転生メイドは若様のライバルと仲良しのようです
年末年始は時間が取れなくてこうして書き溜めを放出するくらいしかできない(´;ω;`)
ヘレナ・ベルは15歳になりました、公爵家にご奉公にやって来て一年。いまだ友達が出来ません。まして彼氏の「か」の字も存在しません。客観的に見て私は母に似て結構美人だと自負してますし、胸もお屋敷で働く人の中で一番大きいのに。解せぬ。
そんな仕事ばっかりな灰色の青春真っ只中において、無邪気に懐く若様は数少ない癒し要素でした。しかし領主の義務とかでモンスター退治に出かけることが多いのです、9歳児にあまり危険な事をさせるのもどうかと思う。
思うのですが、若様ったら私が冗談で話した漫画の話―――主に格闘漫画とか―――とか信じちゃって……信じちゃった結果なんか漫画で技を魔法で再現しちゃったんです。
確か魔力を薄く広く張り巡らせて、範囲内の全てを感知できるそうです。しかもその範囲がだだっ広いので、若様に率いられた傭兵団は最近えらい勢いで魔物を駆除してると若様が自慢げに話してました。
領民の為になりつつ、モンスター討伐で自分の自由に使えるお金が増えて嬉しいのか、頻繁にモンスター退治に出かけます。そして帰ってくると一直線に私の胸元に飛び込んできます。
……若様、最近好んで私の胸に顔を埋めますが甘えてるだけですよね? 可愛い良い子の若様に限ってセクハラな意図は無いですよね?
「ヘレナ! 今日はね、お母さまが勧めてくれた香水を買って来たんだ!」
おぉう! 子供の成長って凄まじいものです、お仕えして一年ですが、ここ最近美幼児から美少年と言った風貌になり、気のせいかもしれないですが若様の周囲にキラキラエフェクトがかかってるような?
しかしですね、う~ん……自分で手に入れた物なら喜んで受け取ると言ったのは私ですが、あまりに高価なものは恐れ多いです。私に贈り物をするより自分の為に使ってほしいと伝えても、ニコニコするだけで一向に改める気配はありません。
公爵様や奥様に伝えても「息子が自分で稼いだ金をどう使おうが口出す筋合いはない」とか言って取り合ってくれません。いや筋合いありますよ、貴方方親でしょうが、これが大貴族の感覚なのですか? 解せぬ。
それはともかく、若様が頑張って手に入れたお金で買った香水を、受け取らないって選択はあり得ません。受け取り拒否とか若様のメンツ丸つぶれですからね、後は多分泣くので遠慮する方が心が痛みます。
見るからに高級品なこの香水、使用人の給金で買えるようなものではないのは気付かなかった事にします、奥様(現国王の姉君)の鏡台で同じものを見た覚えがあるのは気のせいとしましょう。余談ですが王族が使うような化粧品、特に香水は一つで私の年収と同額です、余談ですよ?
「ありがとうございますアルス様、こんなに素晴らしいプレゼントを頂いては、どんなお返しをして良いか迷ってしまいますね」
「お返しなんていいんだよ! 僕はヘレナに喜んでもらえれば十分さ」
満足げな笑顔に、キラキラエフェクトがさらに輝いたような気がします。最近他のメイドの若様を見る目が危ないのですが、さもありなん。手を出したらクビ(物理)ですからね? 遠くから見るだけで満足してください、だから私に嫉妬の目線を送らないで。
「アルス様、贈り物をしたらお礼を受け取るのも礼儀ですよ? そうですね今からおやつを作りますのでして欲しい事や、欲しい物があれば仰ってください」
「えっ! え~~と……それじゃ……キ「おやつのリクエストはありますか?」スして欲しい」
あれ? 若様今何か言いかけましたね?
「申し訳ございませんアルス様、言葉を遮ってしまうなど大変失礼をいたしました。もう一度仰っていただけますか」
若様はちょっと顔を赤くして……いや、かなり顔を真っ赤にしてプルプルして、しかも心なしか涙目だ。お、怒らせてしまいましたか?!
「は、蜂蜜がたっぷりのフレンチトーストで……」
主に同じ事を言わせるなんて失態です。ここ最近若様の寛容さに甘えてしまってるのかも知れませんね。
「かしこまりました。すぐ用意いたしますので」
若様の部屋にある簡易キッチンで急いで今日のおやつを用意します。最近運動量の多い若様ですからたっぷり栄養をつけて頂きませんとね。
私の膝の上で用意したフレンチトーストを美味しそうに頬張る姿はまだまだ子供ですが、背が伸びて筋肉が付いたせいか、最近ちょっとこの体勢が厳しくなってきました。若様相手に退いてとも言えないのでどうしたものでしょう? 若様、私の胸はクッションではないのですよ?
