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異世界大陸幻想譚アルカーティス  作者: 水夜ちはる
5章・野望の大陸
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5章・野望の大陸(1)

 かつて人類は二種類に別れていた。温厚な人類と暴力的な人類の二つである。


 温厚な人類は高い文化を持ち、自然を「神」と崇め、原始的な宗教を築き上げた。温暖な地方にいた彼らは、原始農耕を始め、高い文化を築き上げた。

 彼らは戦いが不得意、農耕による安定した食料の供給は、狩猟人口を減少させ、また豊かな生産力は部族間の争いを減少させて彼らの武器と戦術は停滞した。


 一方、暴力的な人類は狩猟と戦いを得意とし、常に土地を移動して暮らす彼らは文化を重んじない人類であった。しかし、北で生まれ育った彼らはきわめて「生」にシビアであり、その環境に屈するものは「死」を選ぶしかなかった。そうして、彼らは戦闘力を身につけ、好戦的な精神を得たのだ。


 のち、二つの人類は人口が増えるに連れて争うようになった。無論、戦争を得手としているのは暴力的な人類である。いくつかの交配から大量の雑種が生まれたが、それでも、戦闘を狩猟のみにしか知らぬ温厚な人類は、地上から消滅した。

 以来、人類の歴史は血と争いで溢れている。それは好戦的な人類が生き残ったからである。それゆえ、以後も歴史は血と争いにまみれるだろう。それはヒトが避けられぬ道である。


-カランダ市生没 戦史家・F/ヴィルヘルム「人類の罪」より-




 藍を混ぜた鉄灰色の髪を持つ陰遁の知者、ハインツはいつものように王宮内をぶらぶらと歩いていた。

 ぼんやりした瞳は、何かを考えているようで、実は何も考えていない。

 彼を知らぬ者は、知的活動に励んでいるのか、と過大評価をしてしまうが、彼を知るものは、彼が怠けているだけだと言うことを知っている。そんな彼が若くして中将の階級にあると言うことは彼がただの怠け者ではないことを示している。が、彼の日頃を観察すれば、その真意は疑わしくなってしまうが。


 このとき、ハインツは颯爽とした足取りではなかったが、一つの目的地を目指していた。

「遅いぞ。半刻の遅刻だ。人を待たせるのは得意技なのか?」

 背の高い、鎧に身を包んだ青年がハインツの姿を見つけてつぶやいた。

「わるいわるい。まあ、私とおまえの仲じゃないか。ローズハルト」

 ハインツは少しも悪びれた様子もなく、笑って手を上げた。


 彼が待たせた青年の名はサー・セーヴル・ローズハルト。聖騎士と言う、騎士よりは上で貴族よりは下という身分を受けている男だ。

 王宮の貴婦人たちからはひそかに「美男子の聖騎士」と名誉な二つ名を授かっていて、その名に恥じぬよう市の持ち主だった。それを聖騎士の鎧と外套で長身を包んでいるのだから映える。


 彼の階級は准将。ハインツよりも二つ階級は下だったが、年齢はローズハルトが一つ上だった。

 それらには関係がなく、二人は旧知の仲で、兵法学の同門の親友だった。

 この時代、仕官学校と言うものはなく、引退した名士の元で兵法を学び、師に推挙されることが、仕官への道だった。

 またカランダ王国の場合、そのほかに仕官試験というものがある。平民でも騎士でも貴族でも、それを通れば仕官になれると言うわけだ。ただ、仕官に上流騎士や貴族が多いのは、推挙という力が非常に強いためである。


