部分は甲板より外に零れている。もう片方の手にはファティマの姿があった。


「待ってろ! すぐ助ける!」

 アーディルは揺れる甲板の上を疾走した。

 その刹那、もう一つの大きな波が逆の舷から船を襲ったのだ。

「なっ! うわあああっ!」

 その波も甲板に余裕で達し、その上を全て洗い流すかのように暴れ回った。

 その脅威的な力に人の力は全くの無意味で、嵐と必死に戦う水夫達を巻き添えにして海へと戻っていった。


「アーディル! セレナ!」

 甲板の建造物の陰に隠れて難を逃れることが出来たジークが叫んだ。

 ほぼ絶望的な叫びはめちゃくちゃになった甲板の上を走っていく。しかし、返事はなかった。

 ジークは強靭な足腰と腕で体を固定しながら海を覗き込んだ。

 どす黒い海の波間に人影が見える。その中で緑の髪がひときわ目立っていた。そうセレナである。


「ちっ! ロープは? ロープはねぇのか?」

 ジークは側にいる水夫に尋ねた。

「だめだ! もう余ってるロープなんてあるわけがない!」

 ジークは歯ぎしりをした。この荒れ狂う海の中では、泳いで助けに行くことは出来ない。仮に彼女らの元へ行くことは出来たとしても船に帰ることは不可能だろう。ジークは冷静に判断した。

だが、その冷静な判断力はかえって彼を自己嫌悪に陥らせた。

「奴等は生き残るさ。特にセレナは……あいつは運命の少女だからな」

 ジークは嵐に濡れながら、苦しそうにうめいた。




 一瞬、意識を失ってたのかもしれない。

 ファティマは状況を理解するのに一、二瞬時を要した。が、常の的確な判断力を取り戻した後は、自らが置かれた事態をすぐに把握していた。

「セレナ!」

 ファティマは荒波に揉まれながら、すぐ側にセレナが居ることに気付いた。

 ある意味、幸運だった。海上で一人漂うのと、仲間がいるのとでは精神の持ちようが違う。


「セレナ! しっかり!」

 ファティマは泳ぎは特に得意ではなかったが、何とかセレナの浮かんでいるところに辿り着けることが出来た。

 セレナの名を呼んでも反応がないことにファティマは疑問を浮かべていたが、それはすぐに判明した。彼女は意識を失っていた。おそらく、船から落とされる際、頭部か何処かを強打したのであろう。


「くっ……何か掴まる物は?」

 ファティマはセレナの呼吸を失わないように支えながら辺りを見渡した。

 運良く、船の壊れた部分なのだろうか、木片が浮かんでいる。

 彼女は急いでそれをつかみ取ると、懐からキープを取り出して自らとセレナを結わえ付けた。


 木片はさほど大きな物ではなく、二人の体重を抱えて不平を唱えたが、なんとか浮力が勝っていた。

 しかしそれも木版が水を吸っていくことで浮力が維持できるかどうかはわからない。


「海の神々よ……海を司る精霊達よ……セレナと私をその大いなる慈悲を持ってお助け下さい」

 ファティマは冷たい冬の海に体力の全てを奪われるかのような重い感覚に絶望を憶えながら、祈りを捧げた。

 しかし波の激しさに彼女も徐々に意識を暗闇の中に沈めて行くことを止められなかった――。




 潮の流れの複雑なこの海では漂流物は少しの位置の差で思わぬ方向へ流される。セレナとファティマ。アーディル。ジークとミナ。この三者は心の絆を抱きつつ、割れた大地に降り立つことになる。



6章・野望の大陸<了>

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