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異世界大陸幻想譚アルカーティス  作者: 水夜ちはる
1章・螺旋の想い
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1章・螺旋の想い(1)

 カランダは大陸アルカーティスの北部に覇を唱える大国である。英雄リヒャルト3世は諸王侯が乱立していた北部アルカーティスを一代にして統一し、大陸中央のアステ・ウォール、西部のメルディアに次ぐ第三の勢力をアルカーティスに書き込んだのである。


 カランダは北の海、トバ海に望むきわめて肥沃なカランダ平原を有しており、カランダの版図はアステ・ウォールの半分にも満たないが、経済力と生産力においては、間違いなく大陸一である。これは戦略的に重要なことであった。十分な補給なしに、勝利を納めた軍隊は今だかつてない。

 だが、カランダもリヒャルト三世を若くして失い、政治的に不安定な時代が訪れていた。




 ガーネットを明るくしたような美しい色合いの髪を僅かに揺らせて、少女は竪琴を引いていた。彼女を包む絹の衣装は白一色であったに関わらず、豪奢な雰囲気を忍ばせている。彼女は細い、白く淡く透き通るような指で静かなメロディを奏でていた。


 心落ち着く旋律である。

 その部屋には青年がいた。黄金にプラチナをまぶしたようなくすんだ巻毛の金髪の青年だ。瞳はプラチナの輝きを持っている。服装は黒を記帳にした生地に金糸銀糸で見事な刺繍が描かれて豪奢なものだ。


 彼が現在のカランダの国王、ラッツウェルである。


 まだ三十路も達していない若き王は二十六の年にその地位を継いでいた。一昨年の春の事である。

 物静かな旋律を傍らに、彼は物思いにふけっていた。


 ラッツウェルは熱意のある王だった。

 国を豊かにし、版図を広げ、その先には大陸を統一する。

 それがこの若き王の夢である。


 しかし、今彼が置かれている立場は難しいものだった。

 先王の急死により、先王は後継者にラッツウェルを指名したものの、王位継承の準備は整っていなかった。王族を取り巻く貴族や諸侯たちの思惑が交錯し、急成長を見せていたはずのカランダ王国は分裂の危機にすら陥った。


 そこで彼は王国で最大の勢力を持ち、また王族とも遠縁にあたるオーベルハイム公爵の後ろ盾を得て国内の安定を図った。

 オーベルハイムに対抗できる貴族はおらず、一旦は王国の王位継承問題は解決するものの、オーベルハイムは権力に対して野心的な男であった。

 彼は王国の宰相の地位を要求し、立場上はラッツウェルの臣下でありながらも権力の中枢を握っていた。


「またお考えになられておられるのですか?」

 少女は琴を休め、静かな声で言った。幻想的な美しさを持つ少女だった。翡翠の瞳はその奥が分からぬ程に澄み渡っている。瞳の奥に、もう一つの世界がありそうだ。


「うむ。どうしても余はこの大陸を一つにしたい。一つにせねば、この大陸から争いが消えることはない」

「あなたは、平和を実現するために争いを望むのですね」

 少女の言葉は静かであったが、辛辣な皮肉を多分に含んでいた。


「そのことぐらいは十分承知しておるつもりだ。それは支配者にとって永遠の命題なのかも知れぬ。だが、哲学者ならばともかく国王たる余がそんな論に殉じて良いはずがない。余は万能には程遠いが、余にも出来ることはある。出来ることを捨て、出来ぬ事に殉じる権利は余にはない」

 ラッツウェルは半ば自分に言い聞かせるように言った。


「ドゥルジ伯爵やライゼル伯爵らが、ガイアの一族の捜索に力を注いでいるそうですが……」

 少女は平静な声で言った。ラッツウェルはその言葉にはほとんど興味を示した様子はなく、僅かに怪訝そうに首をかしげた。

「ガイア……? あのガイアの伝説の事か? ドゥルジ伯はまさか伝説に頼って乱を起こそうとでも考えているのか?」

 ドゥルジ伯爵は先王の代に臣従をした外様の辺境伯で、ことあるごとにカランダ王国とオーベルハイムの取る政治に批判的である。

 ラッツウェルは苦笑いをして言った。

「はい」

 少女は真面目な声で答えたのでラッツウェルは肩をすくめた。


「……伝説は伝説に過ぎぬ。そのようなこと、ドゥルジ伯などに任せておけばよい」

 ラッツウェルは少年のように不機嫌そうな声で反論した。


 しかし冷静に少女は続ける。

「ですが伝説と言えど、まったくの無から始まった物だとは思えません。仮にその力はなかったものだっとしても、人々が伝説を信じれば、無は無でなくなります。ドゥルジ伯爵はその力こそを利用しようとしているのでは」