「俺はおまえと違って忙しい身なんだ。そんな俺を暇そうなおまえが待たすとは、罪悪感を覚えないのか?」

 ローズハルトはもっともらしく毒付いていたが、ハインツの性格をよく知る彼である。彼もこの場所にきたのは五分前の所である。

 しかし、それを正直に言ったのでは面白くないので、真に受けるハインツをからかって見るのだった。


「ま、何か用があるのだろう? 余り面倒なことは吹き込まないでくれよ」

「そんなに面倒なことではないよ。優秀な人材が欲しいのだ。ローズハルトの眼は信頼している。人事の方に手を回して、捜して確保してくれないか?」

「それはまたたいそう面倒なことで……」

 ローズハルトは苦笑して答えた。

「まあそこなんとか頼まれてくれよ。私には卿だけしか頼る人がいないんだ」


 古今東西、「あなたしかいない」という文句は人に頼み込むときに一番効果のある言葉の中の一つである。その言葉は陳腐であるが、その効果は凡庸ではない。

 ローズハルトはハインツのような知者には似合わぬ陳腐な言葉に苦笑いを浮かべた。

 しかし、本当にすまなさそうに頼み込む親友を見ると、どうも断われないのだ。人のよいローズハルトの心はこの時、すでにハインツの頼みを承諾していた。


「ハインツ様! ここにおられたのですか。陛下がおよびでございます」

 一見少年のような下仕官がハインツを見つけて駆け寄った。おそらくは王宮仕えの少年見習い仕官だろう。仕事は主にラッツウェルの命を配下の将に伝えたり、宮中の警備だ。

「陛下が私を? 分かった、すぐ参ろう。じゃあ、そういう訳で、宜しく頼むよ、ローズハルト」

「やれやれ、後で酒でもおごれよ」

「ワインの一杯でもおごるさ」

「二杯じゃないと割にあわないな」

「わかったよ」

 ローズハルトの笑みを含めた言葉に、ハインツはいつもの苦笑いを浮かべて、片手を振った。友人同士に敬礼など要らぬ。階級の差も要らぬ。ただ、そこに信頼と友情がある。少年の眼は二人をそう捕らえていた。




 ハインツはラッツウェルの私室に招かれた。

 王族でないものが王の私室に入ることは滅多にない。ハインツはそれに驚きはしたが、身構えることはなかった。何か理由があるだけの事なのだ。それと彼は周囲の状況に影響されるほど繊細な男ではない。

「陛下、ただ今参上つかまつりました」

「ふむ。そのようにかしこまらなくてもよい。二点、話があるのだが」


 ハインツはやはり颯爽とした足取りではなく、ゆっくりとラッツウェルの座る豪奢な椅子のそばに歩み寄った。

 座れ、とのラッツウェルの視線にハインツは答えて、ラッツウェルとテーブルを挟んでの椅子に座る。


「卿を呼んだのはほかでもない……カテローゼ」

 ラッツウェルが奴隷の少女の名を呼ぶと、部屋の片隅の彫像のようにかしこまっていた少女がぱたぱたと奥の部屋へと駆けていった。

「側に置くなら、あの様な少女がよいな」

 ラッツウェルのふとした言葉にハインツは怪訝そうに小首をかしげた。


「はは、つまり政治的関心、野心のない娘の事だ。予の行動を観察したり、こうした会談をつげ口せぬ、あのような娘を侍らせておくのが一番よい」

 ハインツはなるほど、と表情を作ろうとして失敗した。

 その直因はカテローゼが連れてきた女性にあった。彼女はハインツが最もよく知る人間の一人、彼の妹エリザベート・フォン・ハインツだった。


「エリ……おまえどうしてここに」

 滅多に驚いた表情を作らぬ脳天気なハインツが仰天の表情を浮かべていた。ラッツウェルはそれを意地悪く楽しんで、紹介をした。

「先日、予に会いたいという女性がいる、とのことでな。会ってやったのだ。そうしたらどうだ? 卿の妹ではないか。彼女が言うには仕官をしたくとも兄が許さぬ、と」

「はぁ、その」

 ハインツは返答に窮して、情けない視線をあちこちにさまよわせた挙げ句、行き着いたところはエリだった。

 エリはつんと澄まして、兄の視線を拒絶した。しかし、ハインツはその表情の裏に悪魔的な勝利の微笑みがあることを知って僻易し、自らの敗北を認めていた。


「……で、エリ……いや、エリザベートが陛下に何を……?」

「陛下をお守り致します」

 答えたのはエリの方だった。よく見れば、貴族らしい服装ではなく、軽く動き安い服に剣を帯びている。王宮剣士と呼ぶにふさわしい姿だ。整った顔はやや厳しさが混ざって中性的な美しさがある。


「エリザベートの剣の腕は試してみた。予の護衛にふさわしい技量の持ち主だ。文句はあるまい?」

 ラッツウェルの合理精神はエリの必要性を認めていた。エリの剣術は王宮の精兵たちよりも上をいくものであったからだ。

 ハインツも同様に合理主義者ではあったが、彼の場合、エリは実の妹であるから、エリにはそんな生死をかける職に付くよりも、令嬢として貴族に嫁いで欲しいと願っている。いや、貴族でなくてもよい、普通に幸せを得る家族にめぐり合えばそれ以上のことないと思っていた。それはエリの希望に沿わぬものではあって、エリを意思を思うと勝手だとは思うが、兄としては当然の想いでもある。


「しかし、護衛ならばあの暗殺者が……」

 ハインツは柱の影に溶け込むように潜んでいるカーミラに視線を向けてつぶやいた。


 ハインツの視線が突き刺さった瞬間、カーミラは柱の死角に入って姿を消す。

 彼女としては、一見ぼんやりとしているハインツに発見されたこと自体が驚きだった。彼女は彼の発見を偶然だと思ったが、ハインツは偶然ではなく、彼女の気配を感じていたのだ。