そんな事を考えてると、いきなり乱暴にドアを開けて、少女が入ってきた。
「アンタね! 訓練の時間でしょ! 何暢気におやつ食べてるのよ!」
「訓練の時間はまだだよ、時間の見方も知らないのかよ!」
公爵家の跡取りにいきなり暴言を吐いたこの少女は、テレサちゃん。若様と同い年で、最近公爵家に召し抱えられた傭兵団の団長さんの娘さんです。
この傭兵団は若様のモンスター退治に毎度同行する関係で、団長さんの娘にして同い年のテレサちゃんとは身分に関係なく友達になった……そしてすぐ喧嘩する仲です。
きっかけは若様に稽古をつけていた団長さんが、同い年だからとテレサちゃんと試合させたことです。幼い頃から戦闘の英才教育を受けていたテレサちゃんに、あっさり負けた若様は、魔法を使って勝負して何とか勝ち。
試合ではなく実戦形式の、手段を選ばない戦法に切り替えたテレサちゃんにまた負けて。今度は若様が……と、なんかライバル関係になったみたいです。
普段いい子の若様が感情を露わにする相手は、今のところテレサちゃんだけ。公爵様も「競い合う相手がいるのは良い事だ」と仰ったせいで、彼女の態度に文句を言う人もいません。
「ふんっ! ヘレナが逆らわないからって膝の上に座るなんて、ほんとガキよね。アタシだったら恥ずかしくて、とてもできないわ」
「なんだと! 知ってるんだぞ、テレサだって雷が鳴った夜、驚いてガルフのベッドに逃げたんだってな!」
あ、ちなみにガルフさんとはテレサちゃんの父親で、傭兵団の団長さん、今では召し抱えられてるので公爵家の幹部武官です。
「なっなっなによ! 討伐の時、ちっちゃい蛇に驚いてアタシに抱き着いてきた癖に!」
「大物を探すのに集中してたからだよ! テレサこそピーマンが食べられなくて、こっそり他の人の皿に移して怒られてた癖に!」
「剣での試合じゃアタシに手も足も出ないくせに!」
「剣だけだろ! 悔しかったら魔法使ってみなよ!」
お互いに真っ赤になって口喧嘩する姿は、私からすれば大変微笑ましいのですが、そろそろ止めないと怒られてしまいます。
「テレサさん、訓練までまだ時間はありますから、一緒におやつでも如何ですか? アルス様も女の子には優しくしないと駄目ですよ?」
「テレサなんかにヘレナの作ったおやつは勿体ない!」
「アンタなんかと一緒食べるなんて御免よ!」
そして同時に「ふんだっ」とか言ってそっぽ向きます。息ぴったりですねこの二人。なんだかんだと宥めながら訓練の時間まで一緒にお茶を飲むことになりました……が、何故かフレンチトーストの早食い勝負が始まり、僅差で敗れた若様は悔しそうに部屋を出ていきました。
どうも二人だけで通じる決まりがあるらしく、勝負して負けた方は大人しく部屋から出ていくことになってるそうです。
若様が部屋を出て行った途端、テレサちゃんはテーブルに突っ伏してしまいます。
「あぁぁぁ! なんでこうなるのよぉぉ! 父さんが気を効かせてくれたのに……なんで早食い競争してるのよぉぉぉ!」
「素直に一緒にお喋りしたいと言えばアルス様も無下にはしないと思いますよ?」
「だってだってだってぇぇぇ! アルスの前だと緊張でドキドキして、ついキツイ事を言っちゃうのよ」
泣き顔のテレサちゃんはホントに可愛いですね、リアルツンデレです。なんでも初めて会った時から、若様のキラキラオーラに当てられ若様に一目惚れしたそうです。
それでなんとか若様に好かれようと、空いた時間に肌や髪のお手入れの仕方を教えてたり、他にもお料理とかも教えてる関係で、すっかり仲良くなり、彼女も私に懐いてくれてます。
お茶のお代わりを淹れてあげても、どうにも落ち込んだ気分は回復しないみたいですね。
「この間、料理教えて貰ってるときにアルスが厨房に入ってきた時もさ……」
若様のチートじみた広域感知能力のせいで、居場所なんてすぐに突き止められますからね。こっそりお料理の勉強をしてるのが恥ずかしかったのか、あの時も喧嘩になっちゃましたね。
