3泊目 「風を纏う少年」
ヒノエに招かれた客、神崎 桜は案内された部屋「春風の間」でくつろいでいた。和室で1人で泊まるには少し広い位の部屋はその名の如く、所々に桜があしらわれた家具で統一され春を連想させる、桜かぁ…まるで私の為に用意された部屋のようだわ、なんて少し自惚れが出てしまう。そう言えば、旅館に入って少し不思議な事があった、見た目はそれほど大きくない旅館だったのだけれど…入ってみると、とても広く感じたのだ。これも見た目で判断するなという事なのだろうか?と考えていると襖越しに声がした。
「失礼します」
「どうぞ」と返事をすると丁寧に襖が開けられ、銀色の髪の長い綺麗な女性が1人と顔のそっくりな男の子2人が夕食を持って入ってきた。思えば朝から何も食べていなかった…それにしても、出された食膳のなんと華やかで美味しそうな事!桜の花が添えられていて、風情が出てなんだか食べるのが勿体ないような気もする。
「ようこそおいで下さいました、私当旅館が板前のミケと申します、こちらは内務を務めさせて頂きますテマリとイマリです。ご用の際は何なりとお申し付けくださいませ」と深々と頭を下げる3人
「女性の板前さんですか!珍しいですね、お綺麗だし…」と思った事を正直に話すと
「まぁ、お客様ったら」深い桃色の着物の袖を口元にあて、微笑む、すると「ミケ様はおー…もごっ」何かを言いかけたイマリの口をミケが素早く塞ぐ「うふふ、ではごゆっくり。温泉のご用意も出来ておりますので、入浴される際はフロントまでお越し下さい、ご案内致します。」と言って部屋を去っていった。イマリの言いかけていた内容が気になるなと思いつつ、夕食を頂いた。
「…!何これ、凄く美味しいっ!!!」
私は夢中になって食べた。
それから暫くして、フロントで現代ではあまり見かけない煙管をふかしながら新聞を読んでいるヒノエと頭に乗ったフー子がいた。全く微動だにしないフー子、生きてるのかすらよく分からない。
「俺の頭の上にそんな堂々と乗っかる奴はお前位しかいねーよ」
鳥のくせに何で飛ばせれるんだよ…ま、聞いた所で返事が返って来る訳でもねーし何も聞かないがな。少し小馬鹿にすると頭を突っつかれた。「痛ぇなっ!」そんなやり取りをしていると、先程まで夜回りをしていた竜御が帰って来た。
「ただいまヒノエ、お客様連れて来たよ」
竜御の隣には黄緑色の長い髪の少年が立っていた、桜が今朝出会ったと話していた少年だ。少年はヒノエの頭の上に乗っかったフー子を見るや飛び付いた。
「フーーーーー子ぉぉぉー!!!」
探したんだよぉお!!とヒノエに抱き着く少年に
「お客様ぁ…私はフー子では御座いませんのでお離し下さい…!」少年を引き剥がしフー子を頭に乗せるヒノエ、そこへ…
「あ、貴方は今朝の!」そう声をかけたのは夕食を終え温泉に入ろうとフロントまで来た桜だった。少年の頭の上に乗ったフー子を見て「小鳥!フー子さん見付かったんですね、良かった!」と喜ぶ桜に、「親切なお姉さんだ!ありがとう!フー子見付かったよ」と言って私の手にフー子を乗せてくれた。ふわふわのまん丸なとても可愛らしい小鳥、凄く軽くてこれじゃあ風にも飛ばされる筈だ…。そう心の中で納得していると、ヒノエが桜に話しかけた。
「神崎様、フロントまで来られたという事は入浴ですか?」
ああ、そうだった!すっかり忘れていた…
「この旅館はなんと言っても温泉が自慢ですから、是非堪能していって下さいね!入浴セットは向こうに揃えていますのでどうぞ!」と竜御が桜を連れて行こうとしたが、竜御はハッと立ち止まる。
「僕が連れて行くのはマズイよね…」男が女湯に案内するなんて、ここは狐のテマリとイマリに女の子に化けて貰って…それか彼女に…と考えていたその時ー
「では、私が案内しますよ」
ミケが奥から出て来てそう言った。確かに、女性に案内して貰った方が安心するし…竜御さんには申し訳ないけど、ここはミケさんに案内して貰おう!