 少女の洞察と言は正しい。ラッツウェルは小さくため息をついた。

「余から権力を奪おうと思う者をいちいち確認していてはキリが無い。アリア、あなたの父上もおなじようなものだろう」

 ラッツウェルは目にかかる前髪をかき上げて笑った。言葉と表情は矛盾している。このところの彼の特徴であった。それが少女、アリアには痛々しい。彼女の父、ラウグル・フォン・オーベルハイムは宰相と言う地位あって王国に大きな影響力を持っているが、彼はそれ以上のもの――つまりは王位の簒奪をうかがっていると言う噂もあった。


「だが……余は負けぬ。余はこの手でアルカーティスを支配する。ガイアの力などには頼らぬ。頼ったところで、それは仮染めの支配にしか過ぎぬ。自身の力でこの大陸を支配せねば、真の平和などありはせぬ。支配による平和がどれだけの間続くかは分からぬが、今は一度、このアルカーティスの戦乱を治めなければならぬ。余はそれが自身に課せられた宿命としている」

 ラッツウェルはプラチナの瞳に激しい光を宿らせていた。

 それは彼が重臣たちの前では決して見せることのない光だった。

 今、ラッツウェルが唯一心許せる人――アリア・フォン・オーベルハイムのみが見ることが出来るラッツウェルの焔である。


「お考えは分かります。支配による平和など、真の平和と言えるものでしょうか」

「わかっている。だが、今のこの大陸で望めるものは支配による平和でしかない。未熟な余はそれしか思い付かぬ」

 ラッツウェルは困ったような表情で、だがはっきりと意志が篭った声で言った。

 その声を聞いてアリアは抱擁する様な優しげな微笑を浮かべた。


 やはりこの人は大きい……そして、深い。

 この方なら時を重ねれば、実現も夢ではないかも知れない……


「アリア、あなたは優しい人だな」

 ラッツウェルはいつの間にか、彼女に近付いていて、小さくつぶやいた。

 彼は左手をアリアの背中に回し、抱きよせ、唇を奪う。


「このような愛の無い婚約にも、ひとつも不満をこぼさぬ」

「私には、まだ本当の愛と言うものを理解できませぬ……」

 アリアは彼女にしては珍しく動揺に瞳を揺らしながら応えた。こうして唇を許すことも何度目だろうか。その度に彼女は常の冷静さを失わずにはいられなかった。


「ふふ……余もだ。しかしこの世の者達どれくらいの人間が、本当の愛というものを理解できているのだろうな?」

 ラッツウェルの疑問はどんな叡智をもつ者でも答えられなかっただろう。

「だが、アリア。あなたとこうしていると本当の愛と言うものが見つかる様な気がする……だが、余にはそれが恐ろしくも思う……」

 ラッツウェルはプラチナの瞳を細めて、もう一度アリアに口づけをした。今度は長く激しく。そして、抱き込めば消えてしまいそうなアリアの身体を熱く抱擁する。


「あ……」

 アリアはラッツウェルの熱さに吐息をもらした。底知れぬ愛へ恐怖感と期待感で彼女は胸の鼓動が速まって行くのを覚えた。




 夜が明けて陽もかなり高く上がっていた。

 森の入口にある大きめの山小屋に少女は寝かされていた。今は暖かなベットの中でだ。

 少女は未だ眠り続けていた。

 その彼女の横で、青年が椅子に座って、床を見つめている。微動させしない彼の微かな息遣いさえなければ、一枚の絵画の様でもある。何を想っているのか、何も考えていないのか、組んだ両手に顎を乗せて、視線は動かない。


「んっ……」

 少女が僅かに声を上げた。太陽の位置が変わり、ベットの位置まで窓から光が差し込んできたのだ。だがその声に青年、アーディルは反応せずに、床を見つめ続けていた。


「あ……あれ?」

 少女はゆっくりと上半身を起こして、辺りを見渡した。夢から覚めたような表情とは今の彼女の事を言うのだろう。そして、彼女にはそれが夢であって欲しかった。


 だが乱れた緑の髪が彼女の眼にかかると、はっとして彼女は表情を蒼白に変えた。昨夜の出来事が鮮明に記憶に蘇ったのである。


「やっと起きたみたいだな」

 アーディルはようやく椅子から降りて、少女に微笑みかけた。


「ひっ……」

 しかし少女は恐怖に端正な顔をゆがませて、身を引いた。

 反射的にシーツを掴んで、身を隠す。

 昨日の惨劇が彼女の精神を支配しているのだ。今の彼女に正常な判断を求めるのは刻だった。


「おいおい。俺、何かしたか? 少なくとも敵じゃねーぞ」

「あ……」

 アーディルの呆れた顔に少女は昨夜の男、ハインリッヒと違うことに気が付いて、僅かだが緊張の糸を緩めた。アーディルはその彼女の気配を感じて一息付き、言葉を続けようとした。が、嫌でも目にはいる少女の希有たる緑の髪を見つめる。