「アタシなんて腕っぷししか取り柄がないから、頑張って身に着けようとしたマナーレッスンの時も……」
マナーとかに関しては若様は完璧なので、親切心で教師役を買って出た若様に反発してまた喧嘩しましたね。
「ヘレナにお化粧教わってる時も……」
ドアをノックした若様に驚いたのか、口紅で頬に一本線を引いてしまいましたね。それで入ってきた若様に笑われて泣きながら喧嘩……これに関しては若様に非があるのでお説教しました。
「ううう……なんか『そくしつこーほ』って、要するに将来アルスと結婚するのよね? どうしようヘレナ、このままじゃ嫌われちゃうよ」
涙目で縋り付いてくるテレサちゃんは可愛いので何とかしてあげたいのです。私から見れば、このままいっても数年後には自然にお付き合いしそうな二人ですが、当人には深刻なんでしょうね。
ちなみに、家臣の娘を当主の側室にするのは家中の結束を強める意味で、良くあることです。公爵様もそのつもりだと奥様が言ってました。あと使用人に良縁を紹介するもの雇い主務めらしいのです。
私の両親もそうやって知り合ったそうです……あの、私そろそろ結婚適齢期なのですが、良い人紹介してくれますよね、奥様? 前世的に恋愛結婚とかしたいですが、現状子供にしか好かれてないので、お見合いでも良いので彼氏が欲しい……くすん。
落ち込んでるテレサちゃんの頭を撫でて慰めつつ、私は己の恋愛運の無さをどうしたものかと真剣に悩んでいた。はぁ身嗜みとか態度とか気を付けてるのに、解せぬ。
~~~~~ 公爵side ~~~~~
私は執務室で妻と向き合いながら悩んでいた。国の将来や、領地をさらに発展させる方針といった重要な事ではなく、極々個人的な夫婦の悩みである。
「アルスは単に懐いてるだけでなく間違いなく初恋だろうなぁ……ヘレナ嬢を側室にするか? 女の扱いに慣れさせるという点では適任であるし」
「なりません、別に彼女が悪いわけではありませんよ? しかし考えてもみてくださいませ、アルスが仮に15歳になったとして、彼女は21歳です。その間嫁ぎ遅れとして厳しい目線に晒せと?」
これが男女逆なら問題ないのだが、難しいものだ。元々ヘレナ嬢は彼女の父を出世させる大義名分に、私の側室に迎える予定であった。
彼女の父、カウラ・ベルは地味な仕事も黙々と務める実直な男で、もう少し大きな仕事を任せたかったのだ。しかし、いかんせん目立った功績の無い男爵、しかも血縁の無い外様だ、家臣の反発もあるので理由が必要だったのだ。
一応アルスの世話係の名目で召し抱えたヘレナ嬢だったが、そんなお題目無しでも傍に置きたい大層美しい娘であった。しかも気遣いが出来るので妻も気に入り、息子も懐いた。
使用人たちもヘレナ嬢が側室候補なのは、知らされているので距離を置いている。外様の娘を重用するのに反対する者はいたが、精々が無視する程度だ。雇いの料理人たちは……常に彼女の胸を凝視してる、お前ら気持ちは分かるが減給な。
これなら彼女が15歳になれば、カウラに話を通して正式に側室に……と、思った矢先に息子が彼女へのプレゼントの為に、自分で金を稼ぎたいと言い出した。ああ、うん、間違いなく初恋か息子。
「予定通り私の側室に迎えるのは……下手すれば跡取りとの確執になるからなぁ」
少し考えんでも息子にとってはトラウマになりかねん。それで同い年の少女に目移りすればと思ったのだが、ライバル関係にはなってもヘレナ嬢への好意は全く変わらんようだ。
「テレサちゃんと仲良くはなってますが……一年くらい様子を見ましょうか?」
「うむ、焦っても仕方のない事だからな。とはいえ出来る限り手を打ってみよう……ふむ、少し早いが9歳から婚約者というのも前例がなくもない……すまんが陛下に一筆頼む、公的ではなくあくまで私的な手紙として出そう」
「承知いたしました……うーんアルスと身分が釣りあい、かつ当家の益になるような家となると……一応打診だけはしてみましょう」
読んでくれた皆さまありがとうございました
ちなみに公爵は30くらい、先代公爵は中央で元気にやってる設定