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異世界大陸幻想譚アルカーティス  作者: 水夜ちはる
5章・野望の大陸
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5章・野望の大陸(4)

 二軍はヴァルハナ山脈を越えた森林地帯で膠着状態となった。

 このあたりは常緑林につつまれているが、落葉樹もいくらか混じっていて森はさみしげな空間がちらほらと存在したが、やはり森は深く斤候たちは双方の位置確認に神経をすり減らされたのだった。


「おい、まずいことになったな」

 ローズハルトがある夜、ハインツの天幕を訪れて言った。

 彼が言うのは彼我の戦力の差だ。いまやその差は二倍近くになっている。

「でも一たす一は二だよ。一たす一が三や五になるわけじゃない」

「どういう意味だ?」


 ハインツの独特の言い回しにローズハルトは思わず聞き返した。

「それに二という数字は一と一をくっつけたものだ。逆に言えば二を一と一に分けることもできなくはない」

 明敏なローズハルトはハインツの言わんとしている事がおぼろげながら見え始めていた。

「ならば、どうすればいい?」

「さほど難しくはないと思う。ドゥルジ伯とハインリッヒは今は手を結んでいるが、二人とも相当の野心家だ。彼らは両者共に相手を利用しようと思っている。そこにつけいる隙はたっぷりとあると思うね」


「ハインツ閣下!」

 突然、ハインツの直属の部下が天幕へ駆け込んで来た。

 彼は斤候部隊の指揮をとる中級の仕官だ。

「何事だ? 騒々しいな」

「ここから東南二キロほど先で野営の光を多数発見しました」

 その報告を聞いてハインツはそれが敵か味方か等と言う愚問は発しなかった。

 自分達以外は敵なのである。援軍の到着の報告は受けていないし、その可能性はない。また二キロと言う至近距離まで接近されたのは付近が非常に深い森であることを表していた。


 やれやれ、奇襲をされてはたまったものではなかったな……


 ハインツは他人事のように思ったが、口には出さなかった。

 参謀長たる者がそんな心構えであると知れたら、誰が彼の作戦に従うだろう。

「わかった。すぐ行こう」

 ハインツは立ち上がり、それにローズハルトも続いた。




 二人は斤候の案内で本陣を離れ、物見に有利な小高い丘へ登った。

 そこからは確かに、炎の明りが森のカーテンから漏れて輝いているのが確認できる。

「うむ、動いていないな。やはり野営か。しかし、こんな距離で野営だとすると敵はこちらに気付いていないのだろうか。ならば、今奇襲を掛ければ……」

 ローズハルトがつぶやくと、ハインツは首を横に振った。

「いや、彼らは我々に気付いているはずだな。彼らの位置の方が高い。つまり、彼らの方が我々より相手を気付き安い位置にいる。彼らが我々に気付いていないとは考えにくいよ。それに、あの炎のゆらめきを見ろ。少しも揺らめいていない。あれは野営と見せかけた罠だな。人の気配がしない」


 ローズハルトは淡々と説明するハインツの横顔を見て感心すると言うよりは呆れた。何処まで眼力を持つのだろうかと、しばしば思わされることがある。

 しかし、彼は戦場以外ならカランダ市内で道を忘れて迷子になってしまうのだ。

「ゼフルト元帥の所へ行こう。相手の奇襲作戦を逆手に取る方法がある。まあ、うまくいくはどうかは、わからないけどね」




「ふふふ……」

「何がおかしいのです?」

 ゼフルト元帥の老人的なしゃがれた笑いにローズハルトは疑問の声を掛けた。

「あのハインツの小僧じゃ。海のように深く穏やかでありながら、月のように激しく人の蔵腑を貫き、その内を見破る瞳を持っておる。もはやわしの時代など終わってしまうのじゃろうな」

 それは買いかぶりすぎだ。ローズハルトはそう思ったが、老将の言葉に反論はしなかった。それはやはり確かであり、ハインツの内面には外面から想像のつかぬ強烈な何かが宿っている。それはローズハルトが及ぶところではない。彼はそれを知っていた。