「神崎様ー…」
「では早速!」ミケが竜御の言葉を遮り、桜を女湯へと案内して行った。竜御はどうする?という視線を向けると、ヒノエは「俺は知らねぇ…」と言わんばかりに目線をそらされた。神崎さんごめんね、と心の中で謝る事にした。
「神崎って言うんだねあの子!」いやぁ、珍しく親切な子に会ったよぉ!とニコニコしながらそう語る少年に
「お前か…あの子をここへ呼んだのは、シナよ」
ヒノエが呆れ顔で問う、「シナ」と呼ばれた少年は笑顔を絶やさずに「なんのことかなぁ?」と言葉を返した。食えない奴、昔からそうだ、何も知らなさそうな顔で全てを覚っている…それが「シナ」という男である。知らぬ顔の何とやらって奴だ、今更どうとも思わんが…
「僕は注意してあげただけさ、強いて言うなら運命の風があの子をここへなびかせた…って所だね。」何とも中二臭い台詞だと思うだろう、俺もそう思う。だがシナは、決まった!って顔をしていた。
「親切は報われるべきである、誰構わず救いの手を差し伸べる心優しき人間に神の祝福を」
シナはそう言って微笑んだ、分からなくもない…たとえ人間の意識から俺達神という存在が薄れようとも、それでも俺は人間が好きだし、困っている人間を見たら助けてやりたい。しかし、俺達が人間に干渉し過ぎるのは神の規則に反する訳で、だからちょっとだけ手助けするのが神の仕事。俺がこの温泉旅館を開いたのも半分それが理由だ。シナもそれが分かってるから時々ここへ人間を連れて来る。
「神崎ちゃんは、出会うべくして僕に出会ったんだ!この志那津比古神にね!」
おもむろに懐から大きめの扇子を取り出して一扇ぎすると扇子からとは思えない程の風が起こり、気が付くとシナの衣装ががらりと変わっていた。長めの髪は2本の簪で結われ、洋服だったのが緑系色の和服へと姿を変えていた。若草色で肩までの着物に灰色がかった袴、袖口にかけて深緑からライトグリーンのグラデーションの入った少々長めの羽織をだらしなく中途半端に着こなした姿をしている。
シナは真の名を志那津比古神-しなつひこのかみ-といい、風を司る神である。航海や風邪などにも通じているとされており、さっき取り出した扇子は「神扇」と呼ばれる志那津比古の神器。普段は人の姿で日本中をフー子と旅していて神崎桜の様な人間を時々迦具土温泉へと連れてくる。「僕は導くだけ」と言って後はヒノエ達に任せるのだ。
「あの子には少し悪い虫が着いているから、ちょっと心配だったんだよねぇ…でも近くに丁度ヒノエ達もいたし、僕も導きの風を纏わせておいたから大丈夫かなって」
「分かるかそんなもん」
下級な妖やら霊が憑いてる人間がこの世に一体どれ程いると思っているのか…シナの導きの風は纏っている人間の人生を良い方向へ流すだけのものであって、祓うものではないのだ。今回はたまたま俺達の神域へと導いたから気付いたが…。
「たまにはお前が救ってやれよ」
するとシナは真剣な面持ちでこう語った。自分はヒノエ達の様にはなれない故にこうしているのだと、人間を好きになればなる程に関わってはいけない、じゃないと自分自身が隠してしまいそうになるから。自ら手を貸すと、手離すのが辛くなる。人間と神ではあまりにも世界が違いすぎる…と
「ヒノエ達程きっぱり出来ないんだ、僕って」
「分かったよ、シナも折角だから今日位泊まってけよ」と言ってシナにルームキーを渡した。
「風神ノ間……まんまだね、面白みに欠けるかな」
「うるせぇっ!」
どうもお久し振りです!!狐火提灯です‼
今回桜の出番……「ほぼなしっ!!!」
シナの話になりました!
次回か…その次で桜の話を簡潔したい所ですね!
ここまで読んで下さってありがとうございました!