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異世界大陸幻想譚アルカーティス  作者: 水夜ちはる
5章・野望の大陸
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5章・野望の大陸(7)

銀のきらめきは一瞬にしてシレーヌの肩をかすめて行った。

 ジャッドが放った神速の矢である。もし彼女が本能的に身を引いていなければ、それは彼女の心の臓を捕らえ、貫いたろう。

 その矢を追う様に人影が疾走して行った。

 疾風のジャッドである。彼はラルフを襲ったカーミラの動きを見て、隙を伺っていたのだ。


「シレーヌ! 奴はルシアを狙っているっ!」

「分かったっ!」

 ラルフの絶叫にシレーヌは即断に行動した。

 しかし彼女の脚力を持ってしても、ジャッドには追いつくことができない。

 いや、ラルフ、カーミラでも彼に追いつくことなど出来ぬ。彼は名が指す通り、最速の男なのだ。

「ガルドっ! ルシアが狙われている!」

 だがさしものジャッドも人。シレーヌの絶叫の音速には勝てない。その声を聴いたガルドはジャッドが迫るよりも速く構えることができた。


「ちぃっ!」

 ジャッドは舌打ちし、疾走しながらその神弓を射った。

 ガルドは剣を正眼に構え、その矢筋を見きろうとした。

 見きって剣でたたき落とすつもりだった。その自信もあった。が、弓勢は彼の予想よりはるかに凌駕していて、彼の眼に矢が映った時には、それは彼の肩に突き刺さっていた。「ぐあっ!」

 ガルドの巨体が揺らぐ。

 ジャッドはその隙を逃さなかった。短剣を抜いて疾走する。

 しかし弓を射るために失速したジャッドにシレーヌが追いついていた。


「行かせるか!」

 シレーヌが根心の力を込めて剣を打ち下ろす。虚を突いた有効な攻撃だったが、ジャッドの反応力はそれを遥かに越えた。

 彼女の剣は空しく空を切り、ジャッドは前方へと跳んでいた。


 その間、彼は剣を納め、矢を射ようとしていた。

 その動作すら神速である。

 しかし、シレーヌは臆せず彼に突進した。彼の弓が正確が故に、彼女には勝算があった。突撃するシレーヌにジャッドは躊躇いなく矢を放った。

 それは瞬時にシレーヌの眉間へ到達する。

 が、その寸前、彼女は剣の腹で矢を受けたのである。

 おそるべき衝撃が彼女の両手に伝わる。それでも彼女は構わず間合いを詰めて、ジャッドを剣で捕らえた。


 鈍い音が響く。さすがのジャッドも避けることが出来ず、短剣を抜いてシレーヌの剣を受け止めていた。

 だが打ち込みはシレーヌの方が断然早く、さらに切り返しを許すほど、彼女も愚かではない。この時シレーヌがジャッドより優位に立ったのだ。


 ジャッドはにやと笑った。

 その刹那、シレーヌの長剣はその根元から乾いた音を立て、ぽっきりと折れてしまったのだ。そこは剣で矢を受けたところであった。

 愕然とするシレーヌ。おそるべきはジャッドの弓勢である。


「あんた、女にしとくにゃ、もったいねーな」

 ジャッドは唇を歪めて独特の笑みを浮かべた。

 自信と余裕とほんの少しの嘲り。それが彼の笑みだった。

 実は、受けたジャッドもしびれて感覚がなかったのだ。折れた剣でその威力。。シレーヌの剣撃もまた、おそるべしである。

 ジャッドは呆然とするシレーヌを打ち捨てて、宿に疾走した。そこにはまだルシアがいる。シレーヌは愕然とした。

「し、しまったっ!」

 反射的に彼女は追ったが、剣を折られ、追いつくことも出来ぬ彼女になす術はなかった。

 一、二瞬の時をおいてルシアの甲高い悲鳴が上がった。

 それを聞いたシレーヌとガルドは、自らのふがいなさを恥じた。


「ル、ルシアっ!」

 カーミラと剣を合わせていたラルフが愕然と声を漏らす。

 ルシアはジャッドの手に落ちていた。


「ラルフォード! ルシアは預かった。この娘はおまえと違って、まだ利用価値があるのだ。このまま陰遁させるには少し惜しいんでな!」

 ジャッドは夜陰に紛れながら疾走し、叫んだ。その声は十分にラルフの耳に届いていた。呆然としたラルフであったが、驚異的な彼の精神力は、一瞬後には行動に移っていた。「ルシアっ!」