 このとき、すでにハインツの作戦案はハインツ、ゼフルト、ローズハルトの三人の将官で話し合われており、それは実行に移されようとしていた。

 そしてすでにハインツは本陣に姿はなく、実行面での直接指揮に向かっていた。




「あなたは変わった人ですね」

「そうかな? でも、私が立てた作戦は危険なものだ。それなのに私自身が本陣でのうのうとしている訳にも行かないだろう?」

「それが変わっているのですよ。まあ、とにかく足手まといだけにはならないで欲しいですね」

「努力はする」

 ハインツは大柄な男と話していた。サー・ゲイオグ・キース中佐だ。


 キース中佐はローズハルトが選出した人物だった。

 大柄で中肉中背のハインツと並んでいると巨人のようにも見える。二十八歳の青年で、勇猛さでは評判であった。

 しかし、ローズハルトがこの男に目を付けた理由は、勇猛さに隠れた機転の効く頭脳である。頭の固い勇者と言うのは愚者よりも厄介な一面がある。


「でも、あなたの読みが外れていたとしたら?」

「うーん、困る」

 キースの質問に、ハインツは気の抜けた声で答えた。

「しかし、困ってばかりはいられないでしょう?」

 キースは予想外の答えに唖然としていたが、更に質問を続けた。

「ま、尻尾を撒いて逃げるしかないかもね。我々は百人程度しかいないんだ。戦って勝てるわけがないから」

 ハインツはきわめて気楽な声だった。彼には一応の確信があったし、もし敵が存在していたとしても、この夜陰にまぎれて逃げ帰るのはそれほど難しいことではない。それゆえの少数部隊だ。


「まあ、成功する、と信じなければ人生なんてやってられないさ」

 ハインツは肩をすくめて言った。

 キースはハインツの上官らしからぬ、貴族らしからぬ、その態度に好感を持った。

 いや、それを越えた不思議な魅力を彼から感じていた。それはキースのような武人には言葉で表現することの出来るものではなかった。


 そうしてハインツとキースに率いられた精鋭若干百名はハインツ達が報告を受けた篝火の地点へ急行した。

 気配を悟られまいと慎重に、かつ迅速に彼らは接近しドゥルジ伯軍の野営地点に到達した。


「やはり、気配がしませんね」

「うん、よし、慎重に突っ込もう」

 キースの合図によって百名が敵陣に突撃する。

 が、そこは予想と違わず、無人の陣だった。天幕とかがり火だけが残されていた。そこには人一人おらず、また軍に必要な物資は全くなく明らかに見せかけの野営だった。すなわちそれはハインツが予見した罠だった。


「やはり……か」

 ハインツはつぶやいた。にわかに彼の瞳に知性の鋭さが戻る。

「ハインツ閣下! あたりには無数の罠が!」

 ハインツは部下の報告受けて、偽の野営地点の中央部に走った。

 そこには様々な罠が広く、更に密度も高く仕掛けられていた。小さな衝撃でも発火するようにされた火薬をつめた樽。ロープの反動を利用した大木を削った鋭い杭が持ち上がる罠。落し穴や網などの簡単かつ、有効な罠が揃っていた。


「知らずに飛び込めば大打撃でしたね」

「いや、それだけではないだろう。これらの罠にかかった私たちをさらに追い打ちにかけるために彼らはこの近くに伏しているはずだ」

 ハインツは冷静に答えた。キースはドゥルジ伯の大昧かつ有効な策略に背筋が凍る思いがしたが、それをはるかに知略で越えた男が彼のすぐ側にいる男、ハインツだ。


「よし……このまま帰るのはもったいないな。この罠を作動させよう」

「え?」

「そうだな、半分くらいが丁度いいだろう。なるべく派手に、たくさんの人間が混乱に陥っているように出来ないかな?」

 ハインツはきわめて淡々とした声であったために、キースは瞬間的には彼が何を意図しているのか読めなかった。が、彼もローズハルトに見出されるだけの男だ。二瞬、三瞬後にはハインツの言わんとする所を知り、大きく頷いた。

「よぉーし、野郎ども! パーティの始まりだぜ!」

 キースは軍の部将と言うよりは山賊の頭領と言った声色で部下に合図を送った。

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