 その視線に彼女は敏感に反応し表情を恐怖にゆがめた。視線を走らせるとテーブルに置いてあった、数本のナイフが目に入った。すばやくそれを取ると、自らの胸に当てた。


「寄らないでっ! 少しでも寄ったら、死んでやるっ!」

 少女は涙目で叫んだ。混乱しているが、それゆえに本気だろう。本気で自らの胸にナイフをつきたてかねない剣幕だった。


「こらこら……」

 アーディルは切れ長の目を一瞬、驚愕に見開かせたが、すぐため息をついて呆れた。

彼女の持っているナイフはアーディルが使う手投げ用の剣だ。切れ味は余り良いとは言えず、専ら彼が敵を錯乱させるために使うもので、少女の細腕が自らに致命傷与えるには難しいなまくらだったからだ。


「何事じゃ?」

 騒ぎを聞きつけた老人、ジルが覗きにきた。この小屋の主は彼である。そして、剣を構えたままの少女を見つける。


「おお、ガイアの娘が目覚めたか」

「っ! 知らないっ! ガイアだかなんだかしらないけど、私は何もしらないっ! だから、だからもうほっといてっ!」

 「ガイア」と言う言葉を聞いた瞬間、肌の裏がざらつくような嫌悪感を覚えた彼女は髪を振り乱して、大声で叫んだ。


「少しは落ち着けよ。俺達は敵じゃないって言ってるだろう?」

 少女がジルに気を取られている内に、いつの間にかアーディルは少女との間合いを詰めていて、ナイフを握る彼女の手を捕らえていた。


 アーディルはジルをちらりと見て、少しためらうような表情を見せたが、すぐに少女の方を見て、真剣な表情で言った。


「いいか? 落ち着いて聞けよ。俺は、何が起ころうともおまえを守ってやる。カランダの連中に好きにさせやしない」

「アーディル……おまえ、まだあのことを……」

 ジルは悲しそうにアーディルを見た。

「そうさ、忘れられるわけが無いだろう? 俺の妹は『緑の髪』というだけで、カランダの連中に殺されたんだ」

「え?」

 驚愕してアーディルを見たのは少女だ。つぶらな瞳が、驚愕に搖れて不安げにアーディルを捕らえている。瞬きすらしない視線にアーディルは常の冷静さを持って肩をすくめた。


「俺の妹はティナって言ってな……五年前さ。突然俺達の家にカランダの兵士が押し掛けて、ティナをさらったんだ。両親も殺された。俺も重傷だったが運よく生き残れた。それから俺は妹を捜して旅に出た。情報を得るために、盗賊になってカランダ中を回ったよ」

 ここで言う「盗賊」とは泥棒や強盗とは違う。錠前外しや隠密、偵察、夜間行動などに長けた技術者の総称である。もっとも、そう言った物を特技としているために、盗みなどをするものも少なくなく、「盗賊」という呼び名もそこからきていると言う。


「盗賊仲間ってのは割と横のつながりがひろくてな。そして、知ったよ。俺の妹が殺されたことを。拷問の挙げ句にな……」

 アーディルは冷たい瞳を輝かせて少女に告げた。が、彼女は気付いていた。彼の静海の瞳の奥には、怒りの嵐が渦巻いているのを。


「あんたをみてると、髪のせいか他人のような気がしねぇ。ティナの二の舞にはしたくねぇ。俺は……守ってやりたいんだ」

「私……でも……」

「分かってる。自分でもガイアの力が何なの分からないんだろう? 俺達だって、ロクにその真実を知らない。心配するなよ。前を向いていれば、きっと何かが見えて来るはずさ」

 アーディルは優しく微笑んだ。少女は小さく頷き、床を眺めた。

「ありがとう……アーディル……私……」

 少女は硬い表情を僅かだが崩した。だが、昨夜の事が尾を引きずっているのは余りにも明白で、彼女が笑顔を取り戻すには後少しの時間が必要だったのである。

「私……セレナ……セレナ・アスリード」


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