「ははは、カーミラか。たしかに彼女は護衛として有能だが、彼女は影だ。表には出れぬ。しかし、エリザベートなら、面に出ることが出来る。時には面の護衛も必要だろう。まあ、護衛など本当は欲しくはないのだがな。暗殺に倒れるくらいならば、予も大した男ではあるまい」

 ラッツウェルは皮肉っぽく笑った。ラッツウェルの気性は覇王であり、自由人なのだ。

 その矛盾した精神がこの若々しい王に存在している。そして、その才能は覇王として活きるだろう。ラッツウェルは確実に覇王としての道を歩み始めていた。


「いずれエリザベートには位を与え、貴族号をあたえるだろう。ハインツ伯、卿の妹を思う気持ちは分かるが、エリザベート自身が望む事なのだ、分かってやってくれ。余もどうせ置かねばならぬ護衛ならば、エリザベートのような気持ちのいい人間がよい」

 ラッツウェルはハインツに懇願していた。

 王が配下に懇願する。それが如何に難しい事か。階級を重んじぬハインツにもそれは分かる。ラッツウェルは自由のない王なのだ。せめてもの選択ぐらいは許されるべきなのだ。ハインツは譲らざるを得なかった。


「しかし、卿をここによんだのはエリザベートの事が主ではない」

 ラッツウェルは表情を改めるとハインツを見た。

 エリの事だけならば、特にこのような私室で会談するまでもない事なのだから。それはハインツとて気付いていた。


「卿も知っておろう。ドゥルジ伯の事だ。アムル大公の娘ルシアを捕らえ、ガイアの娘をおびき寄せる餌として使ったことを。形だけのこととは言え、ルシアはカランダ王家の婚約者だ。これを口実に彼をつぶせないだろうか? ドゥルジ伯はオーベルハイム公とつながっておる。ドゥルジ伯を潰せばオーベルハイム公の発言力は著しく落ちるのだが……」

 ラッツウェルはカランダ王国の全権を握ろうとしている。彼が国王でありながら、絶対の権力を持っていないのは、彼の義父となり、外戚として権勢を振るうオーベルハイム公の存在のためだ。

 オーベルハイム公は老練な政治的手腕を持って諸有力貴族を味方に引き入れ、大きな発言力を持っているのだ。


 それを廃し、親政を引く。

 それがラッツウェルのまずの望みである。


 ハインツはそのオーベルハイム公に真っ向から意見の対立を述べた貴族として、ラッツウェルの眼に止まっていたのだった。

 ハインツはラッツウェルの意図を理解した上で、左手で整った顎を撫でて思考を巡らした。情けないことにこのところ知的活動を怠っていた彼の智の畑は、雑草に占領され、除草し、かつ耕して作物を作るまでに少しの時間が必要だったのだ。

 必要のないときは怠けている。それが歴史に名を残す「知者」であると後世の人間は思いもしないだろう。

 しかし、思考自体は極めて柔軟なハインツである。諸々の作業は駆け足で片付き、結論という果実が実るまでにラッツウェルが不快になるほど時間を要しなかった。


「アムル公女ルシアの監禁、暴行に至っては重罪に値すること。それを責める文書をドゥルジ伯にお送りになり、伯に出頭を命ずるのです。それに従えば、彼の爵位、地位を降格なされ、領地の一部を召し上げればよろしい。しかし、伯は気が短く、先見の立たぬ者、との噂。おそらく、文書を受け取れば疑心暗鬼になり、出頭はしますまい」


 ハインツはおそろしくさらりと言った。

 そして、その内容は合理的かつ筋を通している。ラッツウェルは自己満足に近い心境にあった。この男を信頼した自分が間違いではなかったと言う安心を覚えていた。

「しかし、疑心暗鬼にかかった伯が兵を集め、反乱を起こすに至った場合はどうなるか? ドゥルジ伯はライゼルの辺境伯ハインリッヒとも通じておる。さらにはオーベルハイム公の傘下の一人だ。これらの諸候が一気に兵を上げれば、手の打ちようがなくなるぞ」


 ラッツウェルを悩まさせられているのが、それである。貴族達の横のつながりだ。オーベルハイム公は北カランダに封土を持つカランダ第一の大貴族だ。ドゥルジ伯、ライゼル伯ハインリッヒらは東カランダ地方を代表する貴族達である。その戦略的位置と戦力は侮れぬ物である。


「そこで、私に一つ策があります、陛下。オーベルハイム公の動きを止めるのは実はたやすい事なのですよ」

 ハインツは知的な光を秘めた瞳をラッツウェルに向けて、不謹慎にも片目をつぶってみせた。

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