 ラルフは大地を蹴ってジャッドを追ったが、それを阻む者がいた。

「ラルフォード! おまえの相手はこの私だ!」

 カーミラが立ちはだかる。彼女にとってもジャッドの出現は予想外の出来事であったが、元より彼女の目的はラルフと戦うことだった。

 その彼女の顔には余裕の冷笑すら浮かんでいた。その笑みの理由はラルフの今の能力ではカーミラに遠く及ばなかったからである。


「そこをどけ……カーミラ!」

 ラルフは静か、だが怒気をはらんだ声で言った。

 ラルフの全身から怒気と闘気がおそるべき力を持って放たれた。


 それは本来、暗殺者にはないものだった。

 暗殺者とは人間としての気配を失った者である。喜怒哀楽を失った者こそ、暗殺者として最高に値するのだ。

 かつてのラルフがそうであった。

 感情を逸し、喜を持たぬ故野心を持たず、怒を持たぬ故冷静さを保ち、哀を持たぬ故ためらう事なく人を殺し、楽を持たぬ故常に厳格であった。


 しかし、ラルフは感情を取り戻した。妻によって。

 が、その妻も殺された。感情を持ち始めたラルフにはそれは途方もない衝撃だった。

 彼はその時哀を知った。人を失うことの悲しみ。それが何時しか奪った者への怒りに変わり、それは己の能力を越えた力を生み出した。


「何だ? こ、この力は!」

 そのラルフのすさまじい闘気をまともに受けたカーミラは珍しく動揺した。

 人は人を護るために能力の限界を越える。

 古代の作家がそう述べた。それはこのとき正しくそれで、ラルフはこの時カーミラを圧倒していた。

 ラルフがカーミラに突進し、強烈な剣撃を横凪に払った。剣気に我を取り戻したカーミラであったが、隙を突かれて、力任せにラルフにふっとばされていた。


「ラルフォード! 伊達にふ抜けた訳ではないな」

 ジャッドは逆にこのラルフの豹変を楽しんでいるかのように笑みを浮かべた。そして、抱えていた気絶したルシアを一瞬で背負い、弓を構えて突進するラルフに放った。

 銀の閃光はラルフを目指し、暗闇の空を切りさいた。

 乾いた音と共にラルフが矢を剣で撃ち落とす。

 並み大抵の集中力ではない。

 ラルフは速さを緩めずジャッドを目指して疾走した。


「そんな感情に任せた剣では俺は倒せんよ!」

 ジャッドは冷静に後方に間合いを広げながら弓を構えた。次の一矢は彼のすべてをかけたものだ。目の前にいるラルフは彼全力になるだけの価値があった。そしてその全力はラルフを凌駕する力を秘めていた。

「だめぇーっ! ラルフさんっ!」

 ジャッドが先よりも強力な矢を放つと同時に、ファティマが高速で疾走するラルフに横から抱きつき、そのまま横へ転がった。矢は虚空を切り、地面に突き立つ。


「ファティマ! ルシアがさらわれてしまう!」

「駄目です! 今、今ラルフさんが行けば殺されてしまいます。でも、姉さんは殺されないでしょう? あの人は姉さんを殺せないはずです。でも、でも、ラルフさんは……」

 ファティマがラルフに乗りかかったまま、涙ぐんだ瞳で訴えた。そのけなげで必死の訴えはラルフに常のラルフを取り戻させた。

「ファティマ……」

 涙に濡れた彼女をラルフは優しく抱きしめた。

 

 意外な者に割り込まれたジャッドは軽く驚きの顔を浮かべてが、にやりと笑うとジャッドはルシアを抱えなおすと、闇の中へ姿を消した。

 いつの間にか、カーミラの気配もなかった